伏黒くんが任務から帰って来るのを、そろそろかな、なんて待ったりして。帰ってきた伏黒くんにお疲れ様、って飲み物を渡してみたりして。伏黒くんはたまに、土産、って可愛いお菓子を買ってきてくれたりして。
任務中とか教室にいる時も会話が増えたし、前よりは柔らかい雰囲気で接してくれるようになった気がするし。いい感じじゃ、いい感じなんじゃ、順調に距離を縮められているんじゃ…!なんて思っていた矢先のことである。
「教えて~!!!」
虎杖くんの雄叫びが聞こえる。昼休み、女子トイレ。高専の壁はどこもかしこも薄い。隣の男子トイレの声が、耳をすませば聞こえるのである。ここまで大きい声の言い争いだと、耳をすまさなくても聞こえる。手洗いのところでスマホをぽちぽちしていた私はいつの間にかスマホをしまい込み、個室に入り壁に耳をあて、すっかり聞き耳を立てていた。
「お願い!夜も眠れねーの!」
「昨日イビキかいて寝てただろ」
「えっ聞こえてた!?ごめん!まあそうなんだけど!全然寝れるんだけど!そんぐらいの気持ち!だからお願い!教えて!」
「いないって言ってる」
気になる。凄く気になる。何がいないの?何を聞きたいの?私も聞きたい。気になりすぎる。頑張れ虎杖くん!頑張れ!
「教えて!!この通ーーり!!」
「何回言ったら分かんだよ。いないつってんだろ」
「そこをなんとか~!!ダチっしょーー!!?」
いない、教えて、いない、もーいい当てる!
「伏黒の好きなヤツってっしょ!」
ん?
「違う」
「じゃ~なんでにだけ土産渡してんの?」
「アイツがスポドリとか寄越してくるからだけど。虎杖お前、そういう根拠のないこと言いふらすなよ。相手に失礼だろ」
「ウッソじゃん、違うの?俺てっきりそーじゃないかって、…じゃあ釘崎ってコト?」
「は?」
「そっか~釘崎か~。意外だな」
「なんでそうなる」
「五条先生が伏黒の好きなヤツ同級生って」
伏黒くんの、すきな、ひと。同級生。
私、じゃない。違うって。はっきりと否定された。律儀に土産返しをしてくれる伏黒くん、人として、なんて良い人。
伏黒くんの好きな人、同級生。
野薔薇じゃん。
しかもこちらははっきりと否定してなかった気がする。野薔薇じゃん。だめだ何も考えられない。虎杖くんのさっきの一言を最後に私の意識は飛んでいた。
「アンタ何やってんの?」
ぼんやり見上げると、野薔薇。
「鍵もかけてないじゃない。まさかそういう趣味?」
麗しの美人。ぼんっきゅっぼんでナイスなカスタマイズを着こなす素晴らしいスタイル。勝てるところが一つもない。凄い顔をしながらも「探させんじゃないわよ」なんて言っている。授業はとっくに始まって終わったらしい。今は放課後らしい。昼寝でもしてんじゃない?って五条先生は私のことをスルーしたらしい。授業すっぽかすなんて初めてなのに。遅刻だってしたことないのに。…でも、五条先生が探さないのも、それはそうかもしれない。私なら人攫いに遭う心配もない、野薔薇と違って。だって、私は野薔薇ほどメリハリのある体してないし、顔だって野薔薇みたいに可愛くないし、睫毛も長くないし、くるんってしてないし、野薔薇みたいに気も強くないし。伏黒くんが野薔薇を好きなら、私が伏黒くんを振り向かせられる要素が1ミリも無い。
「ちょ、な、何泣いてんのよ」
顔と体を交換して欲しい。もし私が野薔薇だったら好きになってもらえたんだろうか。顔が可愛くて、女の子っぽくて、派手な服が似合って、スタイルが良くて、…伏黒くんはそういうので人を好きになる人じゃない。伏黒くんは野薔薇が野薔薇だから好きなんであって、野薔薇が好きなんであって、私がどれだけ野薔薇の真似をしても、もし野薔薇になったとしても、きっと、そういうのじゃない。
「泣きやめ。または理由を言え」
「痛い痛い痛い、言う、言うから」
