「わーすごーい!」

 取調室に入室してきた彼女、の、二言目は、「カツ丼一丁!」

『分かりました。5分後にカツ丼一人前が到着します。』

 律儀にドロクサが音声を検出してしまったのが運の尽きだ。虚しい機械音声を聞きながら、溜息と共に椅子につく。 
 自動で施錠されたドアを背にした少女は、一体何をするのやら。観察しているが、ドロクサを凝視したあとは特に何もせず、セーラー服のスカートを翻して速やかに向かいの椅子に座っては、にこにこ顔で俺を見始めた。しまりのない顔だ。こいつ状況わかってるんだろうか。

 現場には確固たる証拠とこの少女。少女が犯罪を犯した映像まで、ばっちりと監視カメラに記録されていた。というのに、彼女は強い意志をたたえて俺を見て、やっていない、と言ったのだ。

 犯人はこの女と確定しているが如何せんクリアカラーのため、困った俺たちは、一旦取調室に彼女を連れて来た、というわけだ。念のためドミネーターは携帯しているが、こんな少女は正直言って一捻りだから、過剰武装には思えている。

 ま、要は、任意同行の、被疑者扱い。よって、ドロクサが彼女のカツ丼の注文を受けてしまったというわけだ。
 今から俺は取り調べ、そう、尋問を行わなければならない。口を割らせねばならない。…というのに。
 いつまで俺の顔を凝視してる。いい加減居心地が悪い。

「俺の顔に何かついてるか?」
「すきです」
「は?」
「お兄さんかっこいいですよね。優しいし。私が冤罪だったら結婚してくださいね!」

 何いってんだコイツ。

「無言は肯定ですよ。私が冤罪だったら結婚してくださるんですね」
「断る」
「そんなに自分の取り調べと現場検証や証拠の理解に自信がないんですか?犯人が私だと思ってるんでしょう?違うのにそう思われている私は非常に精神的な苦痛を受けています。から一生をかけて貴方の罪を償うべきです」
「いや言ってることがおかし『カツ丼イッチョーニナリマス!』
「わーい!」

 勝手にあいたロック、入ってきた配送ドローン。から嬉しそうにトレーを受け取った女は、箸を持ち、「いただきます!」どんぶりの蓋を開けカツ丼に切り込んだ。
 見紛うことなくカツ丼だ。この犯罪者、クリアカラーというだけで取調室で昼飯にありついている。大きな一口。もぐもぐと口を動かした女は、「ん~~!!」頬を包んで悶えている。「さすが最新のオートサーバーです!」いや、そうじゃない。

「おかしいだろ。なぜ気様は平然とカツ丼を食っている?」
「えー。そこは、俺のおごりだ、っていうところでしょ!」

 彼女は口の端にカツの衣を付けながらニッコリと、もぐもぐカツ丼を食べることを続行している。うまそうに食うヤツだな。いい匂いに腹も鳴ってくる。何故俺はこんな目に遭ってるんだ。「あっ欲しそうな顔してる。しょうがないなぁ一口あげます。はい、あーん」彼女の手をはたき落とした。

「なぜ、犯罪を犯したあとで平然と飯を食えるのかと聞いているんだ」
「犯罪を犯してないからです何度言ったら分かるんですか?健康診断しました?――っわ」

 彼女の顔にドミネーターを向けても、相変わらずクリアカラーだ。一瞬びくりと肩を震わせたのは何故か。彼女が縮こまりながら俺を睨んでカツ丼を食べ続けるので、手を下ろす。さっきとまるで変わっていない犯罪係数。色相も何の問題もないホワイト系から変わらずだ。

「白状しろ。薬品でも使ったんだろう」
「キメてませんー。さっき血液検査用に血、取ったじゃないですか」
「素直に自白したほうが見の為だぞ。薬が切れたときの色相を考えてみろ」
「え、私とあなたが結婚してますね。お兄さんのお名前なんですか?」
「犯罪者に名乗る名はない」
「冤罪だったら教えて下さいね。結婚もしますからね」
「ハッ、廃棄区画かなんかの出身か?戸籍でも欲しいのかね」
「~~いやっ、その顔…やばい…すき……あっ…!きゅんきゅんする…!どえす…!!」

 適当に鼻で笑ってやったにも関わらず、ついに彼女は箸をどんぶりの上に置いて、きゃーきゃー言いながら口を押さえ悶え始めてしまった。だめだこれは。俺の手には負えない。そうだな、佐々山。佐々山を呼んでこよう。俺はあいつに学ぶことがごまんとある。今日はいい勉強になるだろうな。
 席を立つと志恩からコールが鳴った。愚痴を垂れようとすかさず取った。ついでに佐々山の現在位置を検索する。ってまた喫煙所かよ仕事してくれ報告書まだ上げてないだろお前。で、

