彼の愛とは激情だった。私の愛は気づいたらそこにあるものだった。そういう差異が個人を作って、そういう差異で分かり合えない。例えば細胞がそのものを形作ったのなら、相手の唾液を飲み込むだけで私たちは一緒になれるのに。けれど私たちはそれを最後まで感じられない。だから、感じられないものは理解できなくて、それなら自分が感じていることだけがこの世の真実だとでもいうのか。
「また小難しい事考えてるだろ」
「慎也くんは考えないの?」
「お前ほどはな」
ベッドから抜け出た慎也くんがミネラルウォーター片手に戻ってきて、腰かけて私の額を小突いた。その指でペットボトルの蓋を開けてそれに口を付ける。私には無い喉仏が動いているのをぼーっと見ていた。噛み付いてやりたい、本能のままに。
「教えてよ」「ああ」「人は細胞から出来てるの?人が細胞を御してるの?それともそれ一つが人であるの?」「またそんなこと考えてんのか」「だって、どうしたら一つになれるのかわかんない」「足りなかったか?」「ばか、そうじゃない」
いつものように苦笑した慎也くんが私の頭に手を置いて髪を梳いて撫でつける。茶化す彼に頭をぐりぐり押し付けてやる。「…嬉しいよ」はにかみながら心を告げる彼のなんと強く美しいことか。私は回り道でする愛情表現しか知らない、出来ない。だって怖い。あなたはこんなにも心を折ってくれるのに。でも好きだよ、私も。
滲んだ涙の膜を悟らせないように、頭に乗っている彼の大きな手を抱え込んで寝返りを打った。慎也くんの手はいつだって変わらない。私を慈しむ手だ。この手があんまり優しいから、いつか一人きりに戻ることなんて出来なくなってしまいそうで怖いのだ。
「どうして一緒にいるんだろうね。だって、一緒に死ねないのに」「俺は、こうして出会えたことが凄いことだと、思うが」「じゃあ、私を殺してから消えてくれる?」「なんだ、今日はやけに突っかかるな」
どうした、と覆いかぶさって私の顔を覗き込んだ慎也くんの表情が面白いくらいに固まった。なんだかボロボロ流れる涙を止める方法がわからなくて、そのままにしていたから。
「……悪い」大幅に遅れて体制を整えて、顔を背けた慎也くんが遠慮気味にベッドにのし上がってきた癖に、隣に横たわって強引に背から私を掻き抱いた。顔を背けたときの彼は耳まで赤く染まっていた。何故そこで照れるのか。
「何で、顔赤いの…」「なんでもない気のせいだ」「やだ、見た」きつい腕の中で向き合ってやろうと身体を捩じろうとする、のを拒む慎也くんとの攻防が続き、観念した慎也くんが続けた。
「……悪い、その、嬉しくてだな」「なにが」「…俺ばかりだと思ってたんだ」「やめて、言わないで、やっぱりいい」「がそんなに俺の事を考えていてくれた事実がだな」「自意識過剰」「それに、泣いているあんたもいい」「なんで!もっと!心配とか!ないの!なんで私があんたを好きで泣いてることになるのよ」「違うのか」
熱い吐息まじりで耳元でからかう。遊ばれている。また欲情するほどに私が可愛かったかこのケダモノめ。どちらかというと、可愛いも何も、もはや性癖、ただのサドなんじゃないのか、という疑いが濃厚だ。
「だって悔しいよ、私が今あなたの腕を切り落として食べてしまったら、私は次あなたの腕として生まれてこれないの」「一つの存在だったら、こうしてお前を抱きしめることも、愛を語らう事も出来なかったさ」「あしらわないでよ。わからないの」「何万回でも言ってやる、俺はあんたのことが好きだ」
ぐるりと倒され濃厚なキスが降ってきた。さっきあんなにしたのに。盛り上がっても相手しないからね。全力で応えてさしあげる。
「…っは、あ、うやむやにしないで、わからないの!」
「これがお前の答えだ」
「言葉にしてよ、理論にしてよ、理詰めで紐解いてよ」
「しなくてもいい、俺がいる限り困らない、だろ」
「だから、殺してから消えてって言ったの」
不毛な恋をしている。私も、彼も。

幽囚人