急ぎの書類を持って、いや、同僚に押し付けられたので、大広間の扉を開けた。瞬間、私は何故その書類を押し付けられたのかの意味を悟ることとなる。
――これでも腐ってもヴァリアー隊員なので、とりあえずものすごい速度で飛んできたその銀食器のナイフを避けることには成功する。
「うるせえ」
しかし間髪いれずに飛んでくる大皿、どうにか避けるとベチャリという音。盛られていただろう多分肉が地に落ちた音がした。もったいない。ボスの餌だろう、絶対世界中探して一番美味しいに違いないお肉が落ちたのだ。拾い上げて食べてもいいだろうか、怒られるかな。お行儀も大切だが資源も大切である。
しかし下を見る余裕はない。テーブルには幹部がぞろりと並んでいて、ボスのその暴挙を気に留めることもなく各々食事を始めようとしていた。いつもの事なんだろう。
ベルは肉に自前のナイフを突き刺して眼前でくるくる遊んで肉を吹っ飛ばして隣にチョコンとお座りになっているマーモンちゃんさんの顔に「ブッ」ベシャと着地させた。ルッス姉が体をくねらせながらその肉をマーモンちゃんさんの顔から剥がしてお口に運んだ。
「ベル。この喧嘩、買うよ」
「マーモン、オマエが買うなんて珍しーじゃん」
「あら美味しい。ヒップかしらん?そういえばアタシ、お尻の肉をまだ食べたことないのよねえ、おいしいってホント?マーモンちゃん」
「ゲ……喧嘩はやめるよ。食欲も失せたな」
――…何の尻の肉? 愚問だった。何も耳に入らなかったことにする。
ボスに縋っているレヴィ、蹴り飛ばすボス、ありがたき幸せ、…私は何も聞いてない。
機嫌悪そうにふよふよしながらぷよぷよの頬を膨らませながら食事をしているマーモンちゃんさん、でもベルと言い合いはしている、でも苦手なものを交換しあっている、…好きなもの同士?二人は仲良し!
とはいえ、ギャンギャンギャンギャン止まらない二人の口、うふんあはん♥が止まらないルッス姉、ボスボスうるさいレヴィ。
……なんて騒がしい。
そんな中、銀の髪を逆光に煌かせて、ひそかに十字を切っている男が一人。そこだけ隔絶された世界のようだった。喧騒がまるで届きもしないような、…目を奪われたまま逸らせない。隊長ってちゃんとカトリックやってたんだ。…まあ絶対プロテスタントだろうな。
一朝一夕で身につくようなものではない優雅な動作でナイフとフォークを手にして、音も立てずにそれを切って口に運んでいく。綺麗な人間が綺麗な所作で食事をしていた。ヴァリアーでこんなに綺麗に食事をとる人がいるなんて。…ボスはどうだろう。
あっああ。ナップでございますか。ボスは向こうでふんぞり返ったまま昼寝しかけていた。それにしても良いご飯…おいしそう……って私、何をしに来たんだっけ。食べ方を観察しに来たわけでもご飯に羨ましさを募らせに来たわけでもない筈だ。
――あ、書類をお届けにきたんだった。
「うるせえ」
しかし、生きていて大変アイムソーリーですって口を開こうとした次の瞬間には、凄い衝撃とともに目の前に星が散って、残念ながら私の意識は分断された。これはアレだ。アレってやつだ。あなたがこれを読んでいるとき、私はもうこの世にいないでしょう!
