月曜。退勤後、食堂。彼女はプレートを空にしてコーヒーを啜っている。パフェの容器は無い。やけ食いする気はないようだ。
 とにかく、ガン無視だから勝手に向かいに座ってやる。コイツ相手に引いてもなんの効力もないことを俺はとっくの昔に学習していた。彼女はじとりと目線だけを俺に向ける。

「何か用ですか」
「今日あまり元気なかっただろ。気になった」

 何かあったのか、とまでいうのは白々しい。大体、土日挟むと彼女はこうだし、先週末つまり昨日はデートでフルーツパーラーに行っている筈だ。既に俺は佐々山に耳打ちされてしまっている。またフルーツパーラー。だが相手は2週間前とは違う男。未だ彼女を射止める者が出ていないことにだけは感謝したいが、……。なぜ俺が彼女を誘えていないのかについての回答は次のとおりである。

「別に狡噛さんには関係ありません。どうせ誰かに聞いたんでしょ。そうですよ、ご明察です。またうまくいかなかったんです。絞首、斬首、銃殺、釜茹、溺死、電気、……どれで裁くべきでしたかね?」

 相変わらず気の強いことで。要は相手に失礼なことをされたと彼女は感じたのだろう。嫌味皮肉を言う時に完璧な笑顔になるのもうまくいかなかった原因の一つなんじゃないのか。俺は気にしないが。

「監視官の発言とは思えないな。無難にドミネーターを向けておくべきじゃないのか」
「喧嘩売ってますね?」
「まさか」

 コーヒーカップを両手で包んで、彼女は笑顔で真っ直ぐに、俺を睨んだ。
 どのタイミングでは俺のことを嫌いになってしまったのだろう。初対面からあわあわされた記憶はしっかり残ってるが、あからさまに嫌われてしまったのはいつからか。今や慌てた様子は抜け切り、俺と目があえば睨んでくるのが常になってしまっている。あんまりにも構いすぎたのが良くなかっただろうか。
 事件に関することや現場では真面目に話を聞いてくれるし、信用されていると思う。先輩として信頼もされているだろう。
 それが分かるだけに、業務外での落差がマジで痛い。しかも回答を間違ったらしく、ひたすらに睨まれてしまっているため……なにかフォローしなければ。

「……ま、どっちかってーとお前、結構タフだしな。拷問しても濁らなそうだし、いいんじゃないか」
「何ですって? 知らないだけの癖に偉そうなこと言わないでもらえます?」
「褒めてるつもりだが。ま、見かけだけでもタフに見えりゃほとんどの男は寄ってこない。諦めた方が無難じゃないか?」
「狡噛さんは嫌味を捻り出すのに随分長い時間考え込むんですね」

 彼女は笑顔に怒りマークを張りつけ言うと、勢いよくコーヒーを飲み干した。カップを机の上に置いたその中身は空になっている。彼女はそれを覗き込むように俯くので、伏せられている長い睫毛や、髪につやつやの天使の輪が出来ていてるのが目に入った。
 手を伸ばして撫でてみたい。好意的な目を向けて欲しい。じりじりと腹の底が焼けるように、好きだな、という思いを募らせている癖に、どうしてこう、俺の口から飛び出す言葉は素直じゃないのか。彼女も彼女で喧嘩腰なもんでどうにも止まらないところがあるんだろう。分かってはいるし、もう少し直球でいった方が、と思いもするが、完全にフラれるのが目に見えていては些か厳しい。

「……いつも、何で突っかかって来るんですか。私にだって結婚願望くらいあるんです。まあその前に彼氏や恋人という存在から居ませんけど? そっとしといてもらえませんか」

 俺は毎回こうして誤解されている哀れな男である。壊れる程愛しても言わずにいれば三分の一も伝わらないのだという事がよく分かった。俺がに好意を持っているから話しかけていると何故思わないんだろうか。

