SAITAMA in KAWAGOE 1

 またこの手の呪いか。国会議事堂前と溜池山王、赤坂見附と永田町、新秋津と秋津。で、今回、川越と本川越。乗り換えの呪い――思い返せば色々祓ったな。

 川越とか何年振りだ……と思いながら(寝てた)車に揺られて行けば、相変わらずこぢんまりとした街並みと、女子が好きそうなタピオカ屋が数件増えていた。江戸の街並みの見どころ観光地は大分向こうだ。虎杖とか釘崎と来てたら、案内くらいは出来たけど。

 車から降り伸びをして、軽く準備運動をする。補助監督が帳を下ろしてくれる。グレアモールとかかれたその場所に一人足を踏み入れると、呪いは直ぐさま現れた。あまり知能は無さそうだ。
 直線何メートルあるだろうか、バカ真っ直ぐなモールを玉犬と連携し呪いを追い詰めていく。逃げ足も遅く、黒が噛み付けば直ぐにダウンしたそれ。二匹に「食っていいぞ」と言いながら俺は頭を捻る。
 ――この手応えのなさはおかしい。
 乗り換えの呪いには、必要に迫られる徒歩の距離と呪いの等級がハッキリと比例する。一駅以上歩くだろこれみたいな溜池山王には中々骨のあるやつが居て、川越と本川越もなかなかに距離があるから、ここには新秋津と秋津よりは強い程度、くらいの奴がいるだろう筈なのに……目の前で玉犬に喰われている呪霊は弱すぎる。事前報告では準2級と断定されていた筈だ、これじゃ3級にも満たない。ローカルになればなるほど呪いは弱体化するとは言え――。

 玉犬が喰い終えたのを見届け帳の外へ出る。補助監督がお疲れ様ですと挨拶をしてくれたが釈然としないので、少し駅の方を見てみませんか、と俺は足を踏み出した。
 注意してみると、やはり蔓延っている呪いの気配は消えていない。駅に近付くにつれ呪いの気配は色濃くなっていき、俺の歩調も速くなっていく。汗が頬を伝う。思い出した、南部南上線は人身事故率が半端ない鉄道じゃなかったか。つまり……。道中よりずっと、ホームの方が人を襲うのに適しているんじゃないのか。
 誰だよ、『乗り換えの呪いは道中に憑くことが一般的かな~! 定期的に祓わないとだしメンドいけど、夏本番になる前にちゃちゃっと祓っておいで~! お土産よろしくね~!』って言った人。呪いに一般論は通じないみたいですけど。全然ちゃちゃっと終わんねぇし駅に本体が巣食ってんですが。

 補助監督に説明をしながら大急ぎでショッピングセンターや駅ビルなんかを抜けて、一番呪いの濃いホームへと走る。おそらくさっき祓ったモールのは分身だ。本川越から川越へ向かう人間のうち、次なるターゲットでも漁っているのだろう。
 ホームへの階段を下りる途中に呪霊が天井にぶら下がっているのが見えた。目が合ったがソイツは襲って来ようとせず、補助監督に説明を受けたのだろう駅員の避難誘導の大声が聞こえても動かない。乗り換えの呪霊は定期的に祓わねばならないが、毎回呪いの形が同じとは限らないのかもしれない。一般人は駅員の誘導にだらだらと従っていく。なんなんだそのやる気の無さは。
 苛々しながら人並みに逆行しホームへ下りていくと、すれ違いざまにまた人身事故かよ、という声が聞こえた。それでかよ。嫌な慣れをするな。いいから速くしろ。
 ちんたら避難してるヤツらを蹴り飛ばしたくなりながらホームを見渡すと、泣いている子供を庇うように立ち塞がっている女学生が一人居た。俺がずっと意識をやっている、天井に張り付いている呪霊はやはり動かない。二人に、もう平気だから逃げろと声をかけようと近寄る間も、女は何故か瞬きもせず血走った目でホームを睨みつけている風に見えた。一体何をしてる? つーか、呪力高くないか――彼女の眼球が真っ赤に染まり、彼女の足首に何かが伸びてきたのが見えた。子供も一緒に絡め取ろうとしたそれに気付いた彼女が子供を突き飛ばし、玉犬が彼女へ向かって飛び出していく。背後の発車標は狂ったように明滅を繰り返し、天井の呪霊が四方へ翅を伸ばした。

