「随分と面白いものを見つけてね」

カチャリ、とソーサーにカップを置いた彼が頬杖をついて窓の外へ視線をやった。息を吸う音が彼の気道を通り過ぎるのをきいた。

「奴隷制度が合法化され、かつ保護されている国では、潔白な市民にふさわしい唯一の場所は牢獄である。」
「戦場は大いなる牢獄である。いかにもがいても焦っても、この大いなる牢獄から脱することはできぬ。」
「わが魂よ、汝は長期間とらわれの身にあり、いまや汝の牢獄から去り、この肉体の障害から免れる時機に来たり。喜びと勇気を持ちてこの離別を忍べ。」

いつもとは違うものがその目に映っているらしい。私の紅茶に角砂糖を一つ入れた彼の口角は上がっている。

「魂が輝いてる子でもいたの?」
「まさに。みせてくれるんだ、彼は」
「彼女だったらよかったのにね」
「その線は考えたことが無かったな。もしそうだったら僕たちはどうなっていたんだろう」
「愛とは、二つの肉体に宿る一つの魂で形作られる。」
「われわれのすべての災禍は、我々がひとりきりではいられないことに由来する。」
「生きることは苦しむことであり、くじけずに生き残ることは、その苦しみに何らかの意味を見いだすことである。」
「愛はつまり僧しみであり、憎しみは愛である。対立する者への憎しみは、一致する者への愛であり、後者への愛は、前者への憎しみである。」

ミルクを入れて、混ざり合う色のようにぐるぐる迷路の果てを目指す。

「きっと何も変わらなかったんじゃないかなぁ」
「概ね同意しよう」
「いいな、私も見たいなその子。今度連れてきてよ」
「それは無理な相談だ」
「随分可愛い子なんだね」
「君の感性を疑うな」
「同じ穴の狢でしょう」
「はは、君ほどではないよ、僕は」
「真理への愛のみが、われわれをけっして裏切ることのない唯一の愛だ?」
「ダウトだ。事実というものは存在しない、存在するのは解釈だけである。」
「正解」
「そうだな、いつか君の感じた想いを語ってはくれないか」



その言葉通り直ぐに彼は死んでしまった。何故知り得たのか、殺した人に告げられたからだ。少年のようにライ麦畑で死んだらしい。
私は彼の言葉を果たさなければならない、肉体を犠牲にした彼の魂に私は語りかけるのだ。目の前にいる真っ黒な犬と目を合わせながら。

「奴隷制度が合法化され、かつ保護されている国では、潔白な市民にふさわしい唯一の場所は牢獄である。」
「戦場は大いなる牢獄である。いかにもがいても焦っても、この大いなる牢獄から脱することはできぬ。」
「わが魂よ、汝は長期間とらわれの身にあり、いまや汝の牢獄から去り、この肉体の障害から免れる時機に来たり。喜びと勇気を持ちてこの離別を忍べ。」
「アンタに俺が殺せるのか」
「まさか。人間に対する神の摂理の正しさを立証しよう。」
「悪魔の証明だ」

なるほど考える犬のようだ。その首輪を砕く意志を持ち合わせた勇気ある犬だ。そして、それは狼となった。

「君は彼岸を超えたの?」
「真の楽園とは失われた楽園である。」

は、っと笑った。彼の肉は林檎の味がしたに違いない。

失楽園