「だからほっとけないんだろう」

 少しは努力してみると、空のカップの底を眺めていた彼女が顔を上げた。眉を下げ、珍しく弱気な顔をしている。どきりとしてしまったのも束の間、きっとまた曲解を始めている。さっきよりもマシマシの笑顔を張りつけた彼女が刺々しく口を開いた。

「いい人でも紹介してくれるんですか? まあ狡噛さん沢山ご友人いそうですし? 合コンの2つや3つセッティングしてくれるんでしょうか。日頃のお詫びを兼ねて?」
「誰がするか。友人はそこまで多い訳でもない。し、俺は興味ないやつには話しかけない」

 彼女は微妙な顔で首を傾げ頭上に疑問符を掲げている。なら何故私に話しかけている、興味があるのか? そんな訳はない。何故私に話しかけている? そんなことを思っているだろうことが手に取るようにわかる。壊れる程愛しても以下略。

「……お前に興味があるから話しかけてると言ってるんだ」

 どうにか言葉にして彼女をうかがい続けたが、顔を赤くするでもなく、怒るでもなく、笑顔でもなく。……しょげている。なんで。

「……宇宙人みる類の好奇心やめてほしいです」

 伝わってない。嬉しいような悲しいような、いずれにせよ頭が痛くなってくるし溜息も漏れる。気分が重苦しい。どうしてそういう発想になる。コイツ本気で俺のことが眼中にないんだろう。

「ため息つくことないですよね。私は一人で優雅にディナーしてたのに凸ってきたのは狡噛さんの方ですよ。あまりにも非道。お詫びのデザート券を要求します」
「今食えばいいだろ勝手に頼め。どうせパフェだろ」
「嫌です。折角の好物は一人で楽しんで食べたいんです」
「だから彼氏できないんだろ」

 びきりとしたマークでもつけたように、彼女が分かりやすく顔を半分歪めて怒りを堪えた。口元が引き攣っている。今のは俺が悪かった。
 もう少し一緒に居たかっただけだ、少しでも引き留めようとしただけだ、嬉しそうにパフェ食ってるお前が見たかっただけだ。言えるか。それにお前週末は男とパフェ食ってきたんだろうが。

「……何ですかその言い草は? 狡噛さんは? さも可愛らしい彼女さんがいらっしゃるんでしょうねえ?」
「いない。フリーだ」
「へえそうですか。それで?」

 彼女は怒りの笑顔を被っている。で、それが? だから何? 私を煽って何がしたいんですか? そんな心の声が聞こえてくる。煽ってもないし突っかかってもないし、単に俺は彼女がいなくてフリーだぞとアピールしているに過ぎない。
 やはり言わなすぎなのだろう。きっとそうだな。言ってああなのだから、もう少しくらい言ってもバレなさそうだ。いやバレなくてどうする。少しくらいストレートに言うべきだ。まどろっこしくなってきた。

「好きな奴ならいる。目の前に」
「さすが。手に入らないものなんて無さそうですもんね」

 笑顔の即レスに、今度は俺がイラっとする番だった。現在進行形で手に入ってないどころか伝わっても無いんだが。私は手に入りませんよって嫌味を返したつもりだろうが、俺のは全く嫌味でも何でもないぞ。単純に傷つくし、腹立ってきたんだが。

「お前な、何でもかんでも嫌味で取るな」
「気を持たせるようなこと言う方が悪いと思いますよ、いつもいつもいつもいつも」
「嫌味じゃないって言ってるんだ分かんないのか」
「私のことが好きですって? 信じられるわけないでしょ」
「知らない癖に偉そうなこと言うな」