*
「あら~~クリーンヒットよ!さすがボス!」
「誰かと思ったらじゃん、ウシシッ、あんなんくらうなんてアホだな」
「ヴァリアー隊員の癖に避けれもしないなんて、隊員失格だね」
「ボスの手を煩わせるまでも無い!俺が「うるせえ」…」
「レヴィ、ホントお前キモすぎ、足蹴にされて嬉しそうな顔すんなよ」
「まあまあベルちゃん。はぁ~今日もおいしかったわ♥うちのシェフは最高ね!さ、任務、行いってくるわね~!」
「あ~行きたくねぇの。俺も。マーモン早くしろ」
「もう終わってるよ。面倒くさいけど仕方ない、金が必要だからね」
「……はっ!ボス!成果を期待していてください!」
この女を引き取るのが面倒くせぇとか、ねぇだろうなァ。全員マイペースに部屋を出て行っちまった。扉の下に転げてる女の体を踏みつけて。殺されなかっただけ幸運だぁ、あの女。
黙々と飯を食い終わった俺も席を立ったが、やはり気絶している。試しに体重を乗せて踏みつけてみたが、微動だにせず死んでやがる。…ホントに死んでなきゃいいが。
…結局、困り果てた俺は声を上げるしかなった。
「…………う゛ぉ゛ぉ゛ぉい、どうすんだこの女ァ」
「うるせえ」
ここにいてもお眠なボスサンに殺されるだけだろうなァ。どこの誰の部屋に投げ込んでやるか、とチェックするが、隊は、……雨。…そういや新入りにこんなんがいたような……。ハァ、タダでさえ少ねえ隊員をこれ以上無駄死にさせてたまるか。女の頭を掴んで引き摺り、部屋を出た。
さて、どこに捨てとくか。アイツの目につく場所は全滅だ、邪魔だかっ消すつって城壁まで吹っ飛ばすのが目に見えていやがる。女までフランベにすんのはやめろ。フランベっつーかウェルダンだな、ありゃ。…ったくめんどくせェ。せめてさっさと起きやがれ。ゴンと鉄拳を落とすと、女が呻いた。
「うあ゛ぁー…あ…私、生きてますか…」
「起きたならテメエで歩け」
「足ついてるってことですか?ちゃんと五体満足ですか…?」
「もっかい頭打ちゃァ治るか?」
「隊長は切るしか能がないじゃないですかぁ…」
「三枚おろしが好みか、いいぜぇ」
「ごめんなさいゆるしてくださいごめんなさい」
なんつー生意気な女。ギャーギャーうるせえのでゲシゲシ踏みつけると今度はぴーぴー言い始める。一言で言うと、うるせえ。
とにかくこのままエントランスまで引き摺って行って城外に捨てるか。黙って任務に行くだろ。
*
「いたいいたいいたい」
「鍛え方が足りねぇんだろ、ジャポネーゼのもやし並だぞテメエ」
ひどい暴言を吐かれながら階段をそのまま引き摺られている。お尻がドンドン落ちる。敷かれているふかふかのカーペットで救われているとは言えとても痛い。秒でいいから、秒をくれれば立ち上がることができるのに。さっきくれた秒はずっと蹴られていたので立ち上がれなかった。そのあと間髪入れずまた頭を引っ掴まれどうすることもできないまま今に至る。隊長ひどい。
「ム、。ボスが呼んでいたよ」
「え゛。さっき殺されかけたんですけど?」
「殺されに来たんじゃなかったのかァ?」
背後にはマーモンちゃんさんの声。忘れ物だろうか。またはボスからの連絡を私に伝えに来てくれた…?マーモンちゃんさん、好き。でも言伝料いくら払わされるんだろう。怖すぎる。
ガクブルしていると、私の手から何かがするりと抜き取られて行った。スクアーロ隊長の手だったっぽい。「……」「やった離してもらえたグラッチェ!」頭から隊長の大きな手が離れて行ってやっと自由になった私はすぐさま起き上がった。見てください私の腹筋の力!もやしほどひどくないですから!
しかし、私がどやっと胸を張っているにも関わらず、マーモンちゃんさんもスクアーロ隊長もその場で黙りこくっている。隊長の手元を見ながら。そこには滅茶苦茶に汚れたくしゃくしゃの紙が。
「アッッッッ」
ソ、ソースだ。普通にソースが。絶対お肉にかかってたソースだ。良い匂いする紙になっちゃってる。要は読めない。
「ヴァ、ヴァ、ヴァリアーって、最強ですよね」
「分かりきったこと言ってんなァ」
「はい。ですから隊長。紙を綺麗にすることくらい、造作もないですよね」
「マーモン。こいつの頭ぶち抜いとけぇ」
「嫌だよ。脳味噌はすぐ溶けて臭い。金になりにくい」
「…テメエ、さっさとボスさんとこ持ってけえ」
「やだ~~~~~!!!!!」
駄々をこね隊長の長い脚に縋り付いていた私は、蹴り飛ばされてエントランスに放置された。任務には行けなかった。同僚にもボコられた。
そして一番怖いことは、果たして誰かに救出されて帰ったのだろうか、朝日と共に自室のベッドの上で目覚め起き上がり、シャワーを浴びて二度寝しようとベッドに戻ったところで起きる。私は叫んだ。何故ならベッドには幽霊でも出たとしか思えない程にくっきりはっきり靴の足跡がつきまくっていたからだ。ジャポネーゼをリスペクトし、臭いものにタオルケットというフタをした私は二度寝をすることに決めてみたわけだが、目の前にさっきかけた、私の隊服の背中にも、踏みつけられた様な足跡が……目覚めたら私はもうこの世にいないでしょう! ヤダ~~~!!!
泣きながら隊長の部屋に凸ってソファを借りて無理矢理二度寝した。筈が起きたらふっかふかベッドに一人寝かされていた。やっぱりプロテスタントだ!ありがとう隊長。
う゛ぁりあーたいいんのたのしいにちじょう・雨