交信
「、ちょっといいか」
「っえ!?私何かしまし、――いえ、あの、えっと、あの、青柳先輩!私は居ません」
「……青柳。貸してくれ」
「勝手に持ってっていいのよ?」
「っえ!?」
「じゃ、お言葉に甘えて」
「っな、っちょ、狡噛監視官、っな、青柳先輩助け、~~っ!!」
「早く気付いてもらえるといいわね~!」
爽やかな呆れ返った笑顔で売られた。
狡噛監視官に手を引かれている。死んでしまう。推しは存在してはいけない。深刻だ。助けて。
「…落ち着け」
「無理です、あの、あの、――っあ!閃きました。あの、ホロコスをお願いします、コミッサ太郎の!そうしたら多分、冷静になれます!」
そうだ、狡噛監視官だと分からなければいいのだ。
「ハァ?」
しかし、狡噛監視官は何言ってんだコイツ、みたいな目で私を見られてきた、のでワケが分からなくなった私には、目を瞑るという選択肢しか残されていなかった。たすけて。すき。はなれられない。色んな意味で。何故なら、狡噛監視官は、筋肉からブーストされている力が凄いからである。手を引かれている以上、無理にどうにかしようとすれば、私の手首が抜けるだけである。
「…何だって?」
「だ、だ、大丈夫です、目を瞑るという自衛に出ました。ごめんなさい、厚かましく差し出がましいことを申し上げました、忘れて下さい」
こいつ何言ってんだ? いや、やめよう。とまともに話をしようとしたところで、話にならない、というのはこないだ学習したことだ。
最低限をビビらせないように、彼女の人権を尊重しつつ、質問をぶん投げるに限る。別に失礼な質問をするわけでもない。
「数点質問したい。強制はしないが、答えてもらえたら助かる。――1つ目、いつものパンどこで買ってんだ。店名教えてくれ」
パン。ポルトガル語、パン。フランス語、パン。私の頭、パン。私の頭は売ってない…。どうしよう…。掴まれている腕の感覚が敏感になっている。どうして。いっそ通り越して鈍感になって欲しい。
「ギノが知りたがってる。…いや、この件に関しては、ギノに直接言った方がいいか。話のタネになるだろう」
「っえ、え?」
「…お前、ギノのことが好きで直接渡せないから、俺にパン渡してんだろ」
間。 脳裏にくるっぽー、今日のお総菜パンの枝豆をやった間抜け面のハトが飛んだ。
「~~!?違います!」
ずっと目を瞑っていたの目がばっと開いた。やっぱり、目が開いたほうが可愛いな。……可愛いって、何だよ。ハァ。
「…なら、何だ。俺のことが好き、とか?」
意識しているようにも見えなかった、あの態度で、佐々山が好きな可能性は低いだろう。なら残りの選択肢は、と思ってからかってみたが。
…の頬が更に真っ赤に染まって、決して俺と目を合わせないようにしている彼女の挙動は、結構、どう見ても、……。あれ。
「~~っごめんなさい……!」
「…待て、どっちだ?」
何だろうか、盛大な勘違いをしていた気もするような、…待ってくれ。
可能な限りの情報を得ようとあたふたしているの顔を凝視するが、…いや、待ってくれ。
「さ、ささやかな楽しみなんです奪わないでください!どうかこれからもパンを差し入れさせてくださいあっでもおにぎりでも大丈夫ですハンバーガーでもなんでもあっ違うんですこれはこないだ佐々山さんにお尋ねしただけでってあああの聞いたのはあのあのあの、~~っ私の目的は狡噛監視官だったんですごめんなさい!!!」
人目もあるので、ひとまず大混乱しているを壁に押し付けた。
首折れるぞぐらい下を向いた彼女は、耳裏まで真っ赤になっている。…体温が42度超えて脳味噌凝固させそうだなこいつ。まあインフルエンザにかかっているようにも見えないし理論上不可能だろうから、彼女の顎をすくい顔を上げさせた。
真っ赤な顔にびっくりマークを張り付けて、大きな目を見開いた彼女と目が合って、…即座に閉じられた。煽ってんのか。色んな意味で。
「ちょっと落ち着け。お前、遠慮しすぎだ。…別に、好きなら好きと言えばいいだろう。言ってくれれば、こんなに気を揉むことも無かった」
「ごめんなさい!」
「意味分かってないだろ。落ち着け」
「ゆるしてください」
「目、開けろ」
「むりですごめんなさい…」
彼女の口だけが動く。その奥の赤い舌は謝罪のためのみ、動くようだ。真意を確かめたいのに、目は閉じられたままである。
…何でだ。これは、噛み付いてくれとでも言ってんのか? …いや、同意を取ってない。……つややかで綺麗なピンク色から目が離せない。
そうだな、恥ずかしいのなら、更に恥ずかしくしてやれば話くらいは出来るように順応するんではないだろうか。やってみる価値はあるだろう。
「嫌だったら突き飛ばしてくれ」
未だは目を閉じている。なら。言い訳も見つけたし。
彼女に顔を近づけて、ゆっくりと唇を押し当てる。柔らかい。睫毛が触れ合って、彼女が凄い勢いで目を開けたのが分かった。
また目を閉じたろう。その反応に喉で笑ってしまいながらも、離すときに小さく、ちゅ、と音がして、なんだか、愛しい、という柄にもない感覚が胸に落ちていった。
「…で、。俺の気持ちは分かってくれたか」
ふらりと俺の胸に上半身を預けた彼女が、小さく首を振っている。頭を撫でると肩が強張って、背中を抱けば俺のベストに更に顔が埋まった。
「…俺は結構、が好きだが」
「……結構!? 結構でキ、キス、するんですか、狡噛監視官は……」
「…したくなったから。してしまった」
したくなったからしてしまった? …キス、ってなんだっけ。たすけて……。理解したら棺から出れなくなる。セルフ発火しそう!それならそのまま骨壺に直行できるのではないだろうか。たすけて。狡噛監視官のスーツの内側。いい匂いがする。背中には彼の腕が回されて、硬い胸板に顔を受け止められている。顔を上げたら死ぬ。このままでも死ぬ。唇の感触が頭から離れない。や、柔らかかった。…待って。死が近い。どうしよう。
「…がギノにパンを渡したいのに、恥ずかしくて自分で渡せないから、俺を使ってたんじゃないかと思ってたんだ。好きだなんてお前が言ってくれないのに、自分から堂々と言えるか?」
が俺の胸元に手を添えて、必死に俺を見上げた。やはり判断は間違っていなかった。どうにか目は合わせられるようになったらしいは、ちゃんと俺と目を合わせながら、言おうとしてくれている。
「っあ、あ、あの…」
「うん」
「…すきです……」
「俺も」
その言葉は、互いのためだけに発された。もう一度、彼女の唇を塞ぐ。キスがしたかったから、キスをする、という時点で、言葉よりも正直だろうに。
下唇を優しく食んで舐め離すと、彼女がよく分からない小さな声をあげながら、俺の胸にダウンしてしまった。…キスに慣らすには、連れ込むしかないかもな。
…俺は何を考えてんだ、さすがにそりゃないだろ。
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