彼女は「氷」を食べる。なぜか、と聞いていたら、また違う未来があったかもしれない。

「うまいのか?」

 ガキ、ミキョ、…の口からは強そうな音がする。めちゃくちゃな音を立てて、彼女が頷きながら牙を立てている。氷に歯なんか立てて、よくもまあ、きーんとこないもんだ。彼女の犬歯は結構長くて、にこりと笑ったときに覗くそれに、魅入られてから久しい。
 にしても、基本的に血色の悪い奴だとは思ってたが、今日は一段と顔色が悪い。青白い顔でうつらうつらしている。栄養が足りていないのではないか。あまり見るものでもないが、なんだかんだ、こいつが飯を食ってるところを見たことが無かった。きちんと食べているんだろうか。と、頻繁に誘い続けているんだが。

「外に昼飯でも食いに行かないか。天気もいいし」
「大丈夫です」

 ふらふら立ち上がった彼女が会釈をして、係を後にしていった。…毎度毎度、こうも見事に玉砕すると、いっそ清々しい。
 背もたれに体重を預け切って上を向き、目を閉じる。どうしたら少しくらい意識してもらえるだろうか。全く相手にされていない。彼女は大抵、大丈夫です、とか、はい、しか言わなくて、それなのに、たまに俺を見ては犬歯を覗かせている。その微笑みは些か幼くて可愛らしく、目を合わせると、にっこりしてくれるし。感触は悪かない気はするんだが。
 彼女はなんつーか、危険な魅力を持った人、というんだろう。物静かな性格や、時折赤く見える瞳の色なんかも相まって、神秘的にも思われる。あー。
 目元に腕を乗せ、昼寝の体制に入る。あいつの好みの食い物とか、誰か知らないだろうか。とっておきの氷とか、美味しい氷を作る方法とか、…かき氷屋でも探してみるか? うまいかき氷。…うまい氷は、うまい水からなるはずだ。うまい水。…わからん。

 ――と、けたたましい音が鳴り響く。出動だ。だるい気分で体を起こして、情報を把握していく。入り組んだ廃棄区画だ、また彼女を見失わないといいんだが。基本的に命令はよく聞いてくれるが、彼女はおひとり様行動常習犯だ。そんな彼女が慌てて戻ってくる足音が聞こえた。真面目だし、どっかの誰かと違って勤務態度も悪かないし、煙草も吸わないし、酒も飲むとは聞かないし。彼女が俺の隣で画面を覗き込んでいる。その横顔を見上げたが、ああそうだった、具合が悪そうだ。

「…、いけるか?」
「はい」

 タンブラーから氷をつまんでは、彼女が噛み砕いていく。ベキョ、…また氷、食ってるし。足してきたんだろうか、山盛りになっている。氷食症、という言葉が頭を過ぎった。女性だしな、確かに。特に腰を庇っている動きを見たことはないが、今度、鉄でも贈ろうか。言い訳は氷に任せればいい。

『――執行しました』

 通信から、また、強そうな音が聞こえてきた。襟元を少し崩さねば耐えられないほど暑いというのに、根性のある氷だな。つーかどっから持ってきた。

「…お前、こんなとこにでもタンブラー持って来てんのか?いつもいつも、先に行くなと言ってるだろう」

 やっと見えた彼女の背中、合流するが、座り込んでいる彼女の足元には、血だまり。彼女が執行したんだろう潜在犯を抱いている。

「イヤです」

 俺の声に振り向いた彼女は、先程よりも随分、生気のある顔をしている。彼女が俺を見てにっこり笑って、手を伸ばした。その手を取るも、彼女の口元にはべっとりと血がついていて、口の中すら赤かったから、俺は背筋が凍る思いがした。

夏の化物