行き来する
「っはあ、っは、っは…、はぁ……」
ピンポーン。どうして。今日は慎也くんのお家から二人揃って出勤し佐々山にいやらしい顔で冷やかされ、平和な一日を終えた私は、慎也くんに、何でもするって言ったよな、と引っ掴まえられ慎也くんのお家に一緒に強制帰宅させられて、足腰が立たなくなりそうな手前で、泊まっていけばいい、とムスッとした慎也くんに、今日こそは帰る帰りますって帰宅したのに。どうして。
「――、……もしかして、また?」
放心状態の私を慎也くんがしばらく眺めて、昨日と同じ顔をしていただろうか、しているかもしれない。血の気が引いているかもしれない。ピンポーンな彼の正解に、頭を縦に振って彼に抱き着いた。「っだ、服着てくれって、」わけがわからない。どうして。バルサンに勝ったの?そんなわけない。絶対に殺したはずだった。死骸が出てきたら少し叫ぶと思う。ネコチャンでも飼ったらいいだろうか。それにしてもやっぱり腐乱死体があるのでは。調べた方がいいかもしれない。明日調べよう。こんなのあんまりだ。
「夜遅いのに帰るからだ。…もっかい風呂入るなら、今日も一緒に入ってやるから。元気出せ、な」
慎也くんが拗ねを上回って、完全に宥めてくれている。よく分からない。頭がぽんぽんされた。やさしい。結構自分も自分に悲しくなってきている。原因が知りたい。原因が。どうして奴を恐れるの? 分からない。分からない。せめて奴らに羽がなければ。遺伝子操作をすれば…?遺伝子操作をした奴を放ち繁殖させれば…?
「聞いてるか?」
彼の背中に縋りつきながら彼の胸に顔を埋めて頭を振る。彼に引っ付いたまま離れられない。ちょっと涙出てきた。こう、不甲斐なさ、虚無感、黒、カサカサ、羽音、う、うっ……
「また襲うぞ」
「……」
衝撃的な言葉が落ちて来て呆然と顔が上がった。泣けてきた。慎也くんが優しい鬼にみえる。どうして。「冗談だ。そんな顔しないでくれ。俺が泣かせたみたいになってる」慎也くんが若干あたふたしている。多分混乱している。彼が私を緩く抱きしめていた腕に力をこめてくれて、ぎゅっとしてくれて、臓器の中身が出そう。記憶の中身を出したい。何であれ中身を出したくない。多分混乱している。
彼はしばらく私の背中をぽんぽんしてくれて、されどフリーズしたままで全然再起動できない魂が抜けたように頭が空になっている私を抱き抱え、足を引っかけてきただけのサンダルを脱がせてくれて、ぽいぽい置いて、移動して、私をソファに降ろしてくれた。安寧の地、と丸まろうとしたら圧し掛かられて背骨が伸びた。エビになりたい。…エビの尾の成分は。…やめよう。
「…慎也くん」
「ん」
無意識に伸びていた手は、吸い寄せられるように今日も今日とて彼の頭を撫でている。まるい。好き。彼は私の肩口に顔を埋めている。夜は時々、彼の頬がじょりじょりしている時があると気付いて、微妙にきゅんとしたのはいつだっただろう。
「なあ。一緒に住まないか。俺は奴を殺せる。いい番犬くらいにはなる」
「ねこがいい……」
「…そこか?」
一緒に住む。一緒に。住むってなんだっけ。彼が顔を上げて、ジト目で私を見ている。とてもかわいい。なんでそんなに優しくしてくれるのか分からない。好き。
「明日、一緒に帰って、必要なものこっちに持ってくればいい。それからゆっくり、新居でも探そう」
…たかが虫、絶対に私を肉体的物理的に殺せない虫ごときをプライベートで恐れているの、さすがに今度こそ呆れられるんじゃないか、そんな思いがやっと湧き上がって来ても、彼はそんなことを微塵も感じさせない程に優しく尽くしてくれるのだ。夜もだけどそっちはもう少し優しくしてくれてもいい。
そんな凄まじい番犬と、共に住んでいいんだろうか。パワー過多では。いや、スピードを差し引けば。奴らは素早すぎるのだ。しかも飛ぶ。慎也くんは背が高いのでやつらがどこへ逃げようともきっと大体どうにかなる。凄すぎる。一緒に住まないか、なんて素敵すぎるお誘いを受けていいんだろうか。すき。じわりと涙腺が決壊した。
「………慎也くん優しくてどうしたらいいかわかんない」
「っな、っはあ!? 泣かないでくれ、泣くようなこと言ったか!?」
泣かれるとどうしたらいいか分からない、とあたふたしている彼の背中を力の限り抱き締めて泣きついた。
「一緒に住む…」
ぴー、と年甲斐もなく泣いて寝落ちした私は、翌朝ほぼそのままの体制で目覚めて、すぐ横で彼が私を抱きしめたまま眠っているのに、くすぐったくなった。一晩中抱き締めていてくれたのか、彼も寝てしまったのか。幸せな気持ちで二度寝をきめて、二人仲良く遅刻した。
←