あしらう
「キスしてえ」
「キスしてえ」
「チューしてえ……」
ほっといたらいつまでも言ってるだろうな。分析室、こちらは真流さんとデータ洗いに詰めっぱなしだと言うのに、佐々山は早々に俺の仕事じゃねえ……と力尽き後ろのソファでだらけている。完全に後ろへ首を寄りかからせ天を仰いでやがる。
真流さんが昼に抜けたのを見計らって発言したのならばまだマシと思ってやるべきだろうか。仕方がないから何なのか聞いてやり、それから駄目そうなら宿舎へ帰そう。
「何度も言うな。それを俺に言ってどうしたいんだ、気色悪い」
「決まってんだろカワイイ女紹介してくれ。または次の休みソーイウ店連れてってくんない? ああモチロンお前も楽しんでいいんだぜ、連れてけじゃなくて付き合うでもモ・チ・ロ・ン・オッケー。待ってるだけじゃ暇だろ?」
「わざわざ色相に影響が出そうなことをする必要ないだろう、バーチャルで充分じゃないのか」
「分かってないねえ。キスがしたいのよ」
「うるさい」
頭を抱えていると、シュンと扉が開いた音がした。誰か佐々山を止めてくれる人が現れるのを期待したい。帝塚さんとか。
「狡噛くん。あ、佐々山もいる。真流さんの顔が死んでたから様子見に来てみたんだけどどんな感じ?」
まさかのさんか。よりにもよって。犠牲者になりそうな人が……。希望は断たれた。
「さん。ええと、今は……」
説明している間にも、俺は佐々山の視線が気になっていた。さんは俺の話を聞きながらスクリーンを覗き込んでいるので気が付いていないようだが、……。閲覧データに音声が付いているものだったのを良いことにさんの頭に大掛かりなヘッドフォンを失礼する。これ聞いてください、とジェスチャーで伝え、ふんふん頷いた彼女を放り、小声で佐々山に注意に走った。いい加減にしろお前。
「佐々山、お前キスがしたいんだよな? なのにどうしてさっきっからさんのスカートばかり見てる。やめろ、セクハラだぞ」
「は? キスがしてえんだよ」
「は?」
「つまりキスよ」駄目だコイツ。つまり。
「はっきり言った方がまだマシなんじゃないかと思えてくる。佐々山お前いつから遠回しな表現なんて覚えたんだ」
「ん?お前ようやく察せるようになったのか。まさかの成長だぜ」
佐々山はヒューと口笛を吹いて席を立つ。佐々山がいきなりさんのヘッドフォンを垂直に取り去ったのと「あ!」さんが椅子を立ったのは同時だったようだ。「イッテェ! あーもーいつもんことだからいいわ。それよりもそう思わない?」「え?何が?ごめん聞いてなかった」「狡噛が俺の隠語を察した」「良かったね~」「光留くん嬉しい」「それより佐々山これどう思う?」「は? お前の着眼点ウンコ」「ムカつく」 さんが凄い顔して佐々山からヘッドフォンを取り返した。佐々山はやれやれ┐(´-`)┌として俺を振り返りソファの隣へと戻って来る。腰を下ろした佐々山の視線がさんの尻を凝視しているのが嫌でも分かってどうしたら良いのか遠い目をせざるを得ない。頭が痛くなってくる。
「なあ狡噛」
「……なんだ」
「お前ホントに分かってる? 俺、アソコとアソコでキスしたい、つってんだけど」
「は?」
「つまりチ「言わんでいい」ケチ~お兄さん泣いちゃう~」
さんは、女性だ。せめてこの場に居たのが俺と佐々山だけならば、真流さんであっても、まあなんていうんだ、一応同姓であるし、異性よりはセーフだったんじゃないだろうか。いや全部アウトだが。
「狡噛くん」
バッと振り返ると、さんがヘッドフォンを首にかけて俺を見ていた。口が引き攣る。頭が真っ白になる。
聞かれていただろうか。俺が悪いのか。俺だって被害者なんだが。たかがこんなことで少しでも嫌われるのは悲しすぎるだろう。物凄いセクハラを“こんなこと”と割り切ってしまう俺が良くないんだろうか。そうだな。色相が少しくらい濁っていた方が良いかもしれない。さんは大げさに首を傾げている。
「。そのデータもウンコだと思うぞ俺は」
「トイレ行きたいなら行ってきたら?」
「刑事の勘がおトイレの勘になって堪るか」
「宿舎に強制送還かエッチな違法サイト見ながら仕事するか選んで」
「この佐々山光留、喜んで仕事させて頂きま~す!」
佐々山がさんの隣の席に座り、「しゃ~ね~からやるか~」とやる気を出している。よりにもよってとか思ってすみません。俺は普通にさんを尊敬した。
←