廃ビル。ついに儂はを捕獲することに成功した。五条悟が駆けつけないとも限らないからな、念には念を入れ、あらゆる手を回したのだ。功を成した。今のところ、周辺に五条悟の気配はない。
 五条悟は儂が殺す。しかしその前に女を暴力で甚振って殺してやろうなどと、儂は大層優しいとは思わんか。
 女は先から、怯えて声も出ない、と、そういう表現がしっくりくる様をしている。さあ、どう料理してやろうか。

だな。五条悟の恋人だと聞いている。ここで死ね」

 まずはどのように殺してやろうか。いかん、呪術師と殺るつもりで闘ったんじゃ、一瞬で消し炭になってしまうな。殺意を込めて手を構え女の顔を見やる。アァその顔がどう歪むんじゃろうか――女の絶対零度の目と、目が合った。

「恋人?五条悟?の?…恋人?」

 儂としたことが、足が竦んだのか?息がしにくい。

 すさまじい、殺気。

 何だこの女、やはりただの一般人ではないのか?

「…とぼけるな。それはもう嫌ってほど誰彼構わず惚気けているのを何回も聞いておる」
「五条悟、って。あの身長高くて白髪碧眼の、日本人離れしてるゴリラのこと?」
「そうだが。目隠しをしている白髪長身の男だ」
「はぁ?」

 あろうことか、女が足を踏み出す。この儂の呪力、殺気を何てことでもない風に、しおってッ!クッ…!

「私と彼が恋人?冗談でしょ何馬鹿なこと言ってるの?やっぱりその見た目通り耳が詰まってるのかしら?ふざけないで。今すぐ私を開放して。五条悟の恋人を殺したいならますます私じゃありません。ヒ・ト・チ・ガ・イです。私と彼はセフレですから」

 情報量が多い。凄まじい、圧。女の凄まじい呪力が、儂に一歩も動くことを許さない。言われたことを脳内で反芻してみる。五条悟の恋人じゃありません、私と彼はセフレですから。

「えー…?ええ…?セフレなの?」
「そうですセフレですよ。違うと思うなら直接聞いてください悟に!」

 嘘じゃーん。『が可愛くてつらい』だの『ねぇ冥さん、どのケーキが一番喜ぶと思う?こないだあげたプリン喜んでたからね、今回もお礼は弾んじゃう。またいい店教えて』だの『こないだケーキ買ってったじゃん?超喜んでくれたよありがとね。そんでさ、こないだお返しってお菓子作ってくれててさアレ嬉しかったなぁ』だの『最近会えてない、そろそろ僕不足で死ぬ』だの『マジでは僕のお姫さまだよ。大好き。超好き』だのなんか言っていたぞあの男?!要は!この小娘!

「っ嘘をつくな!」

 呪力をマックスに上げたが、

「だって聞いてくださいよ!」

 目の前の女はダァン!と大地をキツく踏みしめた。一瞬で儂の呪力が塵と化す。女から漏れ出ている呪力によって、だ。女が本気で五条悟と恋人と言われてキレているのが理解できる。その呪いの重さといったら。

「その一、いつもと違う髪型に気が付かない。その二、ちゃんと靴まで見てくれない。その三、私の一言に返事もしてくれない!会ったら手は繋いでくれるし抱きしめてもくれるけど、そのまま毎回セックス!ラインなんか一日一回も来ないし!来たって業務連絡みたいな内容かスタンプだけのくせに!合鍵渡してないのにどうやってるんだか好きなときに気まぐれに私の部屋に来て長い脚投げ出してベッド占領して寝てて!ヤることヤったらすぐ寝ちゃうの!朝起きて隣にいたことだってない!可愛いってお前はその口で何人の女に言ってるのかしら!?こだわり卵のとろけるプリン買ってきてくれたってショートケーキの苺あーんしてくれたってダメなの!そのケーキあんたが昼に女とランチしてお持ち帰りしたついでにお持ち帰りしてきたって知ってるの!これが恋人だっていうの!?」

 言い切り、ぜえぜえと憤慨している女。凄まじい剣幕。喉元に切っ先でも当てられているような、呪力。「分かったでしょ、いかに私達が恋人関係じゃないのか。出口はどこなの?」と聞かれ、「え、あっちだけど…」思わず指を指して教えてしまった。「どうやって出るのよ。殴れば穴くらい開くかしら?」女が壁を殴り破って廃ビルを出ていった。呪力籠ったパンチだった。

 セフレと言えど、さすが五条の女。儂に逆ギレして去っていくとは。自信なくしそう。一般人じゃないの?恋人じゃないの?マジどうなってんの?
 それにしても五条悟最低すぎん?



