トリガーを引くとき、潜在犯を殺すとき、それがエリミネーターのとき。彼女はとろけるように微笑む。
 全く同じだ、数時間前、彼女がアイスを食べて、心底幸せそうに微笑んでいたのと。彼女がまた頬から唇の端までを拭って、今度はその手に付着した血液を舐め上げた。

「まっず」

 怒りが胸を支配した。死を、死者を冒涜するような。既にそこには骸が倒れているだけだ。

「お前。人の不幸がそんなに嬉しいのか。この人だって、俺たちが確保して、それから更生していたら。どうにか…」
「はぁ?率直に、不愉快だって言えば?」
「ああそうだ、不愉快だ。言葉を交わせばどうにかなかったかもしれないだろう。この人は犯罪は犯していなかった。いつも思うが、どうしてエリミネーターは、」

 口を噤んだ。それ以上言うのは忍びなかった。何を言おうが、この人が既に裁かれたのはどうしようもない事実だ。彼は既に、更生不能な潜在犯だったのだ。当然じゃないか。それでも少しの可能性くらい残らなかったのか。必要ないとシビュラが判断したのだ。それでもシビュラの判定は時として覆ることがある。本当にどうにもならなかったのか。

「ねぇ、ずっと思ってたけど――狡噛さんがさぁ、人と分かり合いたいっていうの。それって、私たちに更生を強いて、シビュラの傀儡に戻れって、言ってるの。気付いてる?」

 彼女がまた自身の頬を拭った。
 急に、自分が矮小な世界に居るのだろうか、と。ほんの少しの疑念を抱いたあの日、少しだけ数値が変動した。空っぽの恐怖が顔を覗かせた。それ以上、覗かせてはいけないと思った。

「私、好きなもの壊したくなっちゃうの。私みたいに」


 それから彼女は命令違反を続けて、ついには俺にまでドミネーターを向け始めた。アイスを餌付けたりしても、彼女は全然変わらなかった。


「まっず」


 数か月ほど経っただろうか。どうしようもなくなって、彼女に向けたドミネーターが変形してしまった。あんなことを言ったくせに、俺は、近くに居るこいつとですら、分かり合うことも出来ず、どうにかしてやることもできず、――彼女の言う通りなんじゃないか。それでも俺は彼女を撃てない、絶対に撃ちたくない。

「照準は慎重にね、中心に定めてよ」

 彼女はへらへら笑いながら俺にドミネーターを向け、かちゃかちゃトリガーをいじっている。どれだけ引こうとしても、それが俺に発射されることはない。

「やめてくれ」
「あとさぁ、私が好きなアイスって、そのへんに売ってるやっすいラクトアイスだから。あんな高級なのじゃなくてさ」

 俺には止めることしか、願うことしかできない。まるで立場が逆じゃないか。立場、そんなもの端からあっただろうか。

「やめてくれ。、戻ってこい。戻って来てくれ。頼む」

 微笑んで、なお一歩ずつ後退っていく彼女に、背筋が冷えていく。いつ崩れるかも分からない廃棄区画、屋上。俺が足を進めることは出来ない。先は焼けている。続いちゃいないのだ。

「どうせ処分されるし。死に方くらい自分で決めたい、耐えらんない。だから、殺してよ」

 あーあ。彼女の姿が消えてった。

Remission over the edge