ピヨる 「ひよこ…!」

 ぴよ。ぴよぴよぴよ。ぴょ。

「やば。狡噛さんがいっぱいいる」
「どっかの狡噛に盗聴器ついてるはずだ」

 ぴょ。ぴよぴよぴよぴよぴよ! 手を伸ばすと、ふわっと羽毛に触れた。なんて癒し。そういう意味で、ぴよ噛くんと名付けたのなら、佐々山は天才だったのかもしれない。まさに。

「か~わいいね~、ふかふか、もこもこ、まあるいねぇ」

 ぴよぴよは、私の手から逃げるように隅に寄って、おしくらまんじゅうみたいになってしまった。「こわくないよー」優しく彼らの頭や身体を指で撫でてみると、この癒やしの丸っこいぴよぴよは目を細めてくれた。癒し。癒し。

「なまえさん、おばあちゃんみたいですよ」
「だっ、て、かわ、かわいくない…?」
「ついでに仕分けとくか。メス、メス、メス、メス、ハイこいつもメス、こいつも、こいつも、――」

 佐々山が凄まじい勢いで仕分けを始めた。ぴよが若干怖がっていて可哀想、もう少し優しく扱ってあげて欲しい。にしてもなんて速さ、とてつもない速さ。内藤と顔を見合わせる。なんで分かるんだろう。すごいね。テレパシーかな。佐々山さんさすがですね。ね。シンパシーを感じる。

「あ、こいつじゃね?ほら」
「分かりやす…これはオスですか?」
「おう。お前見分けられんのか」
「はい。佐々山さんの表情で」
「あ?」

***

「っていうことがあってね。すごくね、かわいかったの…ぴよ…!」

 ビルエントランス、一緒になったさん、が。昨日こんな事件があったんだよ、と、…さっきからぴよぴよ言ってくる。その度にソワついてしまう俺がいる。…佐々山のせいだ。

「ひよこってホントにぴよぴよ鳴くんだね。本物初めて見たの。狡噛くんも鳴いてみない?」

 期待に目を輝かされても、応えたくはない。俺は思考を明後日に途方に暮れる。彼女の思考は時々分からない。

「…どういう理屈なんですか、それは」
「狡噛くんは可愛いから、ひよこ着ぐるみのホロとか着たら、見た人みんなの色相がクリアになるという理屈。ぴよって鳴いたらもっとクリアに…!」
「濁ると思いますよ」

 野郎のそんな姿なんか見た日には俺は少なくとも愉快な気持ちにはならない。言い放つも、さんはむっとした顔で俺に詰め寄り始めた。

「濁らないよ!綺麗になるよ!もう、まるっこくて、ふわふわしてるところなんて、狡噛くんとそっくりだったんだよ…!」

 ホールドアップしながら一歩ずつ後退るが、遂に壁に押しやられてしまった。俺を見上げている彼女のコロコロ変わる表情が可愛くて、大分何言ってたか頭に入りづらい。

「狡噛くん…ぴよ噛くん…」
「やめてください」
「狡噛くん…!丸くて…ふわふわ…ぴよ…!」

 全く以てさんのセンスが分からない。一体俺のどこが丸くてふわふわだというのか。筋肉とかゴリラとかガチムチとかは言われたことあるが、丸くてふわふわはない。絶対にない。それはあんただろ。

「ぴよ…!」

 これ以上寄られると当たる。息を詰めながら顎を引くが、さんがぐっと顔を近づけてくるもんだから堪ったもんじゃない。「ぴよ…!鳴いてみて?」「鳴きません」何なんだこの状況。どうにか打破しなければ、やばい。この人は自分の胸囲をきちんと認識しているんだろうか。それとも日々育っているから把握できていないのか?やはり胸囲判定が更新され続けているんだろうか。彼女が口を尖らせている。