***


 ピーンポーン。合鍵一つくれない僕の彼女は相当に塩対応だと思う。がいないときは勝手に上がっちゃうけど、今日はの気配があるから、出迎えて欲しくてインターホンを押した。「はい」『、僕だよ。来ちゃった♥』ガチャリ、彼女が扉を開けてくれる。

「……?」

 僕は目を見張った。そこには、僅かに呪いの残滓が纏わりついているがいたからだ。お出迎えのチューが頭から抜けてしまった程に息をするのを忘れた。背伸びして目を瞑ってくれた彼女のおかげでハッと気が付いて、とりあえず唇は頂いた。けど。

「ん。悟、いらっしゃい。…お仕事大変だったの?そんな怖い顔初めて見たかも……」
「今日なにがあった?」

 残滓を祓ってみるが、どうも呪霊のそれのようだった。ついに、が狙われたってことかな。僕の弱みだと思って。…ちょっと平和ボケしすぎてたな。強く握りしめてしまいそうになる彼女の手を、優しくを心がけて握って、話を促す。

「…え、なんか富士山みたいな1つ目の親父に絡まれただけかな」
「は?呪霊じゃん。バリバリ呪霊じゃん。可能な限り詳細に思い出して。指名手配だそいつ。今から殺しに行く」

 ジュレイ?とが目をぱちくりしている。

「でも悪い人じゃなかったよ、富士さん。色々聞いてくれたし。多分人じゃなかったとは思うけど…」
「は?」
「い、今の悟の方が、富士さんより怖いんだけど……」

 彼女が後退ろうとするので、仕方がないから靴を脱ぎ捨てた。リビングに足並みそろえて、というかを半ば引き摺っていくが、どこも怪我してないみたいだし、…どうも怖い目にあったわけでもなさそうだ。…記憶の改竄か?精神操作、…どのセンかな。グラサンを取って彼女を凝視しても、どこにも術式が施された後や、残滓ももう見当たらない。僕の顔が好みらしい彼女は、素顔の僕に見詰められてドギマギしている。可愛い、けど。今はそれどころじゃない。

「何でを狙った?…ん?てか意思疎通できたの?」
「い、意思疎通はできたかな。普通に会話したよ」
「何を話したの?」

 彼女の視線が分かりやすく逸らされた。座ろうとした彼女に合わせてソファに腰を下ろす。逸らされている目を深く覗いてみても、やっぱり異常はない。言えない縛りか?妙な術をかけられたりしてないか?異常は感じられないけど、やっぱ硝子に見せたほうがいいかな。
 ハァ、嫌だな。話が出来る、意思疎通が可能。確実に特級案件だ。特級の呪力に僕が気付かなかったなんて。相当に計画されていた事だろう。無事で良かった。良かった。きつく彼女を抱きしめる。回し返してくれる腕がたまらない。
 …けど、彼女に何かをした、何の痕跡も見られないなんて。益々相手の目的が不明瞭だ。名前を呼んでも、尚も言ってくれそうにない彼女に、お願いだから聞かせて、と体を離して、目を合わせて詰め寄っていく。

。何を話した?」
「…別に。ちょっとした愚痴を一方的に聞いてもらっただけです」
「相手は何か言ってた?目的とか、なぜ君を狙ったかの理由とか、そういうの」
「……富士さん、私を勘違いして殺そうとしてきたみたいだったの。って、悟、今すぐにでも恋人のところに行ってあげなきゃ。富士さん、話通じたし、私のことはもう襲って来ないと思うから。そう、そうだった、悟の恋人を狙ってるらしいの、その子が危険な気がする!」
「は?」

 は?

