「五条さん。お疲れさまです」

 冬の夜、残業のお供には昔ながらの石油ストープと相場が決まっている。勿論てっぺんにはヤカンを置いてある。温まるスープでも眠気覚ましのコーヒーでもなんでもござれだ。隙間風がひどい高専、とにかく寒いのが困りものである。だから、補助監督という身分だが、ソファに座ったままの挨拶でも許してもらおう。五条さんフレンドリーだし。
 入って来た五条さんはやはりそんなことは気にしていなさそうで、いつも通りのにやにや顔で、視線を私とストーブとに行き来させると、一層笑みを深めた。……嫌な予感がする。待って、近寄って来ないでください。どうしてわざわざ私の横に回り込んでくるんですか。360度温かいストーブ様なんですから、別に隣じゃなくても温まりますよ。まあちょっと私がストーブを独占している感は否めませんし、向かいで温まる場合しゃがまないといけないかもしれませんけど、きっとその方があったかいですよ。いいですか、ベストアンサーは私の隣じゃないですからね。百歩譲って隣にいらっしゃった場合は勿論ストーブをお譲りしますが、絶対絶対この布切れだけは渡してたまるか。
 私はくるまっている着る毛布をぎゅっと抱き締める。一瞬の油断でやられる。相手は天下の五条悟だ――。

「暖かそうだね。僕も入れて」

 ぎ、と毛布が嫌な音を立てた。私が力の限り抱き締めているそれの端を、五条さんが掴んだのだ。

「待ってください。私は寒いんです」
「ね。今日寒いんじゃない?僕も寒いから入ーれーて?」
「可愛く言ったってダメです。今のではっきりしました。五条さんは寒さも弾ける」
「そんなに僕を凍死させたいの?」
「大丈夫です、五条さんなら死にません。だからこれからも寒い地方の任務を入れます」
「まあね。それは別にいーよ。ホワイト恋人おいしいし。また買ってきてあげるからさ――」

 ――僕たちもそれっぽくならない?って彼の口角がイヤらしく上がった。あっ!

「……寒いです」

 剥ぎ取られた。一気に寒い空気が侵入してきて、あったまっていた空気が抜けていく。力は緩めないまま踏ん張っていた筈なのに、無念。手元が毛布の肩口に少しひっかかってはいるが、見事に体との隙間は空いてしまった。さむい。
 まあそうですよね、油断しなくたってどれだけ警戒していたって、私なんか五条さんからしたら生きてるだけで隙だらけみたいなものですよね。
 ソファの隣に腰を下ろし、ぐっと密着してきた五条さんはひんやりしている。どうしようもない。私は毛布から両腕を抜いた。

「…もう、全部使っていいですよ」
「えっなんで!?ちょっと戻って来て!僕はちゃんと一緒にくるまりたいんだよ!」

 なんか寝ぼけたことを言っている五条さんが、私をソファに戻す。それから何をするのかと思いきや、五条さんは自身の片腕を毛布に入れると、私の反対の手を取って、反対側の毛布の肩口に入れようとし始めた。が、……毛布がすごく無理をしてる。可哀相だ。五条さんの巨体のせいで。いや、まあ、私が拒否をしているせいなんだけど。だってこんなの、くっつかないと無理だし。って、意地でも五条さんと距離を取ろうとする私に引っ張られ、毛布がみちみちと音を立て続けている。これ以上はやばい。壊れそう。

「五条さん、お疲れなんですね。早く帰ってお休みになってください」
「七海みたいなこと言うねお前。折角僕が一緒に温まろうって言ってるのに」
「一人で毛布おばけにでもなっててください」

 私の言葉に、ぷるぷるのうるつや唇を尖らせて、目隠しを下に降ろした五条さんは、思ったよりもぶーたれた顔をしている。相変わらず、きれいな顔。ひとまず私は視線を毛布に落とした。だって顔面偏差値が高すぎる。一瞬でも目が合ったら絶対に死んでしまう。もう、この毛布奪って頭からかぶりたい。顔を隠さないとダメになってしまう。いっそ潜り込めば、……や、それは何だか変態くさくなる気がする。どうしよう、と五条さんの顔につい目線を戻してしまったのがいけなかった。ちらりと目線だけを私に寄越した五条さんのせいで、白い睫毛に彩られた青い目とばちっと目があってしまった。私は勢いよく顔を逸らす。かっこよすぎて大変だ。目隠しをもう一度装着してさしあげるか、残業は諦めて明日の朝に回した方が良さそうだ、――後者に決まってる。
 膝に力を入れて立とうとした瞬間、力強く肩に手が回ったかと思えば、ぼすんと顔が埋まっていた。ばいんばいんの胸板。今日も一日中激務だったはずなのに何でいい匂いするんですか?無下限のおかげ?意味分かんない…。この人、顔がよければ性格以外も全部いいのだ。天が性格以外全てを与えたような人なのだ。元から親しい人との距離が近い人だけど、人をからかうのが好きな人だけど。こういうスキンシップは寿命が縮むから本気でやめて欲しい。

「ふふ。ほら、もっとくっついていいんだよ。僕たち恋人なんだから」
「いつからですか。ありえないこと言わないでください…」
「えー?かーわいいねえ、照れてるの?」

 照れてません、と言おうとしても、五条さんの指が耳を優しく撫でていって、黙るほかなくなった。耳も顔も赤いですけど?何か文句あるんですか。当然なんですけど。
 五条さんは私の頭をゆっくりと撫ぜ続ける。私の頭のてっぺんには五条さんが顎を置いているような気がする。…まだお風呂入ってないんですけど。私は無下限とか使えないからちょっと待って欲しい。

「あの、離してもらえます?仕事終わってないんです」
「ん-。もうちょっと」
「このままじゃ仕事終わらなくて寝る時間無くなっちゃうんですけど…」
「ふーん」
「だから、その、仕事をさせて頂きたいんですけど…」
「へー」

 聞いているのかいないのか、五条さんは頭上でやる気のない相槌を打ってくれる。でも、相槌を打つんじゃなくて離してもらいたい。相槌を打つたびに抱き締めてくる力を強くするのも止めて欲しい。五条さんの顔は私の頭にめりこんでるかもしれないし、私の頬も五条さんの胸板の圧に潰され始めている。むぎゅ、ってなってる。

「しごと……」

 それでも小さな声で呟くと、ばっと体が離された。やった!と脱出を試みるが、…いつの間にか、毛布にくるまっている五条さんにくるまっている状態になっている。あったかい、けど……目の前に五条さん。周りには毛布。包囲されている。逃げられない。毛布で領域展開されてる。どう考えても必中必殺が決まる。

「術師への対応もお前ら補助監督の仕事だね?はい、ちゃんが僕と毛布にくるまるのは業務の一環でーす」

 諦めて頭まで毛布にくるまれて、薄暗い中から五条さんを見上げる。きらきらの青い目がきゅっと細められた。

宇宙の中にいるみたい