ライトブルー
「アンタね。あたしのさんを取ったのは…」
えらい貫禄がある、目の前の女子大生はひたすら俺を睨んでいる。全く女子大生に見えない。が、この制服は知ってる。黒いセーラー服。有名なお嬢様学校のやつだ。
数分前、インターホンが鳴り――『慎也さん、ちょっと手、離せないので、出てもらっていいですか?』『心当たりがあるのか?』と聞いても、鍋をかき回すのに忙しくインターホンを見もしない彼女が『はい多分』と頷くので、『多分で扉を開けるな危ないだろう』と叱りつつ。画面には危険の無さそうな若い女学生が映っており、さーんと名前を呼んでいたので、玄関を、開けたわけだが。
「それはもう素晴らしくお邪魔するわよ。あなたが帰るまでね」
彼女に見上げられている筈なのに、気持ち見下されている。彼女は持っていた袋と鞄を玄関に置き腰を下ろして、手元だけでローファーを脱ぎ始めた。目線はずっと俺の顔。ひたすらに睨まれている。器用なやつ。
逸らしてはいけないヤツだろう予感がしたので、無言でその視線を受け続けているが、一体俺はどうするべきなのか。「顔はいいのが余計腹立つわね…」…どう反応すべきか分からない。
彼女は靴を脱ぎ終えると、バカにしたように俺を鼻で笑い、勢いよく背中を向けて堂々と廊下を歩き、…ゴミでも見るような目で俺を睨みつけていた顔を一転、凄い笑顔でリビングに入って行った。
「さ~ん!」
「志恩ちゃん!テストどうだった?」
「ほぼ満点よ。さんのおかげ!それで、お母さんが一緒に食べなさい、ってケーキくれたの」
「わー嬉しいありがとう!でも志恩ちゃん、これ随分重たいよ。…もしかしてホールじゃ…!?」
「さんタルト好きでしょ?色んなタルト。一つずつアラカルトだった。さっきちょっと開けて見ちゃった」
「嬉しい、嬉しいけど…!!私、暇なときにしか教えられてないし…!?」
「さん、目、輝いてるわよ」
「だって、だってタルト…!」
「冷やしといて、あとで食べましょ。全部半分こしましょうね。夕飯ご一緒していい?」
「勿論!」
「やった!」
後に続いたが、素晴らしく蚊帳の外だ。…女っていう生き物は恐ろしい。志恩ちゃんというらしい子は、勝手知ったるというように勝ち誇った笑みで、皿や食器をテーブルに並べている。2セット。
…もこう、変わったりするのだろうか。…見たことないな。変わりそうにもない。彼女はいつも素直に生きている。それはもう素直に。の目線は志恩ちゃんの胸元を盗み見ている。表情が崩れ気味だ。とりあえず俺もからメシを色々受け取って机に並べていく。
「あ、志恩ちゃん。カトラリーもう1セットお願い。紹介が遅れたけど、えっと…、えっと」
まともな顔に直して顔を上げたが、鍋をテーブルに置きにきて、それから俺の袖を引いた。まだ言うのが恥ずかしいらしい。…こないだ親御さんにまで挨拶したのに。…ぶっ倒れたからな。介抱してたらご両親が帰宅されたのだ。そのせいでというか、おかげでというか、俺はというとちょっと吹っ切れた。ご両親が涙が出るほど優しかったのだ。だから今日も、夕飯食べに来ませんか?と可愛く小首を傾げた彼女に勝つ術を持たず、お邪魔しているのだが。
思わぬ伏兵がいた。まあ、一人娘だって聞いたし、勉強でも教えてる近所の子か何かだろうが、…その子は真顔で俺を見上げ、見下げている。バチリと目を合わせるが、私の方がさんのことを知っている、目がそう語っている。
そうだな、お前の方がのことを知っているかもしれない。現に俺はがタルトが好きだなんてこれっぽっちも知らなかったさ。だがな、は俺の恋人で、彼女は俺のことが恋愛的に好きなんだ。俺はお前の知らない彼女の顔を知っている。お前は彼女とキスしたことあるか?子供騙しじゃない方。無いだろう。悪いことは言わない、諦めろ。すまないな、譲れない。譲らない。
