手を咬まれる
狡噛くんが前々々々以下略もって予約していた休みの日が来たので、お邪魔しまーすと今度は狡噛くんのお家に遊びに来た私を、人工知能のなんかシルクハットをかぶってるミリタリーみたいなコスのイカみたいなのが出迎えた。狡噛くんち、うちから距離なくはないし、車でも二十分はかたいだろう、こないだうちでお風呂入って行ってもらって本当によかった、すっごい出てくるの早くて心配だったけど、家の暖房はガンガンに点けておいたし、あれから風邪を引いているような感じもなく元気にしてくれていたので、大丈夫だったとは思う。
「ん、…あれ?狡噛くんって、イカは大丈夫なの?合成の魚類はダメだよね、」
「なんで知って、……いやいいあんたはそういう人だった。それに、まあ、こいつはただのマスコットみたいなもんだから」
「そうなんだ、軍関連は好きなの?」
「嫌いじゃないな。今なにか飲むもの持ってくるよ、何がいい?」
「あ、私も行っていい?」
「なんも面白いもんないぞ」
人工知能アバターを消した狡噛くんと、二人靴を脱いで、苦笑する彼を追いかけてお邪魔した。コーヒーを作ってもらって、狡噛くんがミルクと砂糖を出してくれたのでありがたく受け取ろうとしたら、彼がそのままいい具合に入れてくれた。入れながら、ホントに甘くするの好きだよな、としみじみ落とした狡噛くんになんだかむずがゆくなった。…多分オフィスで相当に見られていたらしい。
狡噛くんが二つカップを運んでくれて、適当に座ってくれと言うので、狡噛くんが腰を下ろした反対のソファへ座ったら、そこがの適当か、と悲しい顔をされた。うっ可愛い。
「…どこに座ったらいいの?」
「となり」
そこを手でぽんぽんする狡噛くん。最初から素直に隣に座っていた方が恥ずかしくなかったかもしれない。そこに座りなおして誤魔化すように、甘くしてもらったコーヒーを飲んでひと息ついたら、腰に狡噛くんの腕が回った。何かと思って彼の顔を覗き込んだらいっそ恐ろしいほどに深刻な顔をしていた。どうしたんだろう。凄いシリアスな感じだ。そのうちに彼が腰に回していた手が上がってきて、私の肩をしっかりとつかんだ。彼の眉間は若干険しいことになっている。
「…、その、」
「うん」
「いや、だな…、」
「凄い言いにくそうだね、どうしたの?狡噛くん」
狡噛くんは、意を決しました、みたいな表情で迫真めいて私と真っ直ぐに目を合わせた。その瞳は自信なさげに揺れていた。私何かしただろうか。
「俺たち付き合ってるんだよな」
はい?
「えっ待って、付き合ってなかったの?」
「いや、違う、そうならいいんだ、俺はその、付き合ってると思ってた」
「えっ、私もそう思って、え、違うの?ごめん、」
「だっ、内藤にからかわれて、」
そのまま私の肩口に倒れ込んできた狡噛くんの耳は熱い。それになんだかデジャヴを感じた、私の思考がこんな風に停止したことが昔もあった気がする。
――そうだ、あれは狡噛くんに名前で呼んでいいよといったらまさかの下の名前を呼ばれた時だったか、あの時の私は局長の名前だったから反応が大層遅れたが。今の狡噛くんは私を呼んでいて私を認識して私を好きでいると言っている。奇妙だ。奇跡だ。でもからかわれたって、それって狡噛くん、
「私狡噛くんに、誰とでもキスするし出かけるし家にあげるしあがる人って思われてる?」
「な、思ってない、でもお前出かけはするだろ、」
「う、でも内藤とは出かけないよ」
「まだ勘違いしてるかもしれないから言っておくが、俺はお前が他の男と出かけるのが嫌なんだ、別に佐々山が嫌いなわけでもラーメンが食べたいわけでもない」
「……でもみんなそんな気ないよ」
「そうだ、だから折れただろ、でもこれからは俺との時間も考えてくれ」
「善処します……あの、その、やっぱり、嫉妬ってことだったの?」
「……そうだ。…お前、未だに俺のことを名前で呼ばないし」
「え、」
「俺はお前に名前で呼ばれたい。呼んでほしい」
確かに、確かにそうだけど自己主張をされても。お願いされても…。なんだか恥ずかしい。狡噛くんが私のことを名前で呼び出したから、なんか、そんな感じだったから、そうなのかなって思ってたけど、私はずっと狡噛くんって呼んでいるし、彼がからかわれて疑問を持つのも無理ないのかもしれない。…しかし、そういえば私は年上だ。一歳や一歳ではない。二歳も年上だ!たかが二歳!されど二歳!ペースを乱されてはならない。こういうのは相手に主導権を握らせたら最後までからかわれてしまう気がする。…歳関係ないな。いっそのこと潔く呼んで相手のことを恥ずかしがらせるにこしたことはない!はずだ!
