休日の夜である。友人に誘われて合コンに行った。クソつまらなかった。五条さんに勝てる人類がそもそも多分いないのだから比べてはならないとは思う。
そんな帰り道、ヒールでぐらぐらする地面を踏みしめながら、今日の残念な視界情報聴覚情報感覚情報全ての情報を塗り替えるには五条さんのことを思い出すのが一番だと思い至ったので、今から五条さんのことを思い出そうと思う。五条さん好き。
数ヵ月前に呪術師を止めて一般人に戻った時、五条さんが追いかけて来てくれて交際が始まった。よく分からないけど“好きだよ僕と付き合って”って言われて“何言ってるんですか?”って宇宙猫で断ったけどひたすら愛の告白をしてきたので普通に押し負けた結果である。そんななのに条件を提示した私は本当に凄い、えらい、えらすぎる。本命の人が見つかるまでですよ早く別の人と付き合ってくださいね、って。そんな感じで五条さんと私はお付き合いをしているらしい。
まあ御三家当主の五条さんとなんて未来が無いので、私も新たな男性を探しに行くという努力をしてみたのだ。今日は。無駄に終わったけど。
未来無いの分かっててなんで付き合ってるのって、それはまあ残念ながら私はあの顔で迫られて勝てる人類にはなり得なかったから。まあ、はい。そういうことですね。滅茶苦茶好き。あんな至近距離で熱烈に見詰められたら従う以外のコマンドを全部奪われるし、五条さんってサプライズも好きみたいだけど普段は隣に穏やかに寄り添っているのが好きみたいって心根を知っちゃってからはものすごい速度で落ちた。ずるずる戻れないところまで好きにされちゃって悔しい。最初から大好きだったけど。
最後に会ったのいつだっけ。
急転直下。視界の先には我が家のマンション、こっちは登らなければならないのに。
別にエレベーターで行けばいいのに気分だけでもアゲようと好き好んで、術師だったが故、酔っていても一応どうにかなる足取りでマンションの階段を駆け上がって行く。五条さんと会ってる時もこのくらいの心拍数だった気がする。最後に会ったのいつだっけ。いやこれは祝うべきだ。五条さんは私に飽きてきちんと五条家の妻を務められる方を見つけたに違いない。ダメだ。自室の前に着く頃に多少息が上がってるの、衰えを感じる。現役に戻ったらもう死んじゃうかもしれない。
ガチャ、と鍵を開けた。
ヒールを脱ぎ捨てようと思ったら電気が点いてた。あれ、靴があるな、と思った。もしかして、と靴を脱いで急いで揃えて足早にリビングの扉を開ける。青い目と目があった。
「や」
世界の命運すらその身に引き受けている、バカほど忙しい五条さんが、長い脚を放り出して我が家のソファに寛いでいた。えっ、ど、どうしよう。多分メイクぐちゃぐちゃだし髪もひどいし酔っ払いだしもう一回入場し直してもいいですか?
一応まだ私が五条さんの彼女であるのかもしれない。嬉しくなっちゃダメなのに嬉しくて嬉しい。どうしよう。五条さんだ。
佇んでいるとしかし、五条さんはニッコ~リ笑った。
「遅かったね。そ~んなオシャレしてこ~んな休日にお仕事忙しかったんだね~」
アッ。
「僕はさ、待っててあげてるんだよ。分かってる?」
あっ、あっ……。笑顔だけど多分キレてる。
やっぱり帰って来るところからやり直した方がいいかもしれない。玄関で五条さんが贈ってくれたんじゃないアクセサリーは全部外して、それからお風呂に入って香水落として、ヤでも今更だとしてもすっぴんで五条さんの隣に居るのはちょっと。
迷いながら足を後ろに引き後ろ手で扉の取っ手を探すが、すっと立ち上がった五条さんは大きい足をゆっくりと一歩一歩こちらへ向けてくる。取っ手、取っ手どこ。
「隠そうとしたって無駄だよ。いっぱい呪力纏わせてさぁ、そんなに僕を妬かせたかった?」
まずった。五条さん、もしかしなくとも私のことが多少なりとも好きだったかもしれない。
居心地の悪さに目が合わせられなくて、扉通り越してじりじり壁際に追い詰められるのに首も目線も下がっていく。なんか凄く怒られる気がする。
「他の男と会ってくるの楽しかった? お前仕事忙しいって言ってたよね。僕はに会うために仕事詰め詰めで終わらせてきたんだけど。ちゃんのお仕事はいつから男に媚を売ることになっちゃったのかな~?」