「なあ志恩。こいつ頭の精密検査を先にしたほうがいいんじゃないか?」
『したわよ。オールグリーンよ。血液はちゃんとレッドだったけど問題ないわ、グリーンよ』
「佐々山にグリーン姉さんとかいうのを聞いたことがある。やっぱり何かおかしいんだろう、この人。頭が悪い。いや、痛い」
『慎也くん、アタシさぁ、ホントにその子が犯罪を犯したなんて思えないわ。この映像の出元もちょっと気になるのよね』
「…監視官権限でいけるか?」
『んー、キツいけど~。やっちゃいましょ。責任は取ってよね』

 ブツリと通話が切られた。やっぱ神は居ないな。神は死んだ。仕事に関しては志恩は信用できるから、そっちはいい。が。椅子に座ってうなだれる。俺も何か食うかな、昼飯まだだし。少女が時折出すカチャカチャという音が戦意を消失させてくる。パン、と軽い音が鳴った。

「ごちそうさまでした!はあ、おいしかった。満足です。さ、カツ丼食べ終わったのでしましょ?」
「何を」
「い、言わせるんですか…?」
「やめろ。恥じらうな。わけがわからん」
「わかってる癖に!」

 向かいの席から身を乗り出している彼女の、額を片手で押さえて距離を確保している。やっぱりこの女は佐々山と相性がすこぶる良いに違いない。三大欲求しか脳内にないのかもしれない。ヤりたい盛りか?若いもんな。何をすると直接的なワードを口に出して言われてはいないが、不健全だぞ未成年。
 とにかく寄るな、くっつこうとするな、こちらを見るな。
 ひたすらブロックしていると、ぶうたれた彼女は諦めて椅子に腰を下ろし、両肘を机について顔を支えながら俺の顔を凝視することに決めたようだった。ので、やはり俺は再度腰を上げ足を踏み出した。佐々山を呼びに行こう。しかし行方は口の端に衣がついている女に当然の如く阻まれる。くい、とジャケットの裾をつままれていた。

「どこ行くんですか」
「お前みたいな思考回路の人間を呼んできてやろうと思ってな」
「えー。これでも不安なんですから行かないでよ」

 彼女はしゅるりとセーラーのリボンを解きそれを胸元に垂れ下がらせると、真ん中の三画の布を指でちらりと引いた。ぷちぷち、とスナップボタンが外れていった。上から覗いているもんだから、垣間見えるのは白のレース。中々に立派な谷間が一瞬チラリズムした。勘弁してくれ。

『あーーーーっ!!それあそこのブラじゃないの!ちょっと慎也くんその子脱がしてみなさい最高にエロいわよ!』
「知ってますか!?!?そうです!!総レースですっけすけの――!!!」

 見てたんなら助けてくれないか。志恩と女が熱く、どうも高級なんらしい下着について語り合っている。よし今のうちに、と部屋を出ようとしたが、彼女に壁に押し付けられてしまった。当たっている。完全に。当ててんだろうな。何がとは言わないが。もう身体がべったりと密着している。この状況はおかしい。

「欲求に素直すぎるだろどうなってるんだお前。お子様は食ったら寝とけ」
「子供じゃないです失礼だなぁ、凝視したくせに。慎也くんむっつりでしょ」
「聞こえないな。気色悪く呼ぶな」
「照れてる――痛いっ!」

 悪い子にはチョップ指導だ。しかし懲りない彼女は俺にチョップを落とされた頭をさすりながらも、ぐっと背伸びして顔を近づけて来たので、さすがにイラっと来て彼女のスカーフを拝借した。「あっ…えっち」ふざけんな。彼女の両手首をそれで拘束する。これで無問題だ。もう俺は何も見ない聞かない触らない。

「…縛らなくたって逃げないですよ。優しくしてくださいね?」

 お前のそのポジティブシンキングはどこから来るんだ?どうして俺が手を出すと思っている?未成年淫行の現行犯でも狙っているのか? 彼女はぐいぐい体を押し付けてくる。マジで、なんでこんなことになってんだ?俺は何をしなければならないんだったか…。…取り調べだ。

「志恩。データ解析の進捗は」
ちゃん、もう一息よ。無実を証明してみせなさい』
「志恩お姉さま!私、頑張ります…!」
「志恩お前どっちの味方なんだ」
『おねえさんはいつでも可愛い女の子の味方よぉ』

 だめだこりゃ。早く逃れよう。やってられん。

「やーん。行かないでくださいどうせ中腰でしか立てないんだから。トイレに行くくらいならここで一緒に建設的に…ね?」
「誰がトイレに行くんだ。お前のような煩悩にまみれた人間にうってつけの執行官を一人連れてくるんだ。好きにしてもらえるぞ良かったな」
「やですよ私クリアカラーですよ許されませんよそんなこと。あなたがいいんです行かないで」
「なら質問に答えろ――」

