ホントよく言うよ。お前が連れてったのは地獄だろ。
「ねえ、海にでも行こうよ」
別にいいけど、と返した僕の手を、嬉しそうに引いてさ。
「それってデートのお誘いってことでいいの?」
「だめ?私ずっと五条のこと好きだったんだけど」
「奇遇だね。実は僕ものこと好きだったんだよね」
そのまま二人、終電間際の電車で行けるところまで。関東近郊の海まで足を運んだ。
冬の暗い海辺。よく晴れた日だったから、星はまあまあ見えて、僕が唯一持っていたブルーグレーのマフラーの内側から、彼女は白い息をはいていた。彼女が寒さで赤らんでいる指先を空に向けて、星を指す。
「傑はきっと、空にいるよ」
「デートじゃなくて慰めだった系?」
「デートだもん」
頬を膨らませたが可愛くて、その手を取って、指を絡め合った。それからしばらく、息遣いが聞こえるほどの静けさの中、じっと星空を見上げていた。
「五条は今、幸せ?」
「どうだろうね。お前が隣に居てくれればまあまあ幸せかな」
「そっかぁ」
もう僕が、過去の僕より幸せになることは無い。傑がいて、硝子がいて、がいて、ただバカできてた学生時代。
なんか、傑に懺悔やら告白やらしてるみたいで笑えてくる。星空を見上げたまま、空気を、声と呼吸だけが震わせていた。
「お前は、いつが一番幸せだったわけ」
「皆、いた頃。だから私も、何がどうなったって、まあまあ幸せ」
でも、五条のことが好きだよ、と。彼女は言葉に出してくれた。僕も好きだよ、と言って、そうして全てを交えた。
寂しさをぶつけ、後悔を、失くした僕を一人分でいい、埋め合いたかった。
テキトーなラブホのベッドで眠りきってしまうほどに疲れていたらしい。久しぶりの深い眠りから目覚めると、既に、僕の腕の中に彼女は居なかった。部屋に気配がなくて、だらだらと僕も起き出す。
昨日脱ぎ散らかした僕の服だけがあって、そういえば身一つで来たんだったか、と思い当たる。ポケットにスマホとカードと糖分補給チョコ、それだけだったっけ。彼女も何も持ってなかったから、形跡すら、しかし残穢だけが残されている。
とりあえずシャワーを浴びてカードを通し、ふう、と息をつき、彼女が置いていったマフラーを今度は自分の首に巻いて部屋を出た。消えかけの頼りない呪力を辿っていく。
チョコを口に放り込み、一体どんな言葉を交わし合っただろうか、と思い返してみるが、彼女が感じ入って喘いでいた覚えしかない。けど、そういやアイツは二元論が好きで、幸せじゃないなら一番不幸になっていたいだとか、幸せの瞬間に死んでみたいだとか、随分と頭のネジが呪術師らしくトんでいたことを思い出した。学生時代、バカ騒ぎして、笑い話になっていた言葉たちを。
その間にも僕の足は、昨日と同じように、海まで逆戻りだ。
薄暗い空、砂浜についているの足跡と呪力を辿る。もしかしたらは妖精とか、かぐや姫とかなんかで、空にでも帰ってしまったんだろう。その方がよっぽど救いがある。まあ僕が愛しちゃったから、重量オーバーで帰れないでしょ。
水平線の向こうからは朝日が昇りだし、何も変わらないような顔をして今日を繰り返そうとしている。好きって言ったのは、僕を何にも信じられなくするためだった? 傑が居なくても、が居なくても、僕はなぜだか生きている。
胸に空いたままの穴が、これ以上埋まることは無いだろう。一等幸せだと言えれば良かったかな。傑が居ない。結果は変わらなかっただろう。
追いかけよっかな、と足を海の上へのせ、踏み出してみた。残穢は遥か先で絶えている。交わったそこは空だろうか、海だろうか。果たしてどちらへ消えたのだろう。――海に決まってる。
だから、そこで沈むのは、やめるよ。どうせもうオマエは居ないだろうし、オマエがいる天国を、僕が壊したくはないからさ。
傑が空に居るって本当だな、ここから望める空なんてロクなとこじゃねーわ。
しぶきひとつ僕を濡らすことは無い。ひどく僕を拒絶する海底こそが、人の心が、呪いが届かない、唯一心休まる場所なのかもしれない。いっそどこまでも深く沈んでってよ、僕の気持ちが届かないところへ。
さあ、このまま歩き続けて地球を一周したら、この地獄で手を打ってやろう。その間に受け入れられるようになろう、このどこにも彼女がいないことを。共に地獄を歩んでくれる最愛はいないことを。
境界