セクハラする 「なあ狡噛。真面目にだ。部下の相談に乗ってくれないか」
「何だ?どうした、珍しいな。何か不自由でもあったのか?」
「ああ。刑事課七不思議だ。、アイツ。いつもセクハラ神回避すんだよ…。なんでだと思う」
「………知らん……」

 休憩室、先客だった佐々山は、大真面目な顔で俺に缶コーヒーを投げつけ言った。も。がく、と肩を落とす結果となった。

「セクハラを悪だとするならば、あいつはアゲマンだ。が、俺のセクハラは正義であるので、あいつはサゲマンだと推測できる。どちらが正しいかは、自分で判断しろ」
「何をどう判断しろっていうんだ。そういう言葉を公共の場で使うな」
「うるさい。しれっと単語知ってるむっつりスケベ噛に言われたかないね。俺はこれからを観察しに行く。付いてきたいなら勝手にしろ」



 …結局、まずは自分の手と足で真相を確かめなければ、と休憩室を飛び出した佐々山を追いかけた。コイツのセクハラを看過するわけにもいくまい。いつも声かけるから回避されるのかもしれねぇな、と言った佐々山は、無言で前を歩いていたさんに飛びつこうとし、…しかし、俺が取り押さえるまでもなく、つんのめってこけていた。

 二度目。先回りだ、と彼女がやってくるであろう廊下の角から佐々山がタイミングを見計らって飛び出すと、「あ!」ドンガラガッシャン。さんが急に踵を返して戻って行ったのだ。「……佐々山?」「…お前何なの?何でなの?お前ぜってーアレだろ、食パン咥えてバッタリできないタイプ」「何の話?――っあ!狡噛くんだ」「……はい」「どうしたの?」「…いえ、ちょっと」「そう?忘れ物しちゃったから、またね」彼女が上げた手に頭を折ると、彼女は嬉しそうに俺の頭をわしゃわしゃ撫でて行ってしまった。佐々山が俺に放った、犬、という単語にイラついた。

 三度目。そろり、と佐々山が手を伸ばした。さんの胸に。「――佐々山お前「っぐ」……いたそ…」
 …さすがにピンポイントで狙ったのが分かって止めたが、さんが、え?と振り返り、その肘が佐々山の顔面にキまったのだ。

「……また佐々山?狡噛くんも。今日はよく会うね」
「そうだな。今日のところは諦める。身がもたねえ。だが俺は絶対に諦めないからな、覚えとけよ」

 行くぞ狡噛、ボロボロの佐々山に手を引かれる。不思議そうな顔をしている彼女が手を振ってくれた。癒された。

「狡噛。どう思った」
「どうもこうも、お前人にセクハラするのはよせ」
「だから!セクハラできてねーだろうが!あっ天利、相変わらずデケェな!」「っひあ!?ちょっと佐々山さん!」「っぐ!~~~っ!!!」ゲシッ、天利が佐々山の脛を蹴ったのだ。…天利は格闘戦できるんだぞ。「狡噛さんも!止めてくださいよ!もう!」「…すまん。いや、本当にすまん」「もう!報告書まけてくれたら許してあげます!」「……今回だけだぞ」「やったー!アンラッキーのちラッキーです!」彼女の背を見送る。

 唖然としてしまっていたし、止める前に佐々山が手を出していた。もしかしなくても、さんは背中に目でもついているのだろうか。または、未来が予測できるとか、何らかの不思議な力を持っている。千里眼とか言ったんじゃなかったか。いや、第三の目?シックスセンス?――ダメだ、混乱している。

「花表ちゅわ~ん!バッサバッサといいお尻!」「…ジャーマンスープレックス、と見せかけて目つぶし」「ギャッ――~~~~っぐぇ、」「狡噛監視官。いらしたなら止めて頂けませんか」「……すまん」「和久さんに報告しておきます」「やめてくれ」「報告書を免除してください。そしたらばばーんと許します」「……わかった」

