「伏黒くん。その……」

 同級生のに話しかけられて足を止めた。いつもと違い、嬉しそうな顔をしていない。決心したような面持ちでこちらの様子をうかがっている。

「あの」

 嬉しそうに声をかけて来て笑顔を見せてくれるのが普段なのに、俺何かしたか? こいつがいるだけで周りの空気が明るくなるのが、まあバカになってる時もあるが…、思ってることが直ぐ顔に出るのは嫌いじゃない、…はそういうヤツなのに。

「影に。影に入れて欲しくて」
「は?」

 ……何を言い出すかと思えば。

「……影にですね。入ってみたいです」

 いや、聞こえてるし。

「……なんで」
「好奇心に理由が必要!?だって、こないだ、呪霊討伐の時、虎杖くんが影から出て来てたじゃん!私もあれやりたい。呪霊討伐の時じゃなくて、ハートフルにやりたい。お願い伏黒くん」

 おねがいってちびカワとかいうスタンプを釘崎が送ってきたっけ。確かにあの顔に似ている。きらきらした顔で小首をかしげて手を合わせた好きな子に「おねがい」って上目遣いで一生懸命頼まれて断れる男がいるか? いないだろうが、その第一号にならねばならない。

「……体重バレることになるけど?」
「え?」
「だから体重。影に入れたモンの体重を俺が引き受けることになる」
「えっ……」

 一歩足を引いたが目をぐるぐるさせながら迷っている。いいぞ、そのまま迷って辞退してくれ。じゃあそういうことで。

「待って!ふ、伏黒くん。…体重くらい、分かってもいいから!どうにか分からないようにするから!」
「分からないようって無理だろ。鉄鎧着込んでも予測は出来る」
「っふ、伏黒くんならいいよ。言いふらすような人じゃないもん」

 だからおねがい、っておねがいポーズを繰り返す。勘弁してくれ。俺ならいい、って響きが特別に聞こえてしまいそうで困る。

「入ったって面白いことは一つもないと思うけど。虎杖に聞いて諦めろ」

 俺はその場を後にした。「……虎杖くんだけずるい」あの時、ぽつりと背中に聞こえた言葉は、気のせいじゃなかったらしいと、今、気付いている。





「伏黒くん!お邪魔します」
「っは、!?」

 今日は家入さんがいるからと、虎杖と術式有で全力で訓練していた時のことだ。舐めた真似してくる虎杖にちゃんとやれと術式を展開したら、ちょいちょいとを手招いた虎杖、乱入してきたが影にとぷんと入ってきた。

「虎杖!!」
「え~?だってが入りたい入りたい虎杖くんだけズルいぃ~!ってずっと言ってくんだもん」

 こ~やってさ~、と虎杖が俺の周りをうろちょろしながらの真似と思わしきものをしている。全くかわいくないし今はそれどころじゃない。「だって30秒くらいなら息続くんじゃない?」「そういう問題じゃないだろ。影の中だぞ。真っ暗で落ちるだけだった!とかお前言ってただろ、前」「それはそう!まあちょっと心配だし俺も入ってこよっか?」いい今解く、言いながら術式を解く。体重が分かってしまったのは俺のせいじゃないし、が泣いてても怒ってても俺のせいじゃない。が勝手に入った自己責任だ。入られた恵が悪くない?と五条先生が脳裏で囁いた。アンタは出てくんな。術式内にの呪力を感じられてくすぐったいどころじゃすまない。半ばパニックになりながら術式を解くと、目の前にが現れた。
 ぺたんと座り込んでいるに、俺もしゃがみこんで様子をうかがう。呆然とした顔、目線が動かされ目が合った。

「………ふ、」
「ふ?」
「ふしぐろくん……」

 ひし、と俺の服を掴んで、ぴえ、とが泣き出す。……やっぱ怖かったんだろうか。そりゃ怖かったんだろうが、…術式を怖がられるのは多少くるというか、…いやそれでショックを受けててどうするんだ。

「び、びっくり、した……」
「虎杖から聞いてたんじゃないのか」
「聞いてた、けど、真っ暗で、落ちてくの、びっくりして…」
「だから入るなって言ったんだ」
「…ごめんなさい」

 謝られてしまい、がしがし後頭部を掻く。謝って欲しかったわけじゃない。怖かったならごめん、とか、大丈夫か、とか、言えばいい。歯痒い。のことが心配なだけなのに、うまく言葉にならない。
 は眉を下げて笑って、俺を掴んでいた手を離して一人で立ち上がった。その表情は好きじゃない。もっと、笑ってて欲しい。

「ごめん、伏黒くん。伏黒くんは駄目って言ったのにね」

 彼女はスカートに付いた土を払うこともせずに、何かを言いあぐねている。これ以上、彼女が悲しいと思うことを言わせる前に、俺がを笑顔にしてやれたら。してやりたい、とか柄じゃねえけど。

「……術式が完成したら、今度は安全に入れてやるから。それまで待ってれば」

 目をぱちくりさせたが徐々に口角を上げて行って、へにゃりと嬉しそうに表情を崩すから、俺は気恥ずかしさに直ぐに踵を返した。「……そんなの私、ずっと待っちゃうよ」ってはっきり聞こえた声に、可愛げのない俺は「好きにすれば」と返す。

 早く術式を完成させたい気持ちと、好きだって言えっかな、って気持ちばっかせめぎ合ってんの、が待っててくれてるって甘えてる自分に、俺も少し笑ってしまう。もう少しこの気持ちを育てて、溺れて這い上がれなくなった時にでも。いつか言えたらいい。

Dive!