ふ、と口角が上がる。が俺の顔を覗き込んで首を傾げているのが視界に入る。是が非でも可愛い。俺の完全勝利だ。名乗ろうと口を開く。
「恋人の狡噛「えーー??聞こえなかったわごめんなさい、お皿出してたからかしら」……」
わざとだろ。この女学生、やはり。俺と女学生の顔を交互に見て目を瞬かせているを抱き寄せた。
「っえ、」
「悪いがは俺のものだ。俺と付き合ってる、数ヶ月前から。馴れ初めはから飯に誘われて。俺は前から好きだったから口説いた。俺の名前は狡噛慎也だ。公安局で監視官をやってる。とは職場で出逢った。末永くよろしくな。志恩ちゃん」
「か・ら・の・も・り・し・お・ん。唐之杜よ。名前でなんて呼ばないで、気持ち悪い」
「~~~慎也さん!?そこまで言ってって言ってません!」
「言うなとも言ってないだろ。恥ずかしがることない、事実なんだから」
「教育に悪いんですけど!?」
「悪くない。普通のことだ」
こうして、皆、席に着き。約二名、火花を散らしながらの食事が始まったのだった。
**
「狡噛さん。タルト生地って何か知っていて?」
「パートシュクレ。フランス語で甘い生地って意味だな」
「えぇそうですとも。大正解。じゃ、タルト生地は昔なんの役割を果たしていたか知ってて?」
また始まった。慎也さんが頷きながら食後のタルトを咀嚼している。
二人は食事が始まってから、ずっとこんなやりとりを繰り返していた。勉強にはなる。志恩ちゃんの一問に、慎也さんが一答しているのだ。一問一答で次のトピックに移っていたが、今回は志恩ちゃんがタルトについての二問目を発していた。
向かいに座る慎也さんは、三等分したケーキ、3種類で1つのタルトになっているの一切れを飲み込むと、紅茶を啜った。ちらりと彼と目が合った。心臓がきゅんとなる。…慎也さん、ナチュラルにカッコいいからたまに困る。彼は目線を志恩ちゃんに向け、口を開いた。
「皿だな。パイ生地も皿だった」
こういう、相手の方を見て話を聞いたり、真摯に向き合う姿勢も好き。でもねえなんで二人はそんなに難しい話をしてるの?私はどうしたらいいの? とりあえず手元のタルトの最後のピースにフォークを伸ばした。
「そうよ中身だけ食べたりしたのよ。何で、何で知ってんのよ…」
あっこのタルトおいしい。もぐもぐ食べて癒される。甘いものは最高だ。私は他のタルトをもうちょっと食べよう三等分しようと箱に手を伸ばした。隣に座っているリーチの長い慎也さんが箱を引き寄せてくれた。きゅん死にする。ありがとうございますき。次は何にしようかとうきうきしていると、あ、このタルト私の好きなやつだ…?!
志恩ちゃんを見ると、ウインクしてくれた。ありがとうすき!このタルトだけ半分こにして半分もらおう。と思ったら、志恩ちゃんがピースしてくれた。箱を覗き込むと、あっ!あっ2つある…!あっ…!すき。隣の慎也さんがそのタルトを一つ私のお皿に出してくれた。慎也さんは味覚は鈍いくせに勘は異様に鋭い。
「今や学ぶことがよしとされない歴史やらについてってか。個人的に調べたり聞いたりした。昔仕事で必要になったのもある。まあ元々そういう話は好きだ。社会科学、社会心理学科を出てる。で――そういうアンタこそ色相は大丈夫なのか、そんなこと知ってて」
うんうん、心理学科出てるのは知ってた。ごめんなさい守秘義務より記憶が買っちゃってて。けど一番重要な忘れてはいけない情報は、慎也さんは黒い下着が好みだということだ。絶対に忘れない。他に謎なところ言えば、古語検定とかいうの持ってるところだ。何に使うのかと思ってたけど、割とそういうヘンなこといっぱい知ってるのかもしれない。味覚のポイントを他に全振りしちゃったんだろう。
私はやっと一番好きで1ピース頂いたタルトを口に運ぶ。あ~っやっぱりこのタルト一番すき!甘い!おいしい!1ピース食べれる幸せ!ほらもう1ピースは半分に切り分けるから、二人とももうちょっと仲良く、なんかこう、あの、ねえ?
