02


「狡噛、行くぞ。出迎えだ」

 身なりくらいきちんとしろ、ギノにネクタイを引っ掴まれ首が詰まる。「息苦しいやめろ。局長がわざわざ執行官を指名したんだ、執行官は執行官らしくしていればいい、そうは思わないかギノ。ネクタイをしめようとするな地味に気色が悪い」「うるさい。執行官の躾が出来ていないと局長に嫌味を言われるのは誰だと思っている」「分かった自分でやるから止してくれ」「シャツのボタンも留めろスーツも着崩すなきちんと着ろ」「っごほ、っ何しやがる、くっせ、」顔面になんらかのスプレー噴射を食らった。むせ返りながら身なりを整えていく。面倒くさい、災難だ、ツいてない。

 リクエスト通り、シャツのボタンを留め終えネクタイを締めジャケットのボタンも留め終えた。首が苦しい。よくもまあ監視官時代、こんなクソ息苦しい格好をしてたもんだ。俺を眺め、ギノが一度大きく頷いた。

「幾分かまともになったぞ。これは口臭ケアのタブレットだ。1シートぐらい摂取しておけ。ひどい衣服の煙草臭さは消臭剤でマシになったと言えないこともない。護衛対象はクリアカラーの訳ありだろう、くれぐれも濁らせるなよ。俺たち全員の首が飛びかねない」

 タブレットを口に放り込まれポリポリ噛み砕きながら、いつにも増してキリキリしているギノに連れられ、公安のエントランスまで護衛対象を出迎えに出る。

 もう一度言うが、災難だ。ツいてない。俺は何か局長に嫌がらせをされるようなことでもヤらかしただろうか。まあ、あれからこっち、ヤらかしてしかいないだろうな。ギノにはいつも心労をかけている。



 エントランスに出ると、向こうからやってきたのは、……護送車だ。ライフル銃でも打ち抜けまい。デコンポーザーなら或いは、というところだろう。

「…深く首を突っ込むなよ。お前は対象の護衛だけを考えていればいい。分かったな」
「ああ」

 言われずとも別件に突っ込む様な首は残っていない。ギノは心配性が悪化したな。見慣れた護送車が俺たちの目の前に停まり、重々しく扉が開いていく。

 本当に、なぜ俺なのか。相手は女性だろ、ふざけてんのか、どういうことなのか説明してくれ。説明しなくていいから今すぐ再考して欲しい。人選ミスにも程があるだろ。一体何考えてんだか、いつも上の役人たちは頭がおかしくてしょうがない。あいつらがクリアカラーなんて、シビュラシステムに欠落ありと証明しているようなもんだ。

 いよいよ扉が開いて、目が捉えた女性は、およそ、ギノが監視官権限を使ってでも開けなかった、秘匿情報に包まれている人間だとは思えなかった。パっと見普通。挙動は不審。緊張しているのか。硬い護送車のスロープに、カンカンとヒールの音が鳴り響く。彼女はビジネスバッグを肩に下げ、普通にスーツを身に纏っている。ゆっくりと降りて来た彼女は、「っわ、」

「……はぁ。気を付けろ」
「すみません、すみません!」

 足を滑らせてコケかけていた。すんでのところで支えたが、…運動神経は良くなさそうだ。体幹もないだろう。身体も軟らかいし、筋肉も大してついていない。彼女がバッと慌てて離れていったが、やっぱり見た目も細い。彼女は目線をあちらこちらへ彷徨わせている。

「本当にすみません。あ、あの。私、です。今日から執行官官舎でお世話になります。外出したいときは狡噛さんに申し付けろと、局長に伺っています」
「承知している。アンタも大変だな。何だか知らんが、潜在犯と同じ官舎に住むほどとはね」
「す、すみません、色々事情があって…」
「理由は聞いてないさ。聞く権利も無い。俺はこんなんだが、構わないか?そうだと助かるんだが」
「はい。長い付き合いになると思いますし、自然にして欲しいです」
「アンタもな」
「ありがとうございます」

 小さく微笑んだ彼女は年相応に可愛らしい。年相応。佐々山からいつの間にか授けられてしまっていた俺のカンでは、俺よりは下、常守よりは上、おそらく25いってないぐらいだろう。いい人だといいなぁ、と期待し夢を見ていた常守と、いい友人になりそうだ。
 良かったな常守、夢じゃなさそうだぞ。彼女は少なくとも俺にとって、悪い人では無くなった。ひとまず俺はジャケットのボタンをあけ、ネクタイを緩めにかかる。

「……!!?!!」

 シャツのボタンも通常通りあけながら、…そういや怒号が飛んでこないな。後ろを振り向くと、……ああ。ギノが硬直したまま死んでいる。死後硬直かもしれない。点で動きそうにない。ギノの肩をポンポンと叩き呼びかける。

「ギノ。おいギノ。大丈夫だ彼女は無事だ、現実に戻ってこい。早いとこ中に引っ込んだ方がいいだろ」
「――あ、ああ!ってなんだ狡噛その服装は!」
サンに聞いてくれ。俺たちはさっき同意しあった」
「同意?…って様、どうされましたか。ご気分が優れませんか、いや、まさか狡噛が何かご無礼を、」

 いいから早く中に入れ、と急かそうと、ギノに続いて彼女を振り向いたが、…真っ赤な顔して固まってやがる。
 ギノが懸命に彼女の目の前で手を振り続けると、はっと我に返った彼女は、

「――っはい!?大丈夫です!」

 どこがだよ。何故だか慌てて後退って、またも足を縺れさせていた。ギリギリのところでギノが彼女の腕を引き事なきを得ているが、……これはアレだな。

 護衛対象は、おそらく、ドジだ。

 ……先が思いやられるな、こりゃ。ほっといても一人で死ぬタイプじゃないだろうか。今までどうやって生きてきたんだ?大丈夫なのか?俺の首が飛ぶ方が、先かもわからんな…。