 彼女を睨みつけると、言葉に詰まって彼女は居心地悪そうに固まった。バツの悪そうな顔をしている。

「……ごめんなさい」

 可愛い。許した。彼女はチベスナみたいにスンとした顔で新たにコーヒーを注文している。

「何で。パフェ食えばいいだろ」
「食べません。私がいつどこでパフェ食べようと自由です」
「ああそうだな。でもパフェ食えばいい」
「ていうか何で私がパフェ好きなこと知ってるんですか。私教えてないですよね」
「クリーム系を好きなのは見てりゃ分かる。それから色んな男と毎回パーラー行ってるっていうのを小耳に挟んだだけだ」
「全然小耳じゃなくないです? 人聞きも悪いんですけど。つまるところ何ですか? 狡噛さんは私のことがそんなに嫌いなんですか。私がパフェ食べてる間抜けな顔が見たいとでもいうんですね」
「お前また、嫌味で取るなと言ってるだろ。好物を食ってる顔が可愛いだろうから見たいって言ってるんだ。全部言わせるな」

 早口で言い切った。顔が少し熱い。かなりはっきりと言ったんではないだろうか。
 恐る恐る彼女を見てみると、目が点になっている。
「かわいい……?」大袈裟に首を傾げて繰り返し、わけがわからないという顔をした。
 時差、数秒後。彼女の頬が仄かに赤く染まったのを認識した俺の気持ちが分かるだろうか。

「えぇ……」

 恥ずかし気に戸惑いきった表情に瞬時に俺は理解する。言われ慣れていないのだろう。まあ確かに、表立って彼女にそんなことを言う男はいないだろうし。彼女の気の強さに心を折られた男共はダウンし、心が折れることを恐れる男は話しかけることすら出来ていないザマだからな。
 そんな中、俺は不動の位置をキープしてきたつもりだ。彼女との齟齬は凄かったわけだが。というか。

「お前、何で好きという言葉にその反応をしないで可愛いに反応するんだ。おかしいだろ」
「だって。だって狡噛さんですよ? 狡噛さんが私の事好きなわけないじゃないですか明らかに釣り合ってないし。高身長高学歴高収入エリート中のエリートの自覚あります? どうせ小動物でも見てる気分なんでしょ」
「違う。女性として素敵だと思ってる」
「ひ、ひ、引っ掛かりませんよ。イケメンには気を付けなさいって佐々山さん言ってました! 絶対遊んでるから。遊び慣れてるから! 色んな人にそんなこと言ってるに違いないです」
「ふざけんな。佐々山の言うことを真に受けるな。俺が他のヤツにしつこく声をかけてるところを見たことがあるか? 俺がお前に無駄に話しかけ始めたのはいつからだ? いつから続いている? 思い返してみろ」

 完全に開き直った俺に、彼女は顔を真っ赤にして落ち着かなさそうだ。ダメだ可愛いな。なんだこれ。本当にあのか?

「……二度目ましてくらいから?」
「そういうことだ。悪いか?」

 声にならないような声を上げた彼女が、ばん、と机に手を置いていきなり立ち上がる。

「っでもだって狡噛さん好きな人いるってさっき言ってましたよね!?」
「だから。お前のことだ。このバカ」
「え、えっ? え??? あれぇ……?」

 へにゃりと椅子に座り戻った彼女が、真っ赤な頬を両手で包んでいる。さっきから周りの視線が痛い。己の顔も熱くなってきてしまった。いつの間にか来ていたコーヒーの水面が危うげに揺れている。
 とりあえずデバイスを操作してマップを開き、口元を引き締めようと努力しながら検索する。

「今から空いてるか?」

 検索結果のパフェ店一覧の画面を投影してやれば、彼女の視線は画面と俺の顔を忙しなく行き来し始めた。

「……え、あの、」
「お前が他の男と会ったっつー度、気が気じゃなかった、俺は。まずは目の前の男に目を向けてみてもいいんじゃないか」

 コーヒーをかっさらって飲み干して、あ、とか、ちょっと、とか言っている彼女の手を引いて行く。離してやらないと伝えたくてしっかりと手を握れば、きゅっと握り返された手が憎たらしい程愛おしい。今日は返してやらないといけないというのに。積みあがって来た思いを伝えきるには、生涯使っても時間が足りるかどうか、なんて漠然と考えた。重症だ。
 悪いが、逃げ切れると思うなよ。

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