 そう、佐々山のセクハラは避けようと思って避けられるものではない。ヤツは完璧にタイミングを分かっている。避けられないところから、分からないように、やるのだ。「げ、女帝!」やって女性に殴られるまでがセットである。「――佐々山、お前また女性にセクハラを行ったそうね」とにかく、だめだ。「ははーん?女帝もされたい?」このまま佐々山の傍に居たら冤罪が増える。「煙草の購入申請を全て却下したわ。減給もされたいようね」確かに俺は佐々山を止められなければならないのだ。「はいはいすんませんマジで悪かった勘弁してくれ」直属の担当ではないとはいえ、ヤツは執行官で俺は監視官で「狡噛君、狡噛君――狡噛君、ちょっと、聞いているの?」ぽん、と肩を叩かれた。「――え、あっはい!?」「佐々山もらうわよ。全く、君がついていながらセクハラを許すなんて」「すみません帝塚さん、」返す言葉もなく、と眉を顰めて恐ろしいオーラを放っている帝塚さんに言い訳をする。全然聞いてなかった。やってしまった。佐々山が引き摺られていくのを頭を下げて見送った。

 それにしても、どうしてさんは神回避を行えるんだろうか?幸運なのか?些か超常現象のような、…まあ、確かに、刑事課七不思議。佐々山が称したそれはあながち間違いでは無いのかもしれない。



 こうして、さんの謎は深まるばかりだった。共に夜も更けた頃。こりゃ家につくのは23時回るな。今日のシフトは元々少し遅かったとはいえ、…佐々山のヤツ覚えてろよ。天利も花表も。期限明日なのにほぼ真っ白とかあいつらどうなってんだ。
 もう佐々山とオフィスで共に居るのはやめよう。努力はするが、あいつのセクハラが止められる日が来るとは到底思えない。正直言って自信が無い。疲れた。帰ろう。目がしばしばする。

「あれ、狡噛君?随分疲れた顔してる」
「…デスクワークが、少し」
「溜め込んじゃったの?でも無理はよくないよ」

 さんだ。ありがたい。顔が見れただけで疲れが幾分かマシになった。会えて嬉しい。さんが手を伸ばしてくれたので、いつも通り首を折った。デカい。わしゃわしゃ俺の頭を撫でた彼女の胸に、俺も、ふと手を伸ばしてみたが、「っわ!?」柔らかい。「…あれ」「っえ、ちょ、」「……っすみません!!」タッチしていた手を慌てて離した。口元が引き攣るのを感じる。残業で疲れ果てた頭は回っていなかったらしい。柔らかかった。吸引力が凄い。触れたら手が離せなかった、離れてくれなかった。というか、さわれた。セクハラに反応するわけじゃないんだろうか。さんが真っ赤な顔でどぎまぎと俺をうかがっている。癒しだ。大変可愛らしい。好きだ。――いや、そうじゃない。俺は今なにをした?

「こ、狡噛くん、腕がバグっちゃったの?そ、そういうときもあるよね!」
「いや、その、いや、すみません」

 謝り倒すしかない。紛うこと無きセクハラをした。嫌わないで欲しい。嫌われるのが怖い。しかしそういうことをした。しかも感触が忘れられない。俺は最低かもしれない。はあ。時々自分が嫌になる。もっと純粋だったあの頃に戻りたい。でも毎日毎日俺の頭を触って煩悩を刺激してくるさんにも責任の一端はなくはないだろう。何故ならばそのために頭を折らねばならない即ち彼女の胸の膨らみを凝視することを強いられているんだから仕方ないだろう。
 とにかく、俺は一つの結論確証推測を持ちえたわけである。さんは佐々山のセクハラにのみ反応する可能性が高く、セクハラそのものに反応しているわけではない。さんには特製佐々山レーダーでも搭載されているのかもしれない。だが、たった一度の結果で判断するのは早計ではないだろうか。もう少し検証が必要だろう。やめろ。検証してはいけない。必要ない。解明したい。しなくていい。解明するにあたり様々な問題が発生する。やめておけ。触れたい。違う。やめろ。とにかくさんには佐々山レーダーが搭載されている、そういうわけにしておこう。そういうことにしておこう。今の俺の頭は信用ならない。己が一番分かっている。

「私も触っていい…?」
「は?」
「えいっ!」

 うわ。さんにセクハラするのもう止めよう。心臓持たん。