 ――居るよなたまに、こういう引き寄せ体質。まあつまり、呪力の高い一般人。

 俺は諦めて帳を下ろす。弟の方は帳の外へ。“視えてる”だろう女は間に合わない。巻き込むのも一人なら仕方ないだろう。
 ホームドアが一斉に開き、電車が参りますご注意下さいというアナウンスが大音量で何重にも鳴り響く。うるせえ。現実に電車は来るはずがない。止めてもらっている。それでも鳴る警笛、風を切る音、止まる気配すらない車輪の回る轟音、振動、気配。――来る。
 呪いが実態を持って、彼女を喰らいに来るのだ。
 女の足首に絡み付いている呪霊の手を黒が噛み千切った。俺は彼女を片手で抱え、避難させようと、目の前に併設されているコンビニの自動じゃなくなったドアを白に破壊させる。黒には心の中で時間稼ぎを命じながら、俺は首だけで振り返った。ホームを電車が猛スピードで横切っていく。走り去る電車の中から恨めしそうにこちらを見ている呪いはまだ力を得ていない有象無象だ。どれだけ死んでるんだ、この電車は。
 俺は白と、彼女をコンビニの奥まったところへ誘導した。

「いいか、ここから動くな。声を上げずにじっとしてろ。コイツを一匹つけといてやる」

 一番マシだろう、奥の入り組んだところへ彼女を置き、白をつけてやる。

「っあの子は、」
「弟なら大丈夫だ。今俺達が居る帳……結界みたいなもんの外に出てるから安全だ。問題ない」

 片目を押さえ、開いている方の眼をぱちぱちと瞬く彼女は、近くで見ると大分幼い。どっかで見たことのあるような制服は真新しいものに見える。彼女は恐怖で体が震えるのを抑える様に、必死に片手の拳を握り締めていた。
 弟の方にも多少の呪力は感じられたが、十中八九、俺が間に合わなければ次に餌食になっていたのはコイツだ。呪いに触れられたのに、息は上がっているがまだ正気を保っている程に呪力が高い。早々に片付ければ、呪われた部分も反転術式で完全に治癒する範囲であるか。

「死にたくなきゃじっとしてろ。いいな」

 俺は女が頷くのも待たず置き去りにして、扉の近くに隠れ息を潜めてホームを観察する。
 視線の先では、ホームから伸びてくる手を避けている黒が、天井にぶら下がっている先の呪いの本体からも攻撃を受けていた。
 黒が身を翻すと、ホームから伸びてくる手が着地しようとする黒の軸足を掴み、黒が噛み千切り、と、それを繰り返している。
 見る限りおそらく、呪いが連携しているのではないか。
 ホームの呪霊はホームに獲物を引き摺り込むことを最優先としているようだ。ホームに下りたが最後、タコ殴りをくらうのだろう。
 呪い同士が手を組み合ってるとか聞いてない情報すぎんだろ。なんかもう色々ちゃんと調べとけよ。まあ早々あることじゃないんだろうけど、……。下りたらもっとグロいのが居るんだろう、ホームの下から這い出てきている細長い手にはビジュアルぐちゃぐちゃ以外の感想が沸かない。間違いなく人身事故の呪い。既に、ここまでひどいのは初めて見る。さすが南部南上線。
 天井に張り付いているのがおそらく乗り換えの呪い。何故この呪霊が南部南上線のホームに巣食っているかについては、まあ、お察しください。これだけひどい人身事故の呪霊がいるんだ、人身事故で遅れ、乗り換え乗り継ぎが予定通り出来なかったとか。こっちの方が人を襲うのに都合が良いとか。人身事故の呪いに強く影響を受けているが故に、道中ではなくホームに憑いてんだろ。まあ理由なんかどうでもいいけど。
 上方からの攻撃がすばしっこい玉犬に当たることは無くともやりにくいのは確かだ。まずは先の本体、天井のから片付けるか。俺は鵺を放ち反撃を始めた。
「おい。終わったぞ。立てるか」

 なんとか祓い終え、コンビニに置き去りにしていた女を迎えに行くと、直ぐ隣にあった冷凍庫から拝借したのか、彼女の手には氷が握られ、彼女はそれを目に当てていた。座り込み俺を見上げる彼女の足首には、呪霊に掴まれた痕が赤黒い手形となって付いている。彼女を背負ってやるべきか大分迷いながらとりあえず手を差し出してやると、すみません、と俺の手を取って彼女はふらふら立ち上がった。
 もう少し早くこちらに気付いていれば。無駄な人死にを出さずに済んだ安堵と、少しの申し訳なさが入り混じる。

