一係に転属となり、まあ佐々山にも付いて行けるようになった頃。毎度の季節、やっと一係にも、新人の監視官が配属となった。

 監視官。俺より少し年下で、なんつーか、ほんわかしているというか、間の抜けているところがあって、いつも佐々山にセクハラされそうになっている。佐々山以外のメンツで彼女を守り、佐々山を咎める日々だ。

 正直言って、がいるだけで、一係の雰囲気は明るくなる。有難い限りなのだが、最近、その微笑みが俺だけに向けられればいいのに、と思った、時点で、オチていた。

「お疲れさまでした、お先に――」

「はい?狡噛先輩」

 また、彼女に声をかけた。何度目だったか。最初は不思議そうに目を瞬かせていたことをよく覚えている。二度、三度と続き。

「メシ行かないか」
「…羽付餃子の気分です!」
「…構わんが、お前、…いやいい。羽付餃子な、分かった」

 今日も前回と同じように、顔を綻ばせてくれた。最近はリクエストもしてくれるようになったし、少しは仲良くなれている筈なんだが。二人、デバイスを漁る。

 も調べてくれるのだが、悩みすぎるきらいがあるので、ほとんどは適当に俺が決めてしまう。「ここは?」「はい!」
 おかげで、俺ん家から近いメシ屋は大分開拓されちまい、……。大丈夫だ、理性が勝ってる。負けるつもりもない。されど一縷の期待を寄せてしまう。…いや、俺は純粋的にに好意を寄せているんであって、……そんな思考が浮かんでくる時点でダメだろう。

 席を立ち、彼女の荷物を持とうとし、「いえ、大丈夫です」「そうか」拒否されて、駐車場に向かっていく。
 毎回、一連の流れだ。声をかけたりかけなかったり、かけまくったり、何をどうしたって変化は無い。とにかく進展が無いのだ。溜息が漏れる。

「…あの、餃子、嫌いでしたら、無理されないでください。私は何でも食べますから」

 エレベーターでが呟いた。俺だって大体なんでも食べる。食べるが、を誘っているのはそういうんじゃないのに、…どうしてこうも鈍感なんだろうか。

「好きだ」
「そうですか?」

 伝わらない。伝わるわけもない。エレベーターの扉が開き、開ボタンを押せば、「あ、ありがとうございます」「いや」彼女が先に降りる。が先で俺を振り返って待って、されどその距離は俺の一歩で縮む。
 機嫌良さそうな彼女の隣を、歩幅を合わせて歩き。にこにこしている彼女の横顔が可愛くて、まあいいか、と思ってしまうのだから、大分やられている。

 助手席のドアを開けて、今日も警戒心皆無な徒歩通勤のを乗せ「お邪魔します」閉めて、…そういや、彼女のマンションも知ってしまったんだよな。なんというか、もう少し気を付けた方が良いのではないか。頼むから気を付けてくれ。
 鞄を後部座席に放り込んでから、運転席に乗り込みナビを設定する。「お願いします」「別に、俺が誘ったんだから」俺もシートベルトを締め、車が発進していく。そんな彼女も仕事ではかなり有能なのだから、全く以ってよく分からないものだ。

「そういえば、今日、――」

 仕事の話に、佐々山、ギノ、とっつぁん、六合塚さんも好き、唐之杜さんはちょっと怖い。「俺は」「好きです?」「…そうか」嬉しさと共に撃沈する。

 それから毎度通り、その日、食うもんの雑学が増える。
 歴史を調べて、世間話して、連想ゲームして。
 おかげで彼女の好みや思考方法はかなり把握できたが、知れば知るほど、俺は男性で、彼女は女性である、という概念がすっぽ抜けているというか、…何と言うか、人としてしか見られていない、そんなことまで知れるので、何をどうすればいいのやら、どこに突破口があるのやら…、と試行する日々だ。

 そういやいつだか、佐々山は男は強引さ、とか言ってたな。押しても引いても押し続けてもダメなのだから、もう、ヤケになってそのくらいでもいいんじゃないか。今日、焼き餃子だしな。思考まで逃避している。

「狡噛先輩?着きました?」
「…ん。ほんとだ」
「楽しみです、ありがとうございます」



 昔でいう居酒屋のような、大衆食堂。騒がしい中、野菜餃子、肉餃子、と、ひたすらに並べられた餃子を、彼女とつついていく。

「…豚、牛、鶏、羊、……やっぱり、人肉餃子もあったんでしょうか」
「…周りの色相に影響出るようなこと言うんじゃない。まあ、中国の歴史を踏まえれば、言わんとせんことは分かるが」