「ぴよ噛くん」
「俺もあんたのこと蔑称で呼びますよ」
「えっ?愛称だと思うよこれは。…っていうか待って、私、蔑称なんてつけられてたの?」

 まずった。口には出せない。出せるようなものではない。なぜならば、…胸が喋ってる人、とか、話が頭に入ってこない人、とか、…きょういの人。とか言われているのだ。たまに彼女のことをそういう風に呼んでいる人間がいるのは知っている。あまりよくないとは思うが、……。さんが俺を見上げている目つきが鋭くなってきている。

「狡噛くん、どこの係の誰が何て蔑称で私を呼んでいるのかについて、報告を求めます」
「あの、いえ、俺の口からはとても」

 仕事モードでしゃんと睨まれ、可能な限り上体を引けど限界だ。本当に近い。もうこれ以上は。迫ってこないでください。本気で当たりそうなんでやめてくれ。覗き込むのも可愛いからやめてくれ。まずい俺何言われてたんだっけか。俺はなんか試されているんだろうか。この小さな背中に腕を回して抱きしめたならとか、顔を近づければその唇に触れられるだろうとか、思考が巡る。…佐々山に悪影響をもたらされていないか。最近思考が際どい自覚がある。

「狡噛く~ん」
「さ、佐々山にお願いします!俺の口から本人に言うのはさすがに色相に関わります!」

 何とか腕を起動させ、彼女の肩を掴み引き剥がして、適当なことを言い逃げた。久しぶりにを階段を駆け上がっていく。それなりの筋トレになりそうだ。

**

 狡噛くんに逃げられ、一人悲しく出勤、刑事課オフィス。本日、一係である。おはよう一係。して。
 毎度のごとく遅れてきた二名に、私のあだ名――胸が喋ってる人。経緯まで聞いた私はわなわなしている。

「佐々山のあほ。ばか。メット頭…!」
「喧嘩売ってんのかてめえ。売ってんだな?買ってやるよ。そこに直れ。俺がお前の巨乳をもみ倒して飲み干して小さくしてやる」
「うわ、佐々山さん気持ち悪」
「メト山って呼んでやる」
さんセンスないっすね、メト山じゃ何を目指してんのか全く分かんないですけど」
「発祥が佐々山だなんて思わなかった。正直ちょっと失望した」
「定着しちまったのはまあ悪かった。最初にぽろっと本音がだな」
「佐々山さん、サイテー」
「内藤うるせえ裏声やめろ。お前どっちの味方なんだよ。お前もなまえのことそう呼んだことあるだろうが。お前は俺の味方であるべきだろ」
「マジすんませんっした。でも全部事実なんですからしょうがなくないですか?」
「二人とも反省してるようには思えない…!!」

 へらへらしている佐々山のヘルメット頭はまるでひよこじゃない。野球でもやってたらいいと思う。「内藤、二度寝に出戻らない」「へ~い」抜き足差し足していた内藤を注意し座らせる。内藤はやっぱりちゃっかりしている。

 はあ。癒し、癒しが欲しい。疲れ切った私はデスクに突っ伏した。朝から会えたのに、狡噛くんは頭を撫でさせてくれなかったので、さっき補給した狡噛くん成分は既に底をついてしまったのである。またお昼にでも会いに行こう。佐々山と内藤が何か喋り始めたのが聞こえる。デカいとか言うのは聞き飽きている。私と目を合わせて話してくれる男性は、狡噛くん、和久さん、宜野座くん、征陸さん平光さんくらいだ。天利も同じ目に遭っているんじゃないだろうか。青柳ちゃんは見せてる強い女。どうして男性はそんなに夢を見ているんだろう?詰まっているのは脂肪に過ぎない。狡噛くんのふわふわぴよぴよ頭の方がよっぽど癒されるのに。皆分かってない。ぴよぴよ頭、残念な意味では全くない。彼を眺めているだけでそれはそれはもう癒されるのだから。「なまえちゃ~ん」何メト山、と顔を上げたら、「狡噛くん!」が廊下に見えて立ち上がる。「あ」と何やら口を開いた内藤。狡噛くんは肩で息をしているようだ、やっぱり階段で来たのかもしれない、ガッツのある若者。膝裏に、勢いよく立ち上がって後ろに行った椅子が戻って来たので振り向けば、佐々山が地に伏していた。また変な挙動してる。全然気配を感じなかった。

