「こーちゃん監視官?こちらハウンド5」
「シェパード2だ。見つかったか」
「はい、そりゃもう、今からヤりますって感じで。殺っちゃっていいですか?」
「合流するまで待て、と言いたいところだが、切羽詰まっているようならば許可する」
「はぁい!今日も愛してます私のシェパード2、」
語尾にハートをつけて、回線を切った。
物陰に潜んで息を殺してドミネーターを構え、パラライザー。やーだ、制圧なんてしてあげない。こんなクソ男は排除、殺してやらねば。シビュラ導入以前だって、こういう男の再犯歴は碌なもんじゃないのだ。ドミネーターをパンツの後ろのホルスターへ見えないよう仕舞い込み、躍り出る。

「きゃー!ゴミクズみたいな男ですね?嫌がる女性に乱暴するなんて…」
「なんだテメエ、」
「廃棄区画の住人で~す。でもあなたと違って私は優秀だから、シビュラに抜擢されちゃったの…屑男さんはどうですか?色相ケアしてる?濁ってない?あ、おバカな脳味噌だから生まれた時から潜在犯だったり?ヤですね、」
絶叫しながらナイフを手に向かってきて、完全に注意がこちらに逸れたようである。これでこの女の子は、こいつとは正反対の、紳士的でかっこよくて頭も良くて強くてたまにちょっとぬけてるけどとにかくとにかくカッコよくてかわいい私の飼い主様、に保護してもらえるだろう。よかったよかった。
そのナイフをひょいひょい避けながら、さてどこへ誘い込もうかと考える。とりあえず、さっき超えてきた土管とか廃材のある、あのへんだ。誘導を開始する。
「暴力をふるう事しかできないの?可哀そうな人なんですねえ、何も見つけられなかったの?」
シェパードを危険な目に遭わせないように、この女の子の色相をこれ以上悪化させないように。個人的にも、狡噛さんには微塵も危険な目に遭ってほしくない。だからって佐々山は、こっちを手伝ってくれたっていいじゃない。まあ、私が先行しすぎなんだけど。足速いから。
「あなたが見つけようとしなかっただけじゃなくて?」
少々無茶な重心の取り方で、ピッと左肩に掠めた。体勢が崩れて右手側の壁に身体をついてから、反動で再度向き合う形に直ったが、今のでドミネーターを認識されたみたい。犯罪係数上がったかな? 更に激高する潜在犯から、まあもう向き合ってナイフを避けながら誘導する必要もなし、ドミネーターを抜き取り掴んで認証をさせながら、死を賭けた鬼ごっこのスタートだ。あーあ、折角楽しかったのに。

「こちらシェパード2、被害者女性を保護した。ハウンド5、どこにいる」
「ま~ったく手のかかるやつだ、オレもちょっくらいってくっぜ~」
「これ以上執行官の独断専行を許すわけには、」
「なんだお前アイツ死んでもいいの?」
「……バカなことは考えるなよ佐々山、」
佐々山、だって。回線切るのも忘れて会話してやんの。ちょっとぬけてるところだって可愛いくて大好きよ、私のコウちゃん監視官。私の、だけではないんだけど。でも言いたいの、マイマスター。
近づいてくる足音を聞きながら、土管の裏に転がり込んで機会を伺う。が、エリミネーターへ変形するドミネーターは中々扱いが難しい。しかも撃つまでが長すぎる、このポンコツ銃、嫌がらせだとしか思えない。まあ、強度は認めている。このナイフなんてどうともしないんだから。
ドミネーターでナイフを受けて、思い切り弾き飛ばした。んだけど左手に新しいナイフが、っげー。身体を振り切ってしまったので戻れずにいる遠心力で、その角度から右わき腹をやられるのを内心ちょっと覚悟する。
――瞬間、目の前で人だったそれが内側から沸騰するように爆発した。
「お前もうちょっと考えてやれよ、成長しねえなあ」「だってー!でもありがとう佐々山!」
向かいの上階の開いた窓から、かったるそうにひらひら手を振った佐々山が大声で呼びかけてきて、お礼を言った。間に合ってくれた佐々山のエリミネーターがそれをやったようだった。痛い思いをしないで済んで私はとてもうれしい。
「こちらハウンド5、ハウンド4が執行を完了しましたー!私も無事です」
「こちらシェパード2、了解だ。二人とも先ほどの地点まで戻ってこい」


「おまえ、これは無事だといわないだろう!」
「え、いきてます」
「そういうことを言ってるんじゃない、しかもこれ結構深いぞ、何故ここで直ぐに執行しなかった!」
う~ん、と考え込むふりをするほかなかった。エリートの道に影を落としたくはない。まあ、「なんででしょうねえ?」とぼけた答えを発したら、止血してくれているその布が凄い力で引っ張られて、ちょっと痛かった。

潜在犯である私達を人として扱うというか、触れてくれるというか、怪我の治療だって、この人はどこまでも優しい人だな、とよく思う。もうこれ以上夢を与えないでほしいなんて思ったりもする。けど、こんな人でも、シビュラの枠という中で、縛られているように見えたり、見えなかったりもする。シビュラの枠の中、それに奉仕することを、幸福というのならば。自らの意思で何かを選び取ることが、幸福というのならば。一体何を幸福と呼ぶのだろう。どれだけ夜を明かしても答えが出ることは無かった。
けれど今は、私はこの飼い主を大層気に入っているという、確かなおもいひとつ。
心根も、声も、顔付きも、考え方も歩き方も話し方も、瞳のイロひとつとっても優しくて、月の光に照らされた空のようだった。やわらかくて。でも私たちはそれさえ知らない。シビュラの中では、全てが紛い物で、太陽も月も雨も光も、全て人工的に造られているんだから。私の手がそれに届くこともない。
それでも、あなただけが、私の真実。きっとそれを幸福と呼ぶのだろう。

そのかたちを