 箸を止めてしばらく、が綺麗な所作で少しずつ餃子を食べていくのを、ひたすら見物している。

「おいしかったです」

 しばらくして、満足気に箸を置いた彼女が残した餃子を、ハシから平らげていく。彼女も彼女で俺をにこにこ見ているので、人が食べてるところなんて楽しくも何もないだろやめてくれ、と思いつつ、…餃子の味が曖昧だ、確かにおいしいのだが、彼女の微笑が何よりの調味料だった。

「…、好きだ」
「へ? …ああ!そうですね、私も焼き餃子派です。良かったです、狡噛先輩が水餃子派でなくて。申し訳ないので」
「水餃子より焼き餃子よりお前が好きだ」
「…ありがとうございます?」

 騒がしい中、口に出した言葉は拾われてしまい。も、伝わることは無い。

「冗談だ、と言いたいんだが。は、誰とでもメシ行くのか」
「ん~、そうかもしれません」
「…ホイホイついて行くのもどうかと思うぞ」
「そうですか?」

 今日も敗退だ。最後の一つを口に入れ咀嚼しきって飲み込み、ごちそうさまでした、彼女も手を合わせ、二人、席を立つ。

「そういえば、こないだ佐々山さんに教えてもらったお店、おいしかったので、今度狡噛先輩も一緒に――って、いえ、あの、今日こそ払います」
「ご馳走様ー」

 払い終え、厨房の方に居る料理人に挨拶を投げつつ店を出ると、彼女が時代遅れの現金なんぞを俺に突き出してきた。お釣りが山ほどくるだろう、一番デカいやつ。

「毎度のことだろ諦めろ。大人しく奢られとけ」

 後日、何かしら食い物をお返ししてくれるんだが、…話しかけてくれるから微妙に喜びを隠せない俺も俺なんだよな。はあ。

「いえ、あの、私よく食べました!おいしかったです。さすがに申し訳ないので今回はせめて…。前回のお返しも遅延中ですし」

 別にそんなのはいいから、一方的な告白がただただ伝わって欲しいし、…格好悪いことを言うと、申し訳なさからでも何でもいいから、頷いて欲しい。あー。

「よく食べたかどうかは問題じゃない。おいしくてそら良かった。俺もうまかったよ。アンタが隣にいたからな」

 もういい伝えてしまおう。ここまで伝わらないのだから、真摯に努めたって無駄だ。俺は充分紳士だ。問題無い。俺は佐々山じゃない。問題無い。嫌われたら三日三晩寝込む。それだけだ。

「…狡噛先輩?」
「別に金なんかどうだっていい。それよか、簡単に男に付いて行くなっていうのは――」

 壁に追い詰めて、彼女の肩口に手を突いたら、面白いほどに彼女が固まった。

「こういうことされたらどうするんだ、ってことだ」

 見つめ続けると、じわじわと彼女の頬が赤く染まってきて、…可愛らしい。伝わったのか、伝わっていないのか、慣れていないだけか、なんなのか。
 …しかしそんな反応をされると、正直言って少しばかり期待してしまう。俺の脳味噌はいつからこんなに都合が良くなったんだか。

「っこ、うがみ、せんぱい…?」
「このまま、俺ん家来るか」

 嫌がっているようでは無かったから、ダメ押しで、狼狽している彼女の耳元に顔を落として囁いた。やんわり俺の胸を押し返していた彼女の手の力が抜けた。少し顔を離し、至近距離で彼女を見つめると、あの、とか、その、とか、小さな声で言いながら、首を振っていた。
 普段、どういう風に言い寄っても全く効果が無かったが、…こうやって口説くと反応してくれるのか。
 これ以上やって嫌われても本末転倒だ。彼女から離れ、ホールドアップした。眉が下がっているような、上がっているような、よく分からん顔で、俺を探るように見ている彼女が可愛くて、面白くて仕方がない。

「っはは、悪い。今度こそ冗談だ。勿論、お望みなら歓迎するが? 帰れるとは思うなよ」
「~~っまたからかってます!」
「まあな。でも本気だ。ずっと俺は、が好きだから、誘ってた。あと、店選びの決定権を男に委ねんのも止しといた方がいい。どうしても、家から近くを選んじまう」

 彼女は未だ背中を壁に張り付けたまま、顔を真っ赤に俺を見ていた。

「男ってーのは、女性が思ってるより、下心がある生物だよ。これからは気を付けとけ」
「…狡噛先輩も、佐々山さんみたいな…そんな……!?」
「バカ言え。俺はあんたにだけだ。――ほら、乗れ。送ってく」

 助手席の扉を開ければ、彼女は戸惑い気味に俺を見つつも、素直に乗り込んでしまった。全く警戒心の無い。苦笑が漏れちまいながら扉を閉め、俺も運転席につく。さて、これからどう攻め落としてやろうか。

ファールアンドキャッチ