さん、昼飯いきませんか」

 後ろから声をかけられて、ぽん、と私の肩に手が乗った。ため息が漏れた。先月入局してきた新人の一人、狡噛くんだ。
 振り返ると、隣に居る、彼の同期である宜野座君はどこ吹く風という感じだった。今年の新人は顔が凄まじく整ってる人が多くて刑事課に野次馬に来る人間も少なくない。同じ人間とは思えないので私は戦慄している。ついでに彼らの同期にもう一人、青柳ちゃんも凄い美人で凄い。にしてもやっぱり二人とも絵になるなぁ、けど大男二人立ってるとやはりでかいというか、身体の半分以上が足だし、…足長すぎる、っていや、そうじゃなくて、どうしてこの子はこんなにも人ったらしなのか?
 たらしというのは距離感の話で、どうにも人との距離感が近いというか、それだけ純粋で純真で盲信的だと言えるのか、人を疑わないところがある。執行官にさえ最近ではそうなってきているのだから手に負えない。そのうち色相濁っちゃわないかな大丈夫かなとはらはらしている私の色相の方が先に逝きそうだ。宜野座君のがまだ見てて不安を感じな…感じ……ううん…別の意味で心配…心の闇が…。「さん?」肩に触れている手をそのままに、私の顔を覗き込みながら反対の手を目の前でひらひらと振ってみせる。綺麗な顔が目の前にあって非常に吃驚した、少し頬が熱くなってしまったのは仕方無いと思う、私男性に免疫ないんだってば、あんまり近づかれると困る。控えめに言って狂ってる、パーソナルスペース狂ってるよ狡噛くん!

「宜野座君…たすけて…」

 謎ホールドをキメ気味な彼の側からするりと抜け出て、今度は私が宜野座君の腕を引っ張って物陰へと連行した。チビにはチビの回避術がある。不思議そうに複雑な顔でそわそわしている狡噛君をちらりと盗み見、こそこそと井戸端会議を始める。

「狡噛君って昔からああなの?」「ああ、とは?」「……なんか人との距離が近くない…?」「昔からではありますが、全員にああなわけではないですよ」「いやでも…さぞおモテになったんだろうね…」「…いつも輪の中心には居ました」「今年になってから野次馬が多いでしょ…あれ大部分狡噛くんと宜野座くんのせいなんだけど…特に狡噛くんの挙動…どうにかうまいこと咎めてくれないかな…」「すみませんができかねます」「あっそっか業務外労働か……」「いえ。単刀直入に申し上げますが、あいつのあれは治りません」

 ダメだった。

「それはそうと、監視官、今追っている事件で気になる点がありまして助言を仰ぎたく、」

 遠い目をして話を戻す宜野座くんに促されて先ほどの場所に戻る。そう、普通はこのように他人にほいそれと触れない、触れないべきだ。ましてや性別も違うと言うのに。宜野座君の紳士加減が身に沁みる。
 何がどうして何故なんのために彼はああなのか。若干おどおど微妙な空気を読んでいる狡噛くんは、行き場の無くした手を上げるべきか下げるべきか胸元でふらふらさせていた。



 狡噛くんは決して空気が読めないとか、軟派だとか、そういうことはなくて、そうではないんだけど、口の端についたケチャップに気が付かないような天然さを持っている。その横で些か嬉しそうにパンをちぎっては頬張っている宜野座君は既に慣れ切ってしまっている様子だった。ハンバーガーにかぶりつく狡噛くんといい、タイプは違うけど、ハムスターとかリスでも見てる気分。

「おい、ついてるぞ」「なんだ?」「ケチャップだ」

 狡噛くんは、おお、とかなんとか言って、宜野座君が指差した方の頬を彼に向って突き出した。げんなりした顔で「自分で拭け」といいながらテーブルナプキンを渡している宜野座君の紳士加減に平伏したい。にしてもあることないこと吹聴されそうだよこの二人、大丈夫かな。「冗談だよ、ギノ」喉で笑いながらそれを拭う狡噛くんは人を振り回すのに長けている。

「ギノ、一口食べるか?」「いらん」「俺はそのパン興味あるんだが」

 狡噛くんが宜野座くんが持ってちまちまちぎって食べていたパンにかぶりつこうとして、「ふざけるな」と一蹴された、ので、今度はがぱりと大きな口を開けてあーと言っている。ため息をついた宜野座くんがパンを一口ちぎって狡噛くんの口の中へ寄越していた。ねえ?突っ込み不在なの?だからってこの空気に強引に割り込めるほど強い心は持ってないけどこのままでいれるほどHP残ってないよ。無理だよ、なんかもうよくわからないよ。待って、やっぱり二人ってそういう関係だったの?

