を捕獲連行した常守には今度礼をしなければならない。執行官であることの不自由さにここまで憤慨したのは初めてだった。宿舎に帰っても来ないから、どうにか話をしようとアイツの執務室に行けば、5分と滞在しないうちにドローンがやってきて、部屋から出て既定の場所に戻れと後ろをせっつかれるんだ、堪ったもんじゃない。抗えば鎮静剤でも打ち込まれるんだろうさ。
往生際の悪い彼女はエレベーターの閉ボタンを連打しているようで、その指示に従って扉が閉まろうとするが、腕を滑り込ませ割り行って、再度開いたドアに強引に体を捻じ込み彼女の腕を掴む。「、ゆっくり話し合おう」口からは自分が出そうとしていた声よりずっと低い声が吐き出されていた。反対の手で執行官宿舎フロアを選択している間に今度こそ扉がきっちりと閉まり、俺たちを密室に閉じ込めたこの箱は流れるように下降していく。
「……ごめんなさい」
「なんで避けた」
「……ごめんってば」
「まず理由を聞かせてくれ」
フロアに到着し開いた扉から俺の部屋へ直行する間も尋問を続ける。
「疑ってないから」
「お前、一番分かりにくいぞ」
おそらく、俺の心は、と省略されたのかもしれない、と思うが本人の口からきちんと発されない限り、彼女相手にそうと決めつけて話を進めれば墓穴を掘るだけだ。
「同じコップで水飲むような仲じゃないでしょ?」
「…………食堂か?来たなら何故声をかけなかった」
「いつものように通りかかっただけだったし、それに、怪物があんまり暴れたものだから」
「で、毎回通り過ぎたってか。飲んでない、叱ったよ」
確定だ。こいつ、オセロにもとぼけていやがったのか。だがそれを見破れなかった俺も俺だ、特に動揺を見せなかったように思えた彼女の様子で、それを知らないと勝手に思い込んでしまっていた。最初から気付いていればここしばらくの不毛な日々も過ごさずに済んだだろう。ここまで不安にさせることも無かった。知らない訳無かったんだ、知ってたとしても分かってくれているんだろうと思っていた俺が甘かった。やはり雑賀先生に敵う日など一生来ない。
部屋の入室認証を待つ時間もまどろっこしい、こういう時、旧時代の鍵っつーもんなら、自分の手でやるだけ幾分かマシだったかもしれん。自分じゃないもんに自分の決定権が握られている時ほど鬱陶しいことは無い。
「お前こそ、縢を部屋にあげたことがあったよな」
「あれは慎也がいるだろうから部屋に入れたんだよ」
「俺がいなかったらどうするつもりだったんだ」
「それなら帰してるよ、けど秀星は弟とか子供みたいなものでしょ」
「アイツだって男だ、こんな風にされたらどうするんだ」
やっと認証を終えて開いたドアをくぐってを壁に縫い止める。久しぶりに彼女が俺の腕の中に居る。単純すぎて悲しくなってくるが、心を支配していた怒りは波のように引き始めて、随分と寂しかったのだという心だけが残っていくのを感じた。しかしはっきりさせるまでおくびにも出してはいけない、うまいこと有耶無耶にされかねん。何より自分が情けなく思えて余計悲しくなってくるだろうが。
「秀星はそんなことしない」
「昔っからお前はそうだ、危機感が足りなすぎる。佐々山にだって可愛がられてた」
俺を睨んだ彼女と目線が交わっただけで心臓が掴まれたように切なく苦しい、触れたくて仕方がない。だがまだ駄目だ。
「……今回は私は悪くないと思う」
「どういうことだ?」
「元々人との距離が近いから誤解されるって分からないの?」
「疑ってないんじゃなかったのか」
「朱ちゃんと何かあるのを疑ってないって意味だった」
「それは俺の心を疑っていないというのと同義だろう」
「それじゃ意味が変わる」
「根本は同じだ」
「その誤解から悲劇が生まれるんだよ」
「話を戻そう、主題はこんなことじゃない」
言質を取ろうとすれば、ぐっと詰まった彼女が、だが吐き出した言葉を取り返せずに発言を重ねた。話を逸らしていくのは彼女の悪癖だ、少なくとも俺にとっては。もっと甘えてくれていい、駄目になってしまえばいい。俺は疾うに、地獄に堕ちてもお前を愛するほどなのに。全くもって不公平だ。
「で、だ。訳も分からずお前に避けられて俺は凄く傷ついたんだが」
「慎也は私といたってしょうがないから」
「寂しかったのか」
「そんな可愛いものじゃない、朱ちゃんなら、何か、慎也を、」
「俺は気が狂いそうだったよ」
観念したが、こちらの都合の悪いことに言及しようとしただろうそれを遮って、彼女の肩に置いていた手を背中へ回し抱きしめる。久方ぶりの彼女の体温にひどく安堵する俺は自分勝手な人間だ。
理性的に言えば、復讐を望まない彼女は常守に何か見出しただけなんだろう、そして彼女の感情は嫉妬に怒りに情けなさ、色んなところでごちゃ混ぜになってるんだろうと思う、思いたいが、全て俺の推測の域を出ないことだ。聞いてみるまでは分からない。
だがなんだっていい、俺は自分の意思でここに立っているんだ、お前と居るんだ。居たいんだ。俺なしじゃ生きていけない様にしてやりたい。もう何もかも遅いんだ、俺の諦めが悪いことはお前が一番知ってるだろうに。
抱きしめる力を強めて彼女の頭を胸にきつく抱え込む。何をどうしても、どれだけ手に入れてたと思っても満足することのないこの心は、恋慕とは、こんなにも厄介なものだったか。
素直になることは悪いことじゃない。ギノといい、知っていることから目を逸らして、見て見ぬふりを続けることはつらそうに見える。実際つらいのだ。知るということほど恐ろしいことはない、一度知ってしまえば戻ることが出来ないからだ。彼女への愛が尽きることは無いし、彼女からの愛が尽きることなど考えられない、考えたくない。そんなことは世界に再び混沌が訪れた日にでも起こりえないことだと、永劫に俺だけを愛していると約束してほしい。
俺の背に腕を回して抱擁を返す彼女の行動から、まだ愛想はつかされていないと判断してもいいだろう。これからは今以上に伝えていかなければならない、彼女の香りも、感触も、俺の名前を呼ぶ声も、表情も、心も、その存在何もかもが俺を狂わせてやまないことをお前は分かっていないんだ。
「不安だよ、私ばっかり好きなんじゃないのかとか、明日になったら居なくなってるんじゃないか、とか」
「例えどこに居ようが俺はお前の胸だけに生きている、のことだけを愛してる、それだけ覚えておいてくれ」
前者について相当な不満を感じる俺は、もし今死ねたら一番幸せな時だった、と最上級の愛を紡いだその口を塞いで都合よく愛を語るのだ。
刑事課一係重要指定事件より“拗らせた男”