「私に構ってる場合じゃないよ、恋人が殺されちゃう。今、富士さんの見た目を絵に描いてみるから」

 急に焦りだした彼女が僕の力の入っていない手からすり抜けて、メモ紙にペンで変な絵をかいている。僕はそれを唖然と見ている。僕の恋人を狙っている?オマエじゃん。

「……いや、恋人狙ってるって言ったんだよね?」
「うるさいなそう言ってるでしょ」
じゃないの?」
「なんですって?セフレの五条悟さん」

 絶句。

 それ以外の言葉があるだろうか。これだけ大切にしてきたと思っていた、好きだとか甘い言葉も囁いた、彼女は幸せそうにしていた筈だ、頭をガンガン殴られているような衝撃が止まらない。口が引き攣ってどうしようもない。セフレ?オマエと俺が?セフレ?僕の良心みたいな部分がブチギレる音がした。

「そんなにセフレがいいならそれらしく抱いてやるよ」
「え、」

 唇に噛みついた。ほら、頬を赤くして。僕のことが好きなんじゃないの?可愛いその顔に理性を失いそうになる。あれ、失っていいんじゃない?いや誤解を解くのが先じゃないかな。いやでも滅茶苦茶に抱きたいな。いやを狙った呪霊を祓うのが先だろ。感情が渋滞している。

「っさ、さとる、待って、っえ、え?」
「え、じゃなくてさ。僕はと恋人のつもりだったんだけど。僕と付き合ってって言わなかった?言ったよね?も了承してくれた。僕はと関係持ってから他の女と会うのもやめたし、に会えないときは仕方なく脳内のをおかずに一人でシてたくらいなんだけど。この僕が」
「で、でも!起きたらいないし、仕事忙しいって何の仕事してるのかも知らないし、どこ住んでるのかも、」
「ごめんね、仕事が忙しいのはホント。その富士山みたいなヤツをね、祓うお仕事してるんだ。世界が健康でいるためにさ。あと高専ってとこで先生もしてる。住んでるとこは、借りてるマンション何個かあるけど、どこも帰ったり帰らなかったりだな。飛ぶ拠点のために借りてるだけだからね」
「~~っでも、嘘つき、女の人と会ってないって、お昼にケーキ屋さんでデートしてるの見たことあるからね!それでショートケーキ買って来てくれたんでしょ!」
「??? ……あ。ああ~、冥さんか。見てたんなら声かけてよ。冥さんは仕事仲間。守銭奴でね、お金を詰むと知ってることは何でも教えてくれるし何でも仕事してくれんの。だから、僕も知らないような、とびっきり美味しいケーキの店、聞いてたんだよね。が甘いもの食べたいって言ってたからさ。あのショートケーキ一つのためにいくらの金が動いたと思う?男は本命以外に金も時間も使わないもんだよ。いや、こんだけ使ったからが本命だとか、そういうワケじゃないんだけど。今冥さんに電話するよ。あ、プリンも冥さんだからね」

 スマホを取り出し冥さんにコールしてスピーカーボタンを押した。コール音が鳴り響くと、はっとしたが、かけなくていい、と慌てて通話終了ボタンを押した。顔が真っ赤だ。とりあえず誤解は解けたかな。大事にしようと思っていたのが裏目に出た、いや、言い訳だ。に嫌われるのが、離れられるのが怖くて、何も僕のことを伝えてこなかった。その分、好きだとか、そういう言葉に置き換えていた。何一つ自分のことを言わない男を信用できるかって、出来ないに決まってるのにね。

「悟、私のこと遊びなんだと思ってた…」

 照れくさそうにはにかむの、さらさらとした髪を梳く。今までずっと、の自由を、私生活を、尊重してきた。でももう駄目だ、限界だ。もっと近くに居たい、誰にも渡したくない、ってドス黒い感情がしこたま腹の底に溜まっていたのを自覚する。
 このままじゃ、もまた狙われるだろうし、潮時かな。彼女に選んで貰わなきゃならない。けど、君を失うなんて考えられないから、悪いけど選択肢なんてやらないよ。

「もうこうなっちゃったら、を今の環境に置いておくことはできないよ、ごめんね。仕事は辞めなきゃいけないし、生活も変わっちゃう。友達に会うことも、今まで通りに出歩くことだって簡単には行かなくなる。…それでも、僕を信じて連れ去られて欲しい。白馬にでも乗ってきた方がよかった?」
「…そのままで充分王子様だから、いい。でも、私だけ見てるって約束して」

 そうじゃないとどこか行っちゃうから、って言う彼女に傅いて、左手を取ってキスを落とす。プロポーズの言葉は指輪をはめる時に言わせて。

The world is mine