「アンタに心配される覚えはないわ。アタシは何が言いたかったのかって、あんたのことは認めないって言いたかったのよ…言わせなさいよ!さん何この男!アタシ好きじゃないわ!」
「え、あ、うん…そっか……ねえ二人とも何で仲悪いの…?あと私ってやっぱりもしかしなくても頭悪い…?」
「そんっなわけないでしょさん。あたしはちょ~っとタルトに詳しくなっただけよ、だってさんが好きなんだもん」
「志恩ちゃん……!!!」
うう。癒し。志恩ちゃんはとても癒し。一部、いや二部?私より人生3周分くらい年上だと思われる柔らかさがいつも癒し。いつも、当ててくれる、いや、当たってしまっている? ひしと抱き合う。ああ生きててよかった。とにかく全てが癒し。志恩ちゃんは可愛い。ピンポーン。インターホンが聞こえる。お父さんお母さんなら勝手に入って来るだろう。
「ああ…お迎えよ…しおラッシュ…!」
「少しも眠くないわ!疲れてもないのに…!ほら狡噛さんアンタも一緒に帰るわよ。今なら一緒に帰ってあげるわ」
「いらねーよ」
慎也さんの心の声がだだ漏れている。今のは完全に素だった。言葉は鋭いはずなのに、声色が優しいから悶えることが多い。志恩ちゃんと名残惜しく離れると、志恩ちゃんは鞄を持って、私は三等分タルトを包もうとラップを取りにキッチンへ走る。タルトは本当に最高だ。しかも三等分すると、割と色がカラフルで可愛いことに気付いてしまった。見てても癒しになる。タルトは最高だ。
**
「一つ、分かったことがある。アイツ、もしかして油もん全然食わないだろ。生クリームとか、脂っぽい肉とか」
「…そうね、アタシはそういうの好きよ。鋭いのも腹立つわ。今度さんに言っとくわ、狡噛さんは洞察力はあるけどスケベってね」
「…も割とそうだろ。ちんちくりんに言っていいのか分からんが…、職場の食堂で、好みの下着の色聞かれたことある」
「……アタシでさえ聞かれたことないのに?!ッ……!さん傷付けたらあんたのアレ引き千切るから。よく覚えてなさいよ」
そんな衝撃そうに言われても。恨めしそうに俺を見る彼女の基準が全く分からん。確かにこの子はの影響を受けている事だけが分かる。…大丈夫だろうか。微妙に将来が心配になってくる。
「最近の学生は随分と過激なこと言うんだな。まあ、認めてもらえた、ってことでいいのか」
「認めてないわよ!ただそこらへんの男よりはマシなだけよ!」
キシャーという効果音でも付きそうな、猫の威嚇よろしく俺に歯を向いてから、彼女は乱暴にローファーに足を突っ込んだ。後ろからは、ぱたぱたと足音が寄って来る。
「志恩ちゃん、これ持って帰って。さっきのタルト志恩ちゃん分と、私が昨日作ったお菓子」
「えー!嬉しい!ありがと!」
「こちらこそありがと!またいつでも来てね!」
二人がまた抱き合っている。志恩ちゃんは挑発的に俺を見上げている。いい。ここは譲ってやる。俺はいつかを抱き潰すからな。が親御さんにお礼を言い挨拶をして、志恩ちゃんが親御さんに連れられ帰って行ったあと、……振り返ったの表情は崩れていた。頬を包んでやると、腕を回してくっついてきた。可愛い。彼女はにへらと気の抜けきった顔でにこにこしている。
「志恩ちゃんは柔らかい。慎也さんは硬い。その心は?」
「…お前の煩悩」
「残念。甘いものです。あってます」
甘いお菓子
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