Short



「あのさ。その格好はどうかと思うよ」
「え?」

 春先は夜風が気持ちいい。談話室でぼーっとしていると、夏油がやってきてそう言った。
 改めて自分を見返してみるが、キャミソールにショートパンツ。一体何が悪いというのか? ちゃんとパッド付きだよ。

「納得していないって顔だね」

 夏油はわざとらしくため息をつき私に近寄って来ると、ぐい、と顔を寄せてきた。

「げ、夏油。近い」
「談話室は男だって使うんだよ。もう少し考えてくれ」

 意味わかんない。
 夏油との睨み合いが続く。
 一体何を考えろというのか。薄着でごめんって? 普通だよ。街なんかもっと際どいミニスカートでエスカレーターに乗るような子で溢れてるよ。私は間違ってもチラリしないもん。意味わかんない。
 そんなことを思いながら夏油を睨んでいると、夏油はハァとため息をついて自分の制服に手をかけた。ボタンをあけ、ファスナーを下ろし、上着から腕を抜くと、下に着ていた白いシャツのボタンを上から……って。

「いやいやいや何脱いでるの!?」
「君と同じようになろうとしているだけだけど?」
「意味わかんない!」
「なんなら袖もまくろうか?」
「いらないです!」
「そう。ほら、私の上着を羽織ろうね」

 くっ……――むかつく!
 私は夏油が差し出してくれた彼の上着をぶんどった。腕まくりされたら顔が赤くならない自信がない。

「……ごめん」
「うん」

 そういうとこ!
 もう少しだけでも素振りがあったなら。ニッコリ張りつけた狐面のような笑顔じゃなくて、余裕綽々っていう感じじゃなくて、常識を教えるみたいな注意じゃなくて! 私以外に見せて欲しくないんだとか、なんか、言ってくれたなら。
 片思いだ。丸め込まれた。むかつく。無神経だった。色んな思いで頬がぷうと膨らんでいる自覚がある。

「見苦しいものを見せる強要をしました」
「そういうことじゃなくて。それに見苦しいだなんて思ってないよ。むしろ……」

 むしろ?
 夏油を見ると、この話はおしまいと言わんばかりに彼は席を立った。私の三歩を一歩で行くような歩幅で冷蔵庫の前に立ち、私の好きなジュースを取り出しているのが見える。
 びっくりした。出ていかれたら、この上着どうしたらいいのって思ったよ。

「早く羽織って」
「はーい」

 上着を肩に回すと、……大きすぎる。なにこれ。

「……XLくらい?」
「どうだろうね。特注だから」
「おっきすぎる」
「おっきいとか言わないでくれるかな」

 ……。男子高校生だ。なんでそういう発想になるの!
 恥ずかしくなって上着に顔をうずめると、夏油の匂いがした。どうしよう。
 内心悶えていると、夏油はジュースが並々と注がれたコップをひとつ持ってこちらへ戻って来た。

「ひとくちもらっても?」
「い、いいけど……」

 やっぱり私に注いできてくれたんだ。もう一つコップ持ってくれば良かったじゃん。
 理解できない、という顔で夏油を眺めていると、洗うのがめんどうくさい、と返されてしまった。
 彼がコップのふちに口をつけ、その中身を口に含む。男の人だと一目で分かる、しっかりとした喉仏がゴクリと動いた。彼の一口は大きい。
 ぷは、と言った彼が私の目の前に置いたコップの中身は、ちょうど私が気持ち良く飲み切れるだろう量になっていた。

「……夏油、遊び慣れてるね」
「そうでもないよ。今だって喧嘩みたいになってしまったし」

 夏油はそういって自嘲するように笑った。なにそれ、私とも遊びたいって意味? いや、ないな。
 彼は隣に座って机に肘をつき、私を覗き込んでくる。私は夏油が持ってきてくれたジュースにちびちび口をつける。
 何でこっちを見ているんだろう。人が飲み物飲んでるところなんて見たって楽しくないよ。
 こっち見ないで、って言うのも変だ。飲み切るまで、上着ありがとうもう寝るねって言うのも変だ。喧嘩じゃない風に私と話したいんだろうか。私は、話せて、嬉しいけど。

「……夏油に騙されたい女子って、どのくらいいるの?」
「人聞きが悪いな。私から女の子を騙したことなんてないよ」
「私から、ねえ」

 相手が望んで騙されるようにしているわけだ。
 むかつく。し、質が悪い。
 呆れと怒りを紛らわせるように、ふー、と息をついて、ジュースをごくごく飲み切ってしまう。もう話したくない。今日嫌な夢見そう。夏油のせいだ。
 コン、という音を出して空になったコップを机の上に置いた。軽蔑のまなざしで夏油を睨みつける。目の前に夏油の顔があった。ちゅ、と唇に柔らかいものが触れた。ゆっくりと目を開けた、夏油の黒い睫毛が私の瞳を陰らせている。…………キ、ス、された?
 固まっていたら苦しくなって、は、っとやっと息を吸うことを思い出す。顔が熱い。

「げ、夏油。何する、の……」
「ダメかな」

 だめじゃ、ない。でも。

「私は、遊ばない」

 ドキドキ大変なことになっている中で、私は必死に息を吸って、彼の目を真っ直ぐに覗き込んではっきりと言った。夏油は私の言葉に少し目を見開いたが、直ぐに目尻を下げてふにゃりと口角を上げる。

「うん。遊びじゃないよ。は特別」

 こうやって、騙されてもいいって思わせているんだ。夏油のばか。

いいわけ