「目は。見せれるか」

 足より目の方が悪いはずだ。俺の言葉にそろりと手を退けた彼女の顔を、薄暗い店内で覗き込んだ。本体を祓ったからか、さっきよりはマシだろう。しかし、放っておいても治らない程度にはひどい残穢が纏わりついている。……今回の一件だけじゃここまでならないだろ。目を開けているのもつらいのか、彼女はしんどそうに目を細める。
 俺は顔から視線を外して彼女の体を全体的に見た。足首についた痣と似たようなものが、袖からのぞく二の腕や、首回りにもちらほらある。どれも治りかけてはいるが、コレ絶対呪霊だろ。……コイツ、よく死んでないな。

「悪いけど、一緒に来てもらう」
「え、」

 いずれにせよ帳の外へ出てハイお疲れというわけにはいかないし。思い切り巻き込んでいる上に何より、彼女は“視て”いる。
 彼女に肩を貸しながらコンビニを出て、端に落ちていた彼女のものだろうスクールバッグを拾う。踏み荒らされて汚れ、滅茶苦茶になっているバッグにくくりつけられている定期がピンク色のものだったから、今日助けても、在学中に確実に死ぬだろうな、と俺は彼女の人生についてつい口を挟みたくなった。
 高専に着くなり補助監督はすみませんと大慌てで飛んで行ってしまった。帰りの車内で死ぬほど謝ってきて無事を安堵してくれて彼女を心配しまくって可能な限り車を飛ばしまくってた良い人に、頑張って下さいとしか言えない。あの人だけの責任でもないし、先生たちへの何があったのかの説明は俺がしないといけないし。
 後部座席で直ぐに眠り着いてしまった彼女を起こし、申し訳なさそうにする彼女を駅の階段を上がった時のようにまた抱え、医務室へ向かう。俺は苛々していた。

 どうして彼女は、呪いが視えていたのに、子供を置いて逃げなかったのか。もし俺が居なかったら、自分が死んでいたのだということを、どう思っているのか。あれは自分を殺すものだと分かっていたんだろうか。

「……あの。小さい子、平気だったんでしょうか」

 下から小さい声が聞こえてきて、その内容に俺はぶっちゃけ彼女を腕から落としてやろうかとまで思った。
 偽善に決まってる。己を犠牲にしてまで助けたいなんて、大半の人間は思わない。もしそんな人間が居たとしてそれは、その人を大事に思う人間からすればただ腹立たしいだけのことだ。そうやって呪いの連鎖は止まらない。容易く自分を犠牲にするべきではない。結局彼女も呪いをうんで生きているのと変わらない人間であるのに、よくもそう他人の心配をする。
 俺は彼女に視線を下ろすこともなく前を向いて言い放つ。

「親と帰ったって聞きましたけど。アンタのが怪我よっぽどひどいですよ。弟じゃないんでしょ。他人助けて自分が怪我とか、随分立派ですね」

 彼女が助けていた子供は赤の他人らしい。遅れてホームから上がって来た子供を保護した補助監督が落ち着かせながら色々と聞いたら、大人の人たちにもみくちゃにされ転んでしまったところをあのお姉ちゃんが助けてくれた、とか。
 この女は自身が犠牲になってまで助けた奴に礼も言われず去られるのをどう思っているのか。お姉ちゃんにお礼言っといてね、と必死に頼まれたそうだが、子供は迎えに来た親に連れられ引き摺られるように帰って行ったそうだ。所詮人間なんてそんなものだ。

「……いいんです。私、一人なので。あなたも無事でよかったです」

 その回答もその回答でムカつくんだよ。

「アンタが言う一人って、どういう一人なんですかね」
「えっと……、うち、父母は死んじゃってて。なんていうか、まあ、親戚たらい回しを経て一人暮らし……って感じですかね?」

 ……それは思ったより一人だな。「私が死んでも誰も悲しまないので」そう言う彼女が纏っている不安定な呪力は、さっきから大きく揺らぐことはなく、ひどく淡々としている。
 この女が何を考えていても、何を言っていても、結局のところ事実は一つで。もし我先にと彼女が逃げていたら、あの場で餌食になっていたのは子供だ。本当に善人かどうかは分からない。それでもこの女は、俺に何を言われても、他人を呪うような人間ではないらしい。

「すみません、変な話して。あなたに迷惑かけてるのも、すみません」
「別に。もうすぐ着くんで」

 腕の中から聞こえてくる声に、相変わらず俺は視線も下げずに答える。けれどさっきとは、彼女に対する印象は随分変わっていた。
 両手が塞がっているので医務室のドアを足で開けた。いらっしゃった家入さんが女を抱えている俺を真顔で指差して、……口元が笑いを堪えた。笑いたきゃ笑え。

「治してやってください」
「ふ、ふ。青春かな、若者」
「任務で巻き込みました」
「はいはい。彼女、そこ降ろして」

 ベッドに彼女を座らせると、家入さんがふーんと彼女を見た。問題ないよと一言で全身の傷を治していく。相変わらず凄い。
 つらそうに目を細めていた彼女は目をパッチリと開けるようになり、家入さんに渡された手鏡を見て感嘆の声を漏らした。

