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 妄信的な信者とは――洗脳のしやすい猿だ。自ら洗脳を望む頭の弱いものたち。都合が良いと言えるけど、まあ、その表現はふさわしくはない。
 だって、都合が良いも悪いも無いだろう。彼らの命は全て平等に、強者の前では意味がない。

 の両親が既にここ、盤星教の信者であったらしい。洗脳された猿の二世代目なんて聞いただけで身の毛がよだつ程だし、どのように社会的弱者に努めているかなど想像に容易い。目の前の猿は彼女を挟んで私に何かを話しかけているようだが、ほぼ頭に入って来ない。死にそうな顔で下を向いて可哀相に。まあ教祖の前で、うちの娘が肩が重いそうなんです、信仰心が薄いからに違いない、お言葉を頂きたい、なんて言われればそうもなるか。実際彼女には憑いてるけど、自覚が無いって救いようがないよね。あっても猿は救えないけど。縮こまってるせいで、首元のリボンがくしゃっと、苦しそうになってしまっているよ。学校帰りなのかな、制服可愛いね。学生の頃は私も、任務終わりに悟と色んな所に寄ったっけ。青春ってそういうものだろう。彼女もこんな猿の元に生まれなければ、放課後にこんな教祖のところに連れて来られるれるんじゃなくて、同級生とアイスの一つでも食べに行けたかもしれない。またこんな暑いのに君は夏服を着ているんだね。ああ、君は年中夏服だっけ。お友達には理由がバレていないといいね。
 本当に今日は暑いし、疲れた。そろそろ腹が減ったな。そういえば朝から何も食べていない。そうだ、今日はこれからと蕎麦を食べに出よう。こんな糞猿が発した呪いを受ける方も祓う方も参ってしまうね。首元のリボンが歪んでしまっているのはね、実は君が下を向いているからじゃない、賢い君には分かってる。君の耳に呪詛を吹き込んでいる気色悪いソレを取り込むなんて最悪の極みだ。もしも君が発した呪いなら喜んで食べるのに。きっと私好みの味に違いない。今日はあそこの蕎麦屋にしよう、渋谷の。
 術式を行使し指先に呪いを収束させる。彼女が顔を上げ私を見つめた。くるりと丸くなっていく真っ黒いそれを、疑いもなく彼女は目に映している。
 猿は猿らしく話を続けているから、鼓膜が煩わしいと思いながら、塊になったそれを懐に仕舞いニコリと微笑む。それから、す、と手を掲げ話を遮った。

「終わりましたよ」

 ほら、弱者は何も分からない。猿は猿らしい顔をしている。君たちがここにいる意味はないし、教えてやるつもりもない。生憎だけど、私は仏じゃないからね。

さんと二人で話がしたい」

 張り付いた笑みは意識せずとも剥がれない。便利な顔になったものだ。シッシッと追い払うように退出を促した。
 こんな猿の元に生まれて、猿の集団の中で育って可哀相に。それなのに己は“人”であると立っているから、興味が沸いてしまったんだよね。いつかの集会だったか、思考停止で導き手を探している猿の中で唯一彼女が異質だった。バカバカしいと目について、けれど私が呪いを仕舞うのを目に追っているのが分かれば、呪いが見えているんじゃないか、と確信に至るのは容易い。
 あの時と同じように下を向いて、私の言うことなんて何一つ受け付けないというように塞ぎ込んで、耳を塞いで、可愛いね。
 その術式を持って生まれたことだけが、あの猿に君が感謝できることであり、分かることは、君と私の仲は祝福されているってこと。

「これから私と蕎麦を食べに行かないかい?」
「え、……え?」
「決まりだね。それじゃあ教えてあげるけど」

 人の話聞かない……って彼女が呆然と呟いているのを無視して話を進める。

「君、呪いが見えるだろう」

 呪いっていうのは、君のご両親が君に飛ばしている負のオーラが形になって、君の肩に乗っていたお化けみたいな、ああいうものだよ。私はこれが、食べられる。
 軽く説明すると、彼女は私が懐から呪いを出して飲み込む一連の動作を目で追って、必死な顔で見つめていた。返事としては充分だ。
 これまでも見えていたのだろうし、己の肩が重かった原因も、私がそれを祓った現実も、両親によってソレが生まれていることも、全部分かっているのだろう。
 彼女は別段驚いた様子もなく、両腕で体を抱いて顎を引き、あからさまに警戒した様子で私を睨みつけた。取って食うわけじゃないんだから、そんな風にしないで欲しいな。

「……それで、私に何か」
「ああ、うん。教義に則って、君のパパとママを始末しようと思って。そうすれば君も自由になれるだろう」

 びくり、と体を強張らせた彼女の、揺れた瞳と目が合った。目を見張って首を落としそうなくらいに傾げて、善悪の中でぐらつく君は可哀相なくらい無力だ。慈悲深いね。馬鹿だね。少なくとも君は、ご両親に理解を期待しない方がいい。
 私は、よいしょ、と腰を上げて、彼女に手を差し出した。