「忍者にでもなったら?ニン山。向いてると思う」
「うる、せえ、……くっ………」

 シュン、と扉が開いてそちらを見れば、少し赤い顔をしている狡噛くんが、こちらを覗いていた。

「……佐々山、お前また何かしようとしたろ」
「なんで。なんでだ?こいつ胸からなんかの電波でも発してんじゃねえのか?狡噛お前受信してんのか?だとしたらお前が一番えろがみだな。ぴよ噛やめろよ。卒業だ。今日からお前はエロ噛に改名しろ。ほら返事しな、エロ噛」
「メト山、10分間発言を禁じます。狡噛くん、どうしたの?」

 佐々山を捨て置いて、わなわなしている狡噛くんを撫でるべく近寄り用件を尋ねてみる。用件がなんであれ行かせるつもりはない。

「…三係に行くのに通りかかっただけです」
「そっか。狡噛くん。膝に手をついてかがんで?」
「はい?」

 従順な彼の頭をぐりぐり抱え込んだ。狡噛くんは硬直している。「最近女帝みたいになってきやがったな……」はあ。ふわふわだなあ。まあるい。癒やしの形だ。そういえばねこちゃんも丸くなるなあ。やっぱりねこちゃんに癒やしを求めたいかもしれない。でも狡噛くんの頭の方が好き。

「狡噛くんの頭はどうしてまあるくてふわふわしてるの?可愛いから」

 狡噛くんは無言で硬直し続けている。息ができないのかもしれない。いやいやもっと撫でてかもしれない。ひたすらに撫で回させてもらう。何でこんなに癒されるんだろう。狡噛くんは可愛い。「クッソ、エロ噛そこ代われ」「狡噛さんって結構ちゃっかりしてますよね」「狡噛くん、ぴよって鳴いてみて?」「谷間に詰めて言う言葉じゃねえだろ」「鬼畜ですねー」酸欠になったら素のぴよって声がでないかな、みたいな。狡噛くんは多分人間なので出ないような気もする。可哀そうに。でも何がどう転んでも癒しだからありがとう。ありがとう狡噛くん。色相がクリアに保たれるよ。

「っわ、あ」

 てんで動かない狡噛くんを胸に抱え込み撫で回し続けていると、ぐっと力が抜けて、彼の体重で尻もちをついた。彼の頭を離すと、……ぐったりしている。真っ赤な顔で目を閉じている。

「狡噛くん、狡噛くーん……?」

 目の前で手を振ってみるも、「うわ、マジでぴよってる。カワイソ」「正真正銘のぴよ噛ってなー」……刺激が強かったのかもしれない。内藤と佐々山が私の背後から、本当に気の抜けてしまった狡噛くんの端正な顔をつついたり前髪を持ったりして遊び始めた。頬をぷにぷにされている狡噛くんはとても可愛い。でも気絶させちゃってごめん。私は自分の脅威判定を更新すべきかもしれない。ごめんね狡噛くん。でもデコポンじゃないから許して欲しい。やっぱり狡噛くんは純粋で純真でとても可愛い。頭にぴよを回らせてしまったなんて。でも私はぴよって言って欲しかっただけなんだ。いつかリベンジしよう。ごめん狡噛くん。とにかく。

「二人とも、医務室に運ぶの手伝って…」
「ここに転がしときゃそのうち起きんだろ」
「セクハラで始末書書きたいの?内藤も」
「まじすいませんでしたー手伝います手伝わせてくださいー」