黙って泣き続ける私に痺れを切らしたのか、襟部分を掴まれてぶんぶん前後に振られてしまった。痛い。
「伏黒くん、野薔薇のこと、好きだって」
「あ?」
言って直ぐに顔を下げて俯いた。野薔薇も伏黒くんのこと好きだったら、良かったね、って言わなきゃ。私の方が伏黒くんを好きな自信あるのに、なんて思えてしまって、自分が自分で嫌になる。野薔薇みたいになる努力をすればいいのに。でもそんなことしても、きっと伏黒くんは私を好きにならない。また鼻の奥がツンとしてきてしまう。ぐす、と洟を啜るのと、襟を掴みあげられてウ゛ッと残念な声が出るのは同じタイミングだった。
「は?」
こわい。美人が怒ると死ぬほど怖い。ビキビキこめかみに怒りマークが付きまくってる怖い。
「だ、だから、伏黒くん、野薔薇のこと」
「絶対ねーから。アンタもし伏黒がそうだったとしてもアイツが私の好みだと思ってんの?」
「じゃあ私に伏黒くんちょうだいぃ…」
「ハナから私のじゃねーよ願い下げだよいらねーよ。あーもー泣かないの」
野薔薇がくれるって言っても、くれるって言っても、伏黒くんが私を願い下げだよ。
「ぐす、伏黒くんが、私を、願い下げ、だよ、」
「はぁ~?マジでお前ら二人いつまでうだうだやってんだよ見てるこっちがイライラすんのよ。あ゛ー!今から伏黒と話さねーっつーんなら友達やめるから」
そんなの嫌なのに、嗚咽を堪えるのが精いっぱいで、もう何も言葉に出来なかった。私の無言に野薔薇はまたイラっとしたのか、私の襟を持っていた手を、トイレの床に叩きつけるレベルで、ぶん、と思い切り振り離す。平時ならありえなかっただろうが、野薔薇が怖すぎて足が竦んでいた私はべしゃりとトイレの床に尻餅をついた。きたない。
「……とりあえず着替えてもいい?」
「……そうね」
あれから手を洗い部屋に戻り、やる気のないジャージに着替えて部屋を出たら、待ち構えていた野薔薇に、アンタそれで行くつもり!?普通可愛くして行くだろ!!!と発狂されてしまい、顔面に髪にとメイクオシャレフル武装させられてしまった私は、とぼとぼと一人ぼっちで、伏黒くんの寮の部屋の前にいるわけだが。こんな可愛くしたって何の意味もない。可愛く、…マシにはなりはしたと思う、多分。緊張を誤魔化そうとすーはー深呼吸をしてみた。…一層不審さが極まった気がする。はあ。五条先生とか都合良く現れて、呪霊退治でもいいから連れてって欲しい。先生なのに生徒を捜索しなかったんだからこんな時くらい都合よく現れてくれても良い気がする。残念ながら廊下はシーンとしている。はあ。
これから、伏黒くんに好きって言わないと、野薔薇に友達やめられる。
伏黒くんは同級生の誰かが好き。野薔薇だ。野薔薇に決まってる。微レ存の可能性として、あそこで濁した理由が、ワンチャン好きな人が虎杖くんだから、だったなら。そうか…と悟りの境地に到れる。潔く諦めがつくから、いっそそうであって欲しい、なんて。私はなんて人としてダメな人なんだろう。…何でこんなことになっちゃったんだろう。――五条先生のせいだよ。
本当にあの先生、先生やめた方がいいでしょ。大丈夫僕最強だからって、空気の読めない最強っていうのの略に決まってる。だって、青春だねぇ~ってよく言う癖に、先生は今、野薔薇と伏黒くんの青春を推して私の青春を壊そうとしてるんだから。私は遠くから伏黒くんを見てるだけで幸せだったのに。…本当に? でも、伏黒くんは同級生が好きだなんて現実を突きつけられたくなかった。二人が幸せになったとしても、祝える自信が無い、そんな自分が堪らなく嫌だ。伏黒くん本人の口からはっきりと、私じゃないって否定されたっていうのに。…それなのにどうして私は告白しようとしているんだろう。普通に人として迷惑な人な気がする。間違いない。…でも言わないと野薔薇に友達やめられてしまう。……高専ってなんかっょぃ人が多くない?