「なかなかいけるな、もう一口」「やらん、自分で買ってこい」

 おかしい。おかしいだろう。おかしいと思う。「俺のもやるから、ほら食ってみろ」めんどくさい嫌な話から終えてしまおう、私は労働の後のウマいメシが食いたいんだ!ということで事件資料を送ってもらい、おおよその話がまとまったので、ようやくおいしいうれしいお昼ご飯にありつくことができている、というのに味がしなくなってきた!「いらんと言っているだろう!」全くもって!ついでに胸焼けしそう!これ私退席した方がいいんじゃないのか、大丈夫か、大丈夫じゃない。「お前は細すぎる、もっと食え、ギノ」どう考えても大丈夫じゃない。私は大丈夫じゃない!
 席を立とうとしたら、二人が目を点にして私を見た。ぐっ。また座り込むほかなくなった。…なんかごめん。

「……宜野座君、ご苦労様」「痛み入ります」

 職務の内ではどちらかというと狡噛くんがリーダーシップを取っているように見えるのに、プライベートでは私は宜野座君に点数を上げたい。仕事の成績に出てこない部分でとっても苦労しているんだろう、かわいそうになってきた。

「……さん、俺とは仲良くして下さらないんですか。さっきからギノとばかり話をされる」

 ごめんねゆるして…。



さん、今から上がりですか?もし時間あったらメシいきませんか」
「また何か分からない事でもあった?ってあれ、今日は宜野座くんは?」
「いや、俺の個人的なお誘いです」
「個人的な」

 #とは。

「あんまり詳しくないですが、青柳に女性が好みそうな店を教えてもらったので」

 頬をぽりぽりとかいた狡噛くんが近寄ってきてまたも謎ホールドをキメ気味に後ろに立って、デバイスを操作してスクリーンを投影した。いつかと似たような体制だが仕方ない、左手首にデバイスをつけているから。なんか半分彼の腕の中に入っている。動けない。しかしなんだか美味しそうな写真がいっぱい並び始め、和洋中と、それぞれ下の方にはデザートまで表示されている、私の目は釘づけだ。なんということでしょう。非常に魅力的。
 だけど狡噛くんは何を考えているんだろう。左手側に居る彼を見上げてみたが、選んでください、と穏やかに尋ねられてしまった。やばい、分かんないぞ。こないだの昼ごはんのあとから大して交流もないのに、いやしてないから?俺とは仲良くしてくれないんですかとか言ってた覚えはある。けど、女性が好みそうな店を教えてもらった、ってそれをエサに私を釣るなら彼は私に何を求めているんだろう、個人的に刑事課にまつわる話を聞きたいということで間違いない?
 彼の腕の謎ホールドから抜け出てくるりと向き合って、ごめん、と頭を下げる。

「私、怪談も七不思議も、持ちネタがないし、刑事課にまつわる話で私が出来ることなんてないので、ご期待に添えないと思う」
「いえ…、………はい?刑事課にまつわる話?…何のことですか?」
「え、じゃあやっぱりこんな適当なエリートでもなんでもないただのいち監視官の私の刑事経験とか知見とかどんな事件をどんな風に捜査したかとかなんかそういう話を求められてる!?」

 多分何も参考にならないと思うよ、とまで一息で言い終えぜえぜえしていると、狡噛くんが非常に微妙な顔で私を見ていた。何か面白い顔をしている。

「……なんか勘違いされてませんか。俺はもっと個人的な話がしたいんですが」
「…………私が何で刑事になろうと思ったかみたいな?」
「いや、だから、さんは何が好きなのか、とか」
「……刑事課の好きなもの?待って、難しい、あ、でも、好きなところなら、執行官とお話できるところ、だと思う」
「っあ゛~~、刑事課から離れてください、…俺が言いたいのはもっと、さんは今恋人がいるのかいないのか、とかそういうことで、」
「恋人?――え、いないけど」

 沈黙が落ちた。
 まずい、さっきから彼が何を考えているのか分からなくて必死に理解しようとしていたばかりに、彼がシンプルに落としたクエスチョンにシンプルに答えてしまった。答える必要なかったと思う。ってなに、完全な個人情報なんですけど!個人的ってそういうこと!?でも狡噛くんが何の話がしたいのか分からない。私の恋人の有無を聞いてどうするつもりなんだろう。いや、居ないけど、居ないけど、居ないよ!?でも狡噛くんそれは完全に個人情報だよ。…そうかだから女性が好みそうなお店。いやでもなんでだろう、彼は色んな女性をそういう風に連れ出して色々聞いているんだろうか。そういう方面の情報のコレクター?いや、分からない、待って、狡噛くん?

「…それなら、もし嫌じゃなければ、軽くメシ付き合ってくれませんか」

 軽くメシ。メシってなんだっけ? いや、別に狡噛くんのことは嫌いじゃないので、別に嫌ではないんだけれど、ちょっと待って。

「待って狡噛くん、あの全然、嫌ではないんだけど、何で軽くメシに行くのに私の恋人の有無を聞いたの、非道じゃない?」
「…すいませんさん、俺は、ディナーという名のデートに誘ってるんですが、分かってますか」
「ディナーという名のデート」

 #とは?