声色に不機嫌さが滲んでいるけど、多分彼は笑顔だろう。そうやってこちらを混乱させるのが上手いのだ。
どんっと顔の直ぐ横で大きめの音が鳴る。ひ、と声が出た。
「ここ触らせたでしょ」
滅多に聞かない、地を這うような低い声。表情を失くした五条さんが私の首筋を触れる。五条さんの顔が滅茶苦茶に怖いのに、触れられたところが熱を持っていく。この状況でちょっと気持ちいいって思えちゃってるの良くないけど五条さんのせいだから仕方ないし責任取って欲しいし顔が近くてどきどきしてきた。
「いつまでだんまりしてんの」
だ、だって言い方に悪意を感じるんです。勝手に触られて嫌だったというのが正しいのに、五条さんからしたら触られる方が悪い論になりそうで反論できないから黙るほかない。あとちょっと近くて恥ずかしいから声が出てこない。
そんな思いを込めて五条さんを見詰めていたのに、五条さんが真っ直ぐ見つめ返してくるので、結局私の方から先に目を逸らす羽目になった。
ダメだ。かっこよすぎてしんどい。圧倒的に顔が良い。どきどきして顔が熱くなってしまうのを止められない。そんな場合じゃないんだろうけど、……でもだって五条さんが怒ってるのって、私が合コン行ったからかもしれないから、って。仕方なくない?
「……何ニヤニヤしてんの? 僕怒ってるんだけど」
「えへ」
顔を片手でむにゅと掴まれた。多分顔が緩んでいた。五条さんは私の頬に長い指を埋めたまま未だ私を睨んでいる。怖い顔なのに、かわいい。
ごめん五条さん。呪術界、それも御三家の当主様なのに手を上げるような人じゃないの、すごく好きだし、私のことが心配なのか好きなのかで怒ってくれてるみたいって、あんまり緊張してこない。
「オマエ、合コン行っちゃうくらい僕の彼女で居るの嫌なワケ?」
さすがにご機嫌斜めな五条さんに何か言わなきゃと思うのに、また言える言葉がなくなってしまった。それを言われると弱い。けど、付き合う前に了承頂いているので文句はやめてもらおう。
言い訳を聞いてくれるのか、頬を掴んでいる手が添えるだけに変わったから、いつものフレーズで逃れようと口を開く。
「お付き合いさせていただく前に、」
「あーはいはい耳タコ耳タコ。早く別の人と付き合えってさあ、それって必要? 何で僕と君が両想いなのにそんなことしなきゃなんないの?」
「うーん」
クソムカつくあざとい、と五条さんがまた私の頬を掴んだ。もしかして私ちょっと太った? もうちょっと運動しよう。やばそう。むにむにしないで欲しい。
「ごじょ、さん、ほっぺ、やめて」
「ムリ。今回ばかりは許さないから。あとさぁ五条さん五条さんってギャップ萌えでも狙ってんの? セックス中にしか名前で呼ばないってお呼びじゃないんだよねそういうの」
お怒りのようだ。ちょっとヘコんで視線を落とすと、あーごめん怖かった? ってよしよしされてしまった。頬は解放されたけど、五条さんの反対の手は未だ壁につかれているから、絶対逃がさないという圧を感じる。多分逃がしてもらえないだろう。
「……どうしたらいいですか?」
「何が。ソレ僕が聞きたいんだけど」
「五条さんと付き合ってるの不毛って分かってるのに、好きすぎて別れられないんです」
「…………」
ぐ。苦しい。折れる。胃の中身が逆流しそう。そんなに強く抱き締めないでもらっていいですか。ちょっと。
「不毛ってひどくない? でも好きって聞けたから許してあげる」
多分口を尖らせている。あと照れている。でも拗ねている。五条さん、かわいい。でも、苦しくて、ギブ。
彼の背中を軽く叩いていると、ふっと体が宙に浮いた。あっなんか嫌な予感する。
「さて、と。どれだけ僕が妬いたか分からせてあげようね~」
「いえ、その」
「二度と行きたくなくなるようにしてあげる」
「もう行かないので降ろしてください」
「うんうん。当たり前だよね。残念ながらちゃんは僕とベッド直行で~す」
実はさ、僕は子供が先でも全然構わないんだよね。今日はとびっきり仲良くしようね。
五条さんは恐ろしいことを言いながら顔を近付けて来る。どうしよう、って思うけど、きっと抗えないだろうなあ。
ゆるり恋情
title by トロニカは星を巡る