「……、その」
「」
ミスってしまった。私は何で名前を呼ぶ程度でこんなにも緊張しているのか。ぐっと顔を近づけてきた狡噛くんが悪い。私は君の顔の造形にまず弱いということが分かってない。今ではさりげない優しさとか、はにかむ表情とか、決して強要しない、人を尊敬する姿勢とか、なんか、もう狡噛くんの存在全部が好きになってしまったんだけど。ふと気づくさりげないことにたまにときめいてるのは内緒だ。
「」
「……慎也、くん」
「…もう一度だ」
彼がよっかかっていた身体を離して私の顔を凝視している。目を逸らし続けていると後頭部に手が回って固定されてしまった。
「慎也くん、はなして、」
「」
彼が私の唇を塞いだ。何かそういう雰囲気を感じる、私の頭は熱暴走しそう、やばい危険を感じる。何して遊ぼうかなとかアホみたいなこと考えて来たのになんか不健全なことが始まろうとしている気がする、まだお昼な気がする、待って待って待って待って待って「待って狡噛くん、」「名前」「慎也くん、あの」「悪い、可愛くて。止まらない」「かっ……!?」
困ったようにはにかむ狡噛くんは私の額や頬や鼻先、色んなところにキスを落として、見つめ合って息を吐いた狡噛くんの方が可愛かったので、どうにかこう雰囲気を変えたい、あと可愛い、「こうが…慎也くんの方が可愛いよ!」彼の片眉がぴくりと上がった。慎也くんが私の唇を塞いで、角度を変えて数度口付けて、どうやって息をするんだか忘れている私が苦しくなって口を開いたところで、ぬるりと熱いものが入ってきた。「っん!?」驚いて首がひければ、後頭部を支えていた彼の手がぐっと私の頭を引き寄せて、深く交わった口内で彼の熱い舌が私の舌を絡めとった。もう無理、酸素ない、彼の肩を軽くたたいて合図しても慎也くんは中々離してくれない。「っん、んん、」零れそうになったどちらのものかなどとうに分からなくなっている唾液を飲み干そうとしたがそんなに器用にいかなかった、口の端から垂れていって、頭がくらくらしてきて、慎也くんはやっと私を放してくれた。「っはあ、っは、あ、慎也くん、」ごくりと誰のものか分からない唾液を飲み込んで、彼の肩を手で押さえたまま私は呼吸を整えている。おかしい。慎也くんがピュアじゃない。いつどこでどうしてこんなことを覚えたんだろう。
「」
息が整い始めたころ、心地いい低音で私の名前を呼んだ慎也くんの顔を覗き込んだら、ごめん、と呟きながら彼がゆっくりと私を押し倒して一言、「抱きたい」と言った。
「っだ!?…っえ、…ま、まだ昼、だし、私夜帰るつもりで、あの」
「俺は前回も我慢してた」
「え、ごめん知らなかった、ごめ、ごめん…」
「いや、いい。前回はお前の家にいく予定でもなかったし。それに、どうせまた気付かないだろうと思ったから直球で言っただけだ」
二度同じ失敗を繰り返す趣味は無い、とジト目で照れている慎也くんは凄まじく可愛い。言ってることはザ・エリートって感じだけど照れ隠しだ。可愛いけど可愛いけど可愛いけど!何を言っているのか分からなくはなってきた!私慎也くんのこと好きだよ、好きだけど、えええ、でも付き合う前は結構長いこと交流してたし、いやでもこんなプライベートになってからはそんなに経ってないというか、手が早いというか、軽いというか、いやそんなことはない、多分そんなことはない、世間の恋人はこんなもんなのかもしれない、いやでもだってあの!
「…嫌か?」
「っちが!嫌じゃない、けど、あの、日が高いです」
「お前明日も朝から出勤だろう、遅くまでいるのか?」
「っだから夜帰るつもりで、ってそうじゃなくて、そういうつもりで来てなかったというか、あの、」
「…いやだ。俺はお前に触れたい。それに、男の家に上がるんなら覚悟を持ってこい、例え泊まらなくてもな」
「……じゃあ!!もう今日慎也くん家に泊まる!泊まるから、数時間心の準備がしたい!」
「またお預けか。いいよ、夜まで我慢する。お前の躾がよかったから、目の前に餌があっても行儀よく待てる犬に育ったよ。精々後悔するこった」
こんな狡噛くん知らない! 耳元で囁かれて心の中で悲鳴を上げていたら、彼は私の頭をくしゃっと撫でて、ぱっと退いて雰囲気を切り替えた。数時間後に手を咬まれると分かっていてどうして落ち着けるだろうか、でも一方的にやられているのは性に合わない私は、我慢すると言った彼の言葉を逆手にとって、まず彼に思いっきり抱き着いて頭をぐしゃぐしゃ撫でまわすのだった。
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