「…そうです」
「……っえ。デート!?」
「個人的なお誘いで他に何があるって言うんですか」
「狡噛くんは刑事課の人を全員そうやって誘って恋人の有無を聞いて回ってる情報収集コレクターなのかと「そんな趣味ないですよ!」っよかったです安心しました」

 はあ、と首の後ろに手をやってそっぽを向く彼の様子を見ていて、目線を上げたらちらりとこちらを窺った彼と目が合ってしまった。のでさっと逸らした。どうしよう。
 でも待って、デートって何?狡噛くん言葉の概念間違って覚えてるんじゃないだろうか、この人たま~に執行官に騙されてアホみたいなことやらされてる時あるし。

「狡噛くん、大丈夫?ちゃんとデートの意味わかってる?佐々山に騙されてない?」
「騙されてません。デートとは、男性と女性が、性別は何でもいいですが、とにかく、二人きりで出かけることです」
「ちょっと意味が広すぎるかな、二人きりで出かけたらデートって、まあそう言えなくはないんだけど、いや、そうか、それなら別にディナーでデートだね……ごめん私何か変なことを言ってたかもしれない、いやでも狡噛くん誤解を招くから教えさせて、」
「誤解じゃないですから。俺はさんをそういうつもりで誘ってるんです」
「待って?とりあえずデートの定義を再確認させて、一般的にはデートっていうのは配偶者がいる人としたら道徳上よくない不倫っていうものになって、」
「だから結局恋人の有無まで聞いたでしょう」
「あっそっか、っていや、ほら、デートっていうのは、恋人が居なくて恋愛感情になりそうななんか、そういう人たちが二人きりで会うことで、」
「だから、恋い慕う相手と二人きりで会う事だろう?」

 ジト目で真っ直ぐ私を射抜いた狡噛くんに、後ろに足が引けた。彼は意味を理解しているようだ、いや、本当だろうか、デートという定義それ自体は英語に直せば日付であり、いやいやいや。

「……え、狡噛くん、日付じゃなくて?」
「……そんなに気付かなかったんですか?俺は入局してそう経たないうちからさんのことしか見えなくなったのに」
「いや、でも、宜野座くんは!?」
「はあ?ギノ?っもしかしてさんギノのことが好きなんですか、」
「いや別に嫌いじゃないけどそうじゃなくて!私に恋人が居なくても狡噛くんは宜野座くんと付き合ってるよね!?」
「……待ってくれさん、俺が気になっているのはあんただし、ギノのことは親友だと思っているが、あれは友情だ、恋慕じゃない…」

 狡噛くんは片手で顔を覆って力なく俯いてしまった。ごめん、何か変なことを言ったかもしれない。しばらくして顔を上げた狡噛くんはいきなり近寄ってきて私の背に手をやって、廊下の端へと歩みを促した。また触る!ほら!なんで、いやなんでって、いやでも他の人にも触ってなかったっけ、錯覚?いやそんなことはないと思う、

「お疲れ様です」
「っわあお疲れ様です!」

 吃驚した。にやにやした顔でこちらを見ながら神月が通り過ぎて行った。狡噛くんも彼の背に居心地悪そうに挨拶を投げている。そうだここは廊下のど真ん中だった、だから狡噛くんは何か誘ってくれた筈なのに、私の理解力が足らなすぎたのと彼の日頃の行いのせいでこの場で話してしまっていた。なんか恥ずかしいところを目撃されたような気がする、顔が熱くなってきた。どうしよう、何て言おう、場所を移そうじゃなんか変だし、それならご飯に行こうってなっちゃうし、別に行ってもいいんだけれど、そんな、何か気にされていたなんて知らなかったし、イェスじゃないのに行くのは何か悪い気がするし、私はどうしたらいいんだろう、どうしたいかって言われるとお腹は空いたしさっきのご飯は魅力的だった。なんて非道なんだろう私。いやでもさすがにそれは無いと思う。

さんにそんな気がなくても構わない。腹が減ってるとか、そんな理由でいい。元々、そういう軽い気持ちで誘ったんです」
「……その、本当にそれでいいなら、お腹は空いてるし、さっきのお店はどこも美味しそうだったから、狡噛くんのこと嫌いじゃないから、行きたいけど、何か悪い気がして…」
「悪くない。来てくれたら俺は嬉しいし、俺の事も知ってもらえる。俺ももっとさんのことが知れる。ほら、俺にはメリットしかないでしょう」
「……今日の狡噛くん、営業マンみたい」

 狡噛くんが目をぱちくりしてなんだそれ、と困ったように笑っている。多分判断に困っているんだろう。「ん」と手を差し出してみる。人生でこんな格好いい人と二人でご飯行くことになるなんて思わなかった。来てくれたら俺は嬉しいし、って、そういうところ素直に言うんだ、狡噛くんは。天然なのかタラシなのか分からないけど自覚はないだろうけど素直だけど確信犯なのかは分からない。そんな彼は嬉しそうに私の手を取って隣を歩きだした。どうしよう、恋が始まりそうである。

春秋