 凄むと、しばらくして、しゅん、とした彼女がすごすごと椅子に戻っていく。彼女の両手首は赤い布で拘束されたままだ。なんかヤバイ絵面じゃないか。とりあえず彼女の横に行って、拘束を解いてやった。すると、彼女は靴を脱いで、パイプ椅子に足を抱えて不機嫌そうに丸まってしまった。顔はあげてくれている。もう少しスカートのほうは気にして欲しいが。ようやく聞き取りが出来そうだ。
 俺が席に着くと彼女が口火を切った。

「…ねえ、私が認めたらあなたが楽になるんですか?事件が解決するから?」
「そういうワケじゃない。ただ、お前じゃないなら一体誰がやったんだ?」
「……知りませんよ、そんなの。私はやってない。私は犯罪は犯してない」
「――おい。まるで犯罪紛いのことならした事があるような口振りだな」
「……廃棄区画に出入りしたことがあるだけだもん」
「何のために?」
「言いたくない。変な趣味だから笑われるのが嫌」

 睨み合いが続く。このやり取りでさえ、罠ではないかと考えている。今、俺は自分の頭で考えているからだ。どうなんだ。ドミネーターは白と言い、証拠は黒と言っている。あとは自分の頭で真実を、善悪を考えるしかないのだ。重苦しい沈黙が落ちた。



『はぁ~い慎也くん。結婚おめでと。お見事、確実に複数犯ね。一人でできる範囲超えてるわぁ。超精密な合成映像。公安局が設置した監視カメラの映像をハッキングしてすげ変えたみたいよ。残念ながらそっちの方は綺麗に処理されてて犯人は追えそうにないわ、ごめんなさいね』

 どのぐらい経っただろうか。志恩の言葉に彼女と目が合う。………マジかよ。

 思ったより傷ついているのかもしれない。ほら私じゃなかったでしょ、とか言ってくるかと思っていたのに、彼女は眉を顰めて口を開かない。

「……すまなかった。結婚はしない」
「……名前、教えてください」
「…狡噛慎也だ」
「狡噛さん。好きです付き合ってください」
「……断る」
「じゃあ連絡先交換して。私本当に狡噛さんが好き。最初は顔がいいなって思っただけだったけど性格だっていいもん、ちょっとしつこいし疑い深いし執念深いけどひどいことは一つもしなかった。チョップはされたけど。連絡先教えてくれないなら毎日学校終わった後に公安局まで来て狡噛さんが出てくるまで待ってるからね」
「おい、不良少女が。脅しだろうそれは。宿直だってよくあるから一晩出てこないとかザラなんだ、こっちは。大人なんでね。お子様にいらん苦痛を味わわせたのはすまなかった。カツ丼は俺のおごりだ。セラピー手配するから待ってろ」

 う~~~という彼女の唸り声を聞きながら、あらゆる手配を行っていく。これから追わなければならないホシのこと、彼女の両親に対する説明、色相ケア、問題は山積みだ。そういや、

「色相は?」
「別に」
「見てもいいか?」
「ヤダ。さっきみたいにその銃向けたら?その銃ちょっと怖かったんだから。罪悪感はないんですか?罪悪感は。罪のないうら若き乙女にどれほどの精神的苦痛を与えたのか気づいてないとは言わせません」
「カツ丼食って色仕掛けしてた図太い神経の一般人だろうそこまで繊細じゃないと思うが」
「繊細です。繊細です!治療のためにあなたの愛が必要なの!ホントに公安局に百夜通いするよ!?」
「せいぜい最後の夜に犯罪に巻き込まれないこったな」

 難しい言葉知ってるんだな、と彼女の頭を撫でれば、ぐりぐりと擦り付け返された。





 ふと、どうしてそんな言葉を知っていたのか。気がついたのは随分と経ってからで。俺が彼女に振り回され慣れた、そういう頃だった。

 あいつ本当に次の日公安局の前で張ってたんだよな。もう仕方が無いから連絡先を教えて、それからは語りたくもない。百夜目に悲劇になったら寝覚めが悪いからってお試しで付き合い始めたのに、百夜いく前に落ちてしまった自覚があるので俺も大概阿呆だろう。

、昔廃棄区画に行ったことあるとか言ってたよな。あれ何だったんだ、結局」
「あー…、あの頃は廃棄区画で旧時代の本とかDVDを買ったりしてたの」
「…この不良少女が。よく色相が無事で済んでるな」
「もう少女じゃないもん成人だもーん。堂々とえっちなものが買える!あ、でもそういえば――」

 その日はなんか真っ白い感じの男の人に声かけられたかもしれないかも、だとかなんとか。

「そういう重要なことはもっと早く言え」

 いつかのようにチョップ指導をしたことは言うまでもない。

冤罪です!