「あの。助けてもらって、治してもらって、ありがとうございます」

 すっかり綺麗に治った顔で彼女が言う。家入さんが「全然」と手を振りパソコンの前へと戻っていった。家入さんに頭を下げた彼女は次に俺に頭を下げる。

「別に。仕事なんで」

 仕事、と彼女が丸い目をさらに丸くする。……で、これからどうすんだ。補助監督を呼ぶか、五条先生を呼ぶか。どっちにしろどうせ五条先生だ、めんどくせえ。
 今日五条先生居ますか、と家入さんに聞こうと背中を向けると、後ろから彼女に服を軽く引っ張られた。

「あ、あの。あの電車、こういうことが、よくあって」

 それはそうだろう。帰路で調べたら、南部南上線の人身事故率は関東圧倒の一位だった。一位だったか……。都内じゃないだけ、一級クラスにならないだけマシだなってレベルだ。このままあの沿線に住んでたら、アンタは直ぐ死ぬと思う。まさに呪霊の餌、恰好の的だ。
 呆れ顔で振り返った俺に、彼女は眉を下げ俯く。

「……今日みたいなのが、原因なんですよね」
「住む場所変えたらどうですか。ズイカ圏が無難だと思いますけど」
「や、私、行くところ、なくて」

 聞けば、今は沿線の祖父母が借りてるアパートに住んでいるが、祖父母は老人施設、彼女は家に一人。学校は奨学金、学業以外の時間はアルバイト、毎日電車で通学。ああいうのでまあまあ生傷の絶えない生活、電車乗るようになってから日に日にひどくなっていってる自覚あり。「歳は?」って家入さんの質問に、「今年16になります」と答えた彼女は俺と同い年だったらしい。彼女の顔を改めて見てみたが、まあ嘘だろとツッコミたい。その新品同然の夏服で察しかけてはいたが納得しかねる。
 しかし、家入さんがスクールバッグの中身を漁って見つけた学生証には紛れもなく俺らの代の西暦が記されていたので認めるしか無い。氏名はというらしく、学校名、ああ、確かこれ浦和ん時、見たことあるわ。通りで制服に既視感があるはずだ。確か女子高の進学校。

ちゃんさ~」家入さんが気だるげな声で彼女を呼ぶ。

 ああいうのに立ち向かえるようになりたいか、この子(俺)の名前知りたいか、伏黒から見てどうか。

「いや名前言ってますけど」
「ホントだ。で? 伏黒はどう思う?」
「……少なくとも、あの沿線に住んでたら近いうちに死にますよ。今まで生きてたのが不思議なくらいです」
「分かる~」

 家入さんがハハハと笑ってスマホを開く。本名はというらしい彼女が、中学は地元だったからかもしれません、と呟いた。つか、アテられて呪力上がってんのか知らねーけど、その呪力量じゃこのままだと日常生活まで呪いの影響受けそうだけど。

「ウチ通えば?」
「ウチ?」
「呪術高専。学生にも給料出るしピッタシじゃん」
「いや家入さん。そんな勝手にどうにかなるもんじゃ、」

 ないでしょ、と言いかけたとき、勢いよく扉が開いた。

「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャ~ン。み~んな大好き五条先生だよ! おやおや~恵、女の子なんか連れて来ちゃって……って君~! 中々いい呪力してるね! 入りたいって言うならいいよ、この僕がオッケーしちゃう!」

 呪いにも耐えられたみたいだね? すごいすご~い。さ、入学手続きしようか。もう歩けるよね? 僕についてきてね。あ、おてて繋いだ方が良いかな? 君恵と同い年なんだって? ホントに? 全然見えないよ~。まだお母さんのおっぱいでも飲んでるんじゃない? まあ僕は君が何歳でも構わないよ。才能ある子は大歓迎! 少なくとも君の場合、呪術モノにしないと呪霊の餌だし悪い話じゃないと思うよ♡ ね、恵?

「……さん。俺の担任、つまりアンタの担任になんの、その人ですし、ここは進学校でもなんでもないですけど」
「死んだら意味は、無いですし。ほんとにお金、もらえるなら。今よりは、楽かも」

 コイツ怪しい勧誘に引っ掛かったりしそうだ。大丈夫かよ。五条先生がハイテンションで親指を立ててイイネする。

「よく言った! じゃ、決まりね~!!」

 こうして、彼女の呪術高専入りが決まったのだった。

1 出会え! ~ズイカの男とバスモの女~