夜。お風呂に入ろうと思って脱衣所に来たら、英字で“シェイク”って書いてある布がぴょこんとカゴから飛び出ていた。SHAKE。なんだろう、って、ポリエステルのゴムみたいな、その黒字に白文字な布を引っ張った。びろん、と広がるその布。この形。この薄さ。
これは。
これは!
――パンツだ……!!?
細身の、男子の、パンツ。紛れもなくパンツ。何タイプっていうんだっけ。ボクサー?
サラリとした質感の、それ。指先でつまみ上げて四方八方から見て、両手で軽く持ってみた。パンツを眼前に掲げているとも言う。あっ。右下におにぎりマークがついてる! わあ!
目の前でおにぎりマーク発見と同時に扉が開いた音が聞こえた。私は咄嗟にパンツを後ろ手に隠す。
「~~おかか!!?!?」
棘くんの動揺極まる声色からして間に合ったとは思えない。内心冷や汗ダラダラで明後日の方向を眺めるのに必死だ。なんかもう、むしろ前に掲げたまま後ろを向いた方がマシだったんじゃないかとさえ思う。でもまじまじとパンツを眺めてたなんて知られたら普通に恥ずかしすぎて死ねる。全部やだ。
目の前のお風呂の扉から少し身を覗かせている棘くんは、全裸というのか、いや、すりガラスに隠れて下半身は隠れているんだけど。凄く肌色。凄く色白。棘くん、口元まで見えると童顔が加速するなあ、やっぱり。
棘くんは絶句したように口をぽかんと開けて、私を指差して何か言いたそうにわなわなしている。互いに目が逸らせなくて心臓がどんどんうるさくなってくる。何に驚けば、何を一番に恥ずかしがればいいのかもう分からない。棘くんの顔がみるみる赤く染まっていくのは見てて面白いけど、私も、男の子の、細身の引き締まった身体と真正面から対峙せねばならないので、結構段々大分恥ずかしくなってきた。
お風呂、入ってたんだ。ごめんね。確かにちょっと考えれば分かるよね。入ってる人がいるから服がここにあるんだよね。好奇心でSHAKEを手に取ってるんじゃないって話だよね。おにぎりマークだったしやっぱり……、
「棘くんのパンツだったんだ」
「しゃけ。しゃっ……おかか~~!!!」
しゃけ。正解。うん。SHAKE。あっ!! シェイクじゃなくて、しゃっ、しゃけだったんだ!!
棘くんは、うわあああって真っ赤な顔でしゃけ、っお、おかかおかか!昆布……高菜!明太子いくらすじこ!しゃけおかかおかかおかか~!!等大混乱している。
「ご、ご、ごめん」
何かを自問自答しているような棘くんのあまりの慌てように、私も釣られパニックになっているもののどうしたらいいかは分からない。床に落とすわけにも行かず、カゴに戻すには度胸が足りず、パンツを後ろ手に握りしめたまま右往左往あわあわするばかりだ。私はお風呂に入ったわけでもないのに、のぼせる様に顔が熱くてどうしようもない。もうこんなの絶対、100%、パンツ眺めてたのバレてる。どうしよう。……ど、どうしよう!
見えてる肌色が全部赤く染まっている棘くんは、大きく息を吸い込んで、大きく口を開けた。久しぶりにハッキリと見た、棘くんの舌の呪印。ちょっと艶めかしく見えてしまったのは内緒にしておかなきゃ。
「“出ろ!”」
おにぎりの語彙じゃない言葉に、体がガチッと固まり足が勝手に動き出す。迅速に後ろを向き私の足が動いてくれる。ありがとう棘くん! その手があった! でも気付いてほしいの。私このままじゃパンツ離せない! 後ろ手にしっかりパンツ握ってるの見られてるやだ!! 恥ずかしい!!
シェイク。SHAKE。しゃけなパンツ。ノットシェイクなパンツ。棘くんのパンツ。見ちゃった。棘くんの半裸。
「“離せ!”」
*
「――っていうことがあってね。私棘くんのパンツ見ちゃった。半裸も見ちゃった。どうしよう真希ちゃん」
突撃真希ちゃんの部屋。あのまま脱衣所を出た私は、どきどきしているまま突撃真希ちゃんの部屋! している。
「良かったじゃん。見たかったんだろ?」
「み!?」
ハァ? という顔で私を部屋に入れてくれた真希ちゃんは、ニヤリと口角を上げからかうようにしかしあっけらかんと言った。けど、
「私いつそんなこと言った?!」
「棘のこと好きだろ」
「えっ」
そうなの???