ダメだ、考えすぎてまた涙出て来た。玉砕が決定してる告白、こんなに悲しいことあるだろうか。いっそ罰ゲームなのごめんね、なんて言えたら良かっただろうに、伏黒くんが好きすぎてそんな軽く言えない。フラれたくない。告白なんて出来ない。むり。よし。
野薔薇にはスイパラ奢って許してもらおう、と踵を返した時だった。目の前に、
「…?良かった、お前どこ行って、って、何、は?泣いて、?」
伏黒くん今日任務無かったはずなのに、いやでも確かに部屋にいるって限らない、やばいなんでどうしよう帰って来た、いやでもそういえばもう放課後なんだっけ。どうしようとりあえず逃げよう、って思ったら腕を掴まれた。手が大きい。力が強い。引っ張ってもびくともしない。
「何で逃げる!?」
「に、逃げ、るよ、はなして、」
「離したら逃げるだろ」
「っぐす、逃がして、逃げないから」
「どっちなんだよ…」
掴まれている腕を揺すってみても離してくれる素振りはなく、伏黒くんは更に言葉を続ける。
「何があった?俺には言えないことか?」
言えるわけない。伏黒くんが好きなんて。伏黒くんが私のこと好きじゃないの分かってて。
伏黒くんに真っ直ぐ見られていて私は視線を彷徨わせるしかなかった。
「お前、今日授業も居なかっただろ。何があった」
どこまでも優しい伏黒くん。慰めでもしてくれるつもりなんだろうか。勘違いしそうになってしまう。もう対面で、いっそのことひどくフって欲しいくらいだ。意気地がなくて、何一つ伝えられない。ホントに弱虫。…だって本当に好きなのだ。強くて賢くて優しくて、さりげない気遣いができて、達観してるところとか、コツコツ努力し続けるところとか。目つきが悪いところも、ウニ頭って言われちゃうくらい癖が強い髪だって。挙げればキリがない。もうちょっとだけ居心地の良い関係を続けていたかった。友達としてでも、隣にいれるだけで、眺めてるだけで幸せだったのに。これから気まずくなるんだろうなあ。…ダメだ、やっぱり言えないや。
「伏黒くんには関係ないよ」
相手に距離を置かれるより、自分から距離を置いたほうがずっと傷つかない。そう思って声に出したのに、伏黒くんは私の腕を掴んでいる手を離そうとしない。
「……俺が知りたいんだけど。って理由じゃだめか」
「…なんで?」
「俺が知りたいからだって今言った。それ以上はに関係ない」
「私のことなのに」
「お前のことだから聞いてんだけど」
…なんかおかしい方向へ進んできた気がする。いつも通りのしれっとした顔してるけど、一体何が言いたいんだろう。都合の良いように勘違いしそうになるのを必死にこらえ、とにかく伏黒くんが一番に気になっているんだろう野薔薇について話すことにした。私が泣いている理由が気になっているのは、私と仲が良い野薔薇が気になるからだろう。
「…別に、野薔薇関係で泣いてたわけじゃないよ。虎杖くんのことでもないし。野薔薇はいつも通り元気だから安心してね」
「は?なんでそこで釘崎と虎杖が出てくる」
「だって今日、……盗み聞きするつもりは無かったんだけど、トイレで、」
待て、と伏黒くんが、私の半開きの口に手のひらを押し当てた。えっ、いや、あの。
え、ど、どうしよう。ぴったり閉じられている指の隙間からは何も見えないけど、端っこには物凄い真剣そうな顔をしている伏黒くんが見える。涙は止まって、固まっている体が更に固まった。だって普通に怖い。こ、ここで言うなということ?好きな人の話してたから、と続けようとしたけど、匂わせですらやめろと?確かに、私と誤解されても困るだろうし。それはそうだ。デリカシーが無かったかもしれない。ごめん。
「どこまで聞いた?」
伏黒くんは依然として圧を出してくるけど、とにかく口を動かせない私は、どうしようと目線をうろうろさせ続けるしかない。返答できないけど、伏黒くんの手のひらを唇で味わうなんてこれから一生ないだろう。神様ありがとう。これから野薔薇と伏黒くんをおめでとうって言うの頑張るよ。やっとハッとした風に伏黒くんが手を離してくれたから、床を見て縮こまりながら答える。
「…全部だと思う。ごめん」
沈黙が落ち続ける。長い、長い沈黙が。
どのくらい経っただろう、す、と掴まれていた手が離され、、と名前を呼ばれてしまって、仕方がなく顔を上げる。…んん?
「…こっちこそ好きでごめん。返事は分かったからしなくていい」
なんか私よりつらそうな顔をしている伏黒くんが、ガチャ、と自室の扉を開けて、ぱたん、と閉めた。ガチャ、と開けた。
「~~っ伏黒くん!!私伏黒くんが好き!!」
And I