母さんが出かけているのに家のドアが開いたような音がして、泥棒?空き巣か?と嫌な考えが頭を過って自室から忍び出た。どんなヤツでも殴って追い返してやる。固い意思と、フラつく足元。こんな時場地さんが居てくれたら…なんて思いそうになって慌てて首を振る。心細いなんて気のせいだ。
 フー、と息を吐くと、視界の隅に侵入者が見えた。けれど目があったのは、相変わらずネコみてえなナリをしてる、オレが尊敬してやまない、大好きな人。

「……えっ、場地さん!?」


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「すいません場地さん…オレなんかのために見舞いなんかさせちまって…」
「ハイすいませんって言わねー」

 千冬の額を、冷えビタの上から軽く小突く。訪ねて来て正解だった。オレは、起き上がろうとした千冬を支え手伝って、千冬の膝の上に粥やらなんやらを乗せて来た盆を置く。

「場地さんが作ってくれたんスか?」
「ソ」
「ヤベエ。オレ感動でまた熱上がりそー!場地さんの手料理!」
「…感動してッとこ悪いけど、湯、入れただけナ」
「でも自分ちで食う場地さんの手料理っすよ!?お粥作れちゃうなんて場地さんカッケー!!記念にあ~んしてくれないかな、なんて、」
「へえへえ。千冬、あーん」
「……!?!?」

 はふはふなりながら千冬がオレが差し出していたスプーンから粥を食った。もう死んでもいい…とかなんとか呟いて手をぶんぶん振って暴れてやがる。ちょっと熱かったのかもしんねえ。大体、死なれちゃ困ンだけど。オレの隣に千冬がいねーとか考えらんないワ。だからもうちょい自分を大事にしてくんねぇ?
 オレはまた粥を掬い、今度はふーふーしてから千冬に差し出す。千冬は顔を真っ赤に更にアタフタしている。いいから食え。口に突っ込んだ。もぐもぐしてる様はリスみてえだ。
 …ったく、ホント言わねえんだよな、自分のこと。



 昼休み、普段、場地さん一緒に食いましょーよ!!!とテンションマックスで昼飯を誘いに来る千冬が、来なかった。なんか調子狂うなと思いながら千冬のクラスを覗きに行くと、いねぇーじゃン。そこからのオレは速かった。先生頭痛いんで早退しまっスと宣言し自分の荷物を持って帰路につき、暑苦しいシャツのボタンを開け髪を解き邪魔クセェダテメガネをカバンにしまい込んで、いつものコンビニで物色。考えてみりゃ充分に兆候はあった。

『千冬、具合悪ィ?風邪じゃねえの?』
『え?ンなわけないじゃないっスか。オレ丈夫さだけが取り柄っすよ?』
『オマエ、ンなに丈夫じゃなくね?』

 ハハハと笑ってたのは、やっぱ惚けてたんだろう。いつもの公園で半分コしようとしたペヤングも、今日は遠慮しときますって言うからオレ一人で食う羽目になったし。食い終わってちょっと喋っただけで千冬珍しく直ぐ帰るし。思い返せば体調不良に納得することばっかだな。
 千冬は馬鹿だがパーちんより馬鹿じゃねえ。オレ以上にオレの体調分かってるようなヤツだし、そういうとこ疎くねえ。少なくとも自分の体調くらい分かってただろう。
 気付いてやれなかったオレのほうがバカじゃん。いつも通り連れ回しちゃったじゃン。

 熱、風邪、体調不良…。薬、冷えビタ、ボカリ、軽食、……こんなモンか、とカゴに入れ購入してコンビニを後にし、千冬ん家に合鍵で入った。まあそれからオレは、廊下で叫んで倒れた千冬をベッドに戻し、台所を借りて粥を用意したというところだ。


「なー千冬ぅ。具合悪ィならちゃんと言うコト。ンなにオレ頼りねえ?」
「いえ、場地さんがじゃなくて、オレが、…その、ふがいないっつーか…。風邪なんか引いちまう自分が情けなくて」
「引いて強くなりゃいい話だろ?金輪際、オレに言わねぇの禁止なー」
「エッ禁止ってひどくないスか!?場地さんだってオレに秘密にしてることいっぱいあんのに…!?そんなこと言うなら場地さんが熱出たとき看病してあげませんよ?」
「オレはイーの」
「なんっスかその理論!!納得いかねえ!」

 ふんす、となりながら千冬が粥をかきこんでいる。いっぱい口に詰め込んでんの、今度はハムスターみてえ。ま、こんだけ元気にメシかきこめんなら、あとは安静にすりゃ治んな。

「ッフー!ごちそうさまっした!!!死ぬほど美味かったっス!!!」
「だから、死なれちゃ困るってーの」
「で、さっきの続きですけど!!!」

 なんか言ってっけど、千冬はホント分かってねえなあ。千冬がギャーギャー必死に喚いてる中、オレは気にせず薬をシートから出し水と差しだす。一瞬千冬の表情が無になった――チベスナ顔になったような気がしたが、千冬はオレの手から黙って薬を受け取り口に含むと、次いで水を大量に口に入れている。ちょっと応援してやっか。

「千冬はオレがきついと思ってたら気付いてくれっだろ?オレを信用してくれてるオマエを、オレも信用してるってだけだ。お前のいない学校クソつまんねーから早く治せよ」

 千冬がパンパンにした口を、喉仏を大きく上下させてゴックンと勢いよく飲み込んだ。お薬飲めて偉かったナ~と半分バカにしながら千冬の髪を撫ぜる。相変わらずさらさらしてんなー、千冬の髪は。犬だか猫だかの毛並みぐらいふわふわしてて触り心地が良い。満足満足。

「じゃ、そろそろ帰るワ」

 オレは千冬の食い終わった盆を手に取り部屋を後にしようと背を向けた。何歩か進んでドアを開け去り際に千冬を見れば、口を開けたり締めたりわなわなパクパクさせている。……つまらせてねぇよな?大丈夫か…?

「そーーーいうとこっすよ!!!」

 キャーーー!!と両手で頭のてっぺんを抱えて千冬が発狂し始めた。
 何怒ってんだ、コイツ…。プリプリ怒ってても全然怖くねえゾ。大丈夫そうで良かったケド…、熱上がるぞ。オレは呆れ半分に千冬の部屋の扉を閉める。ったく。

 じゃあな。早く元気になれよ、相棒。

いぬとねこ