「オマエまさか気付いてなかったのか? いつも棘のこと見てんぞ」
「えっ……」
いや、多分それは。コケそうな時とか“止まれ”って言って助けてくれるから隣をキープしてるだけかな。隣、落ち着くし。正直に言うと棘くんの顔、大分タイプだけど別にそういうんじゃないよ。だって同級生の中じゃ見るのはパンダと真希ちゃんと棘くんくらいしか居ないから。乙骨くんなんて任務でほぼ居ないし。コンビニでおにぎり見ると棘くん思い出しちゃうけどそんなんじゃないからね。みんなそうでしょ? 棘くんがツナマヨおにぎりが好きっていうのは周知の事実だったみたいだけど、棘くんは海苔巻きの具を喋れるっていうのはずっと二人だけの秘密がいい。
「良かったじゃん。気付けそうで」
……なにがどうでもパンツと半裸はちょっと一足飛びすぎかなぁ!?
真希ちゃんはにやにやにやにや悪い顔で私を見ている。「回し飲みできる時点でまず生理的にいけんだろ。それに棘の隣だと安心してる顔してっし、落ち着くのか口数減るよな」……もうやめて!
「つ、つ、つなまよ~~~」
「なんとも言えねー語彙うまく利用したな。棘もそんな気分なんじゃね?」
どうだろう、と棘くんとパンツを思い返す。
夜、お風呂場、肌色の彼、湯気、脱いであったパンツ。
「……あれって、履いてあったやつかな」
「それかこれから履くやつか、どっちかだな」
「うん……」
「お前、いつから棘のこと好きだったんだ?」
「前から……かも。好きだったの……かも」
「、お前たまにノリだけで生きてるよな」
そんなことないよ。好きだもん。
*
「……高菜」
翌日、教室。おはよう、と、居心地悪そうにも気を遣ってくれたのか、棘くんはジト目を加速させて挨拶をしてくれた。おはようって、言いたいのに、棘くんの顔を見たら思わず足が後ずさる。昨日の私はどうどうとパンツを見ていられたのに。どうしよう、顔、見れない。
「、何かあったのか? 顔が赤いぞ。風邪でも引いたか?」
うん。はい。パンダ。これが人が恋を自覚しちゃった表情だよ。よく覚えておくんだよ。
先生ごめんなさい。今日はちょっとサボタージュします。ちょっと棘くんがいると動悸がしてくるみたいなので。
教室を出て廊下を走る。むりむり。全然むり。後ろから「いってら~」なんて真希ちゃんのいつも通りなよく通るやる気の無いいい声が聞こえて行ってきます!と思った。けど、「ツナ!」待たないので追ってこないで!
角を曲がって階段を上って「た、高菜!」えっやだパンツ見えそうってパンツ見ないで棘くん!!!
踊り場でスカートを押さえながら振り向くと、階段の下から棘くんが私を見上げていた。
「……み、みないで」
目許をほんのり赤らめて、ジト目をしている棘くんは何も言わず、ゆっくりと階段を上ってくる。彼が一段踏みしめる度に、私が後ずさって。踊り場の壁に背中がくっついて行き場を失くしても、彼は進んできた。
どうしよう、逃げられない。呪言を使われたわけでもないのに体が動かない。恥ずかしくてしょうがないのに、捕まえて欲しい、とか。
「昆布」
とうとう私の目の前に立った棘くんが、大いに私を責めている。『なんで逃げるの』って、それは、その。
「……恥ずかしかった、から」
ふぅん、という感じで、棘くんは私のスカートを指差す。
「え、なに?」
「ツナマヨ。明太子」
えっ。いや。あの。え?
無言でじりじり近寄って来た棘くんが、私のスカートの裾に手をかける。間違いじゃなければ、それでお相子、って。
ばさっ。
「っきゃあ!」
「しゃけ」
パンツの色、言わないで!
SHAKE、つまり