「そ、そんな教義、」
「あってもなくても。私が言えば、みんな聞く」

 取られない手で、彼女の腕を掴んで立ち上がらせ、長袖を捲ってみせる。嫌がって腕を引こうとする彼女の痣を指先で少し押せば、彼女は直ぐに大人しくなった。
 治すことが困難なら、更に壊して、私のものにしてしまえばいい。そういう単純明快さで君を救い出してあげたくなった。心を折ってやりたくなった。
 大抵の人間は、救いようのない感情的思考をしていると思う。私も例外ではない。だって、あまりに。

「君の白い肌は随分とカラフルだよね。赤、紫、緑、黄色。治る頃に新たに色付けられて、見てるこっちが痛くなる」

 君に自覚はなくとも、幸運にも術式を持っているようだから、私の事をバカな男だと笑ってくれても怒らないよ。君と私は上位の存在で、猿と同じ場所に立っている人間ではない。猿と比喩しても、ノミと比喩しても良いね。奴らは総じて最悪だ。とどのつまり、私と君は仲良くしよう。

「私なら見逃してあげることもできるし、君の呪いを定期的に祓ってあげることも出来るけど……。私の言いたいこと、分かるかな」

 親殺しをするか、私に親を殺してもらうか。君がやるのか、私がやるのか。ただの二択だ。一緒にお蕎麦食べにいけばいいの? なんてとぼけられたら叶わない。まあね、今から食べに行くけど。
 好きに選んだらいい。君が自分で選ぶことのできる力をあげよう。選択肢は多い方が良いからね。
 痣だらけの腕を制服の下に優しく隠して、両の手のひらを広げさせる。呪霊に呪具を吐き出させて、その手の中に、ひとつ。

「この手に呪いを込めて。君がやるんだよ」




 奇しくもここは渋谷だ。眠らないように、季節を巡っても変わらないこの街は、思い出だけを留めておくのに打ってつけだ。あやふやに忘れていけばいいものを、表通りで悟と別れたのが遠い昔のようにも、昨日のようにも感じられる。
 君とも、この前はこのあたりで一緒に飯を食らった仲じゃないか。ダメだろう、そんなものを私に向けて。反抗期?
 汚い路地裏でうずくまり咽こんで、彼女はゴミダメに唾を吐いた。口の中が切れてしまったのか、血が混じっている。君の血の赤を初めて見たけれど、その肌にとてもよく映えそうな色をしている。
 親殺しを終えた彼女の胸中は、いつかの私と似たものだろうか。仕向けた男に同じ刃を向けてご両親と同じところへ送ってやろうだなんて、随分と恨まれたものだ。

「大丈夫かい?」

 手を差し伸べたら、攻撃的な目線を寄越された。まあ確かに、私が君をはねのけてしまったんだけど。君からやったんだよ、仕方ないだろう。ごめんね。
 差し伸べた手は取られないから、私はしゃがんで、近くに転がっている呪具を拾い、呪霊に格納する。
 彼女は私の手を掴むのがよほど嫌らしい。また振られちゃったな。私はこんなに君のことが気になっているのに、どうしてそう釣れないんだい。私がオジサンだから? まあ、自分でも年の差を考えるとどうかと思うけど。庇護欲を誘う態度はどうにかした方がいい。だって、あまりに可哀相で愛しくなるから。
 ああそうそう、そうやって呪霊を睨みつけている目はつまらないから、ずっとそうやっていたらどうかな。

「行くところがないんだろう。素直に私の手を取ったら?」
「いらない。それを返しに来ただけだから」
「私を殺しに来た、の間違いだろう。日本語は正しく使おうね」

 悔しそうに下唇を噛む少女のなんと哀れなことだろう。次に会ったら好き勝手されるとは思わなかったのかな。大方、私を殺して自分も死ぬつもりだったのかもしれないけど、危機意識が足りなすぎて心配になる。やっぱり囲って家から出さないでおこう。誰にも会わせないで、呪霊に見張らせて、死なないように、死ねないように、私がいないとダメなように再教育してあげよう。これまでの人生が最悪だった分、君のご両親が沢山献金してくれた分、還元してあげなきゃね。

「大嫌い」
「気が合うね」

 自分でもよく言ったものだと思う。私は普通に君が好きだし、隅々まで塗り替えたいと思っているよ。
 今は、どうせ手を差し伸べても取らないだろう。私は彼女の手を無理矢理掴み上げて、まずは服屋にでも寄ろうか、と歩き出す。私に手を取られるしかない彼女が、隙だらけの私の背中を、私を殺す術を持たない彼女が、ひどく可哀相で愛しい。
 きっと君は、どうなっても自由になれない運命にある女の子だ。

奈落の底でデートしよう