抱き着く 「佐々山のばか!アホ!まぬけ!どじ!」
「うるせえ。雨降ってたんだから一緒だ」
「一緒じゃないよ!メイクだって溶けて落とす羽目になったのはあんなに勢いが良かったせいだよ!なんで水道管デコポったの!?」
「巻き込み事故だ。仕方ねえだろ」

 向こうから、遠目でも分かるほどに濡れ鼠な佐々山とさんが戻って来ていた。…さんが佐々山のジャケットを羽織っている。ポケットチーフが覗いているので確定だ。…佐々山を、評価するべきだろうか、咎めるべきだろうか。
 ドローンが彼らにタオルを差し出している。そのタオルを乱暴に奪い取った佐々山が、さんのお怒りを気にも留めず、ガシガシ頭を拭き始めた。…まあ、残念ながら、捜査中以外、さんは大体何をしていても可愛いが勝つので仕方が無い。

「怒られるの私だよ!?もうちょっと考えて欲しい!」
「怒られんのも上司の役目ってな」

 佐々山が、使っていたタオルを彼女にぶん投げ、それを顔面で受け取ったさんは、今まで羽織っていた佐々山のジャケットを脱ぎ、佐々山の顔面に投げ返している。…相変わらず仲が良い、というか。

「佐々山のデコポン!」
「っるっせーな。みかんじゃねえしチェリーでもねえよ俺は」
「デコ山」
「ふざけんなぶっ殺すぞ」

 …佐々山の手がわきわきしている。さんは使用済みタオルをドローンに預け、新しいタオルを受け取り、些か乱暴に、憤慨しながら顔を拭っている。佐々山は鼻の下を伸ばしながら彼女の胸元を凝視している。……色々と察するに、さんの下着が透けている気がする。透けているのだろう。タオルを頭から被って髪を拭き始めたさんはおそらく、気付いていない。佐々山の手がわきわきし続けている。伸びていないだけマシなのだろうか。そういえば、佐々山がさんにセクハラをしているのをあまり見たことがない。特別性を疑うべきだろうか。
 俺は己のジャケットのボタンに手をかけた。既に濡れている佐々山のジャケットよりはマシだろう、オマケに煙草臭いだろうし。とにかく俺が嫌だ。彼らの元に近づいていく。がっつり透けている下着は、パステルカラーだ。

「佐々山お前、また無茶したのか。さん、お疲れ様です」
「おう狡噛。生唾飲み込んでんぞ」
「何の話だ」

 目を逸らそうとしたら顔ごと逸れた。佐々山に声をかけてから、普通に名字さんに挨拶しただけのはずだったのに。クソ、やっちまった。最悪だ。気付いていた、見ていたと言ったようなもんだ。「嘘だよ。鼻の下が伸びてるのはマジだけどな」「うるさい、適当言うな。それはお前だろ」ジャケットを脱いで、タオルも足りなそうだし、もう一体ドローンを呼び出す。「いやいやお前。動揺したのもマジだろ?モロバレだぜ。あっちも――」デバイスを閉じて顔を上げると、佐々山が片手でさんの胸元を指差し、そのまま目が行ってしまって慌てて逸らして、「――こっちもな」…今度は何だ、と佐々山の方を向いて、…嫌なものを見た。自身の股間に手を当てた佐々山が、腰まで回しやがったのだ。気持ち悪い。セックスアピールすんな。思わず眉間を押さえた。頭が痛い。なんでこいつは、こう、こうなんだ。そういうことしか考えてないのか?

「狡噛くん、佐々山のこと叱ってやって!」

 さんの声に、思いきり顰めていただろう顔をどうにか正し、顔を上げた。普段よりあどけない顔立ちの彼女が俺を見上げている。アイラインかなんかが無いんだろう、素の目の形がよく分かった。彼女の丸い大きな瞳が、若干俺を見上げている。いつもより少し薄く見える眉、血色のいい唇。いつも綺麗にセットしているんだろう髪はしんなり降りている。何が言いたいかと言うと、可愛い。の、だが。その下に位置している、透けたシャツと事案な下着が。ばっと顔ごと逸らした。

「――あ!今私すっぴんだ、ごめん、」
「そのままで充分お綺麗です。もっと違う方に気を付けてください」
「ひゅー」

 顔を逸らしたまま、脱いだジャケットを彼女の肩に羽織らせた。佐々山の冷やかしが凄く鬱陶しい。ちらりとさんを盗み見ると、さんは、きゅ、と俺のジャケットの襟ぐりを両手で抱え込んで下を向いていた。彼女の頬は少し赤く染まっている。いつも無遠慮に俺の頭を撫でたりなんだりする癖に何だその反応。俺を殺す気なんだろうか?

「……さすが天然たらし」

 靴先に、何かがコツンと当てられた。さんが靴先を少し当てたのだ。何だその妙に可愛い行動は。よく分からない追撃を食らった。完全にノックアウトだ。ギブアップしたい。これ以上は、さんを抱き締めたくなっている腕を制しきれる自信がない。しかし、彼女の背後に回り込み、にやにやしている佐々山が何かを企てていることは明らかだ。悪く思わないで欲しい、良い口実がもらえた、俺は何を考えているんだ、色々思いながら、いつかのように彼女を引き寄せ、腕の中に閉じ込めた。

「っえ、」
ちゃ~ん」

 コンマ遅く、佐々山の手が空ぶった。「佐々山、お前、女性に軽率に触れるのはやめろといつも言ってるだろ」「お?お?お前それブーメランだろ。今度ブーメランパンツプレゼントしてやるよ」「いらん」佐々山のにやけきった顔が非常に鬱陶しい。俺をおちょくることしか頭に無いだろう。佐々山はズボンのポケットに手を突っ込んで中腰になりながら、俺たちの横に立って、「…ハァ。夢が詰まってる」…呟かれた。どこに、とは聞かないでおこう。懲りずにまた手を出している佐々山を睨み付ける。「ッチ。あとで感触聞かせろよ。じゃあな」佐々山が背を向け、後ろ手をひらひら振って去って行った。…感触。…感想じゃないのか。いや、なんの。いや。…いや。頭が痛い。

「こ、狡噛くん?」
「…佐々山がセクハラしようとしてたので」

 …って、やはりこれも、セクハラなんだろうか。柔らかい彼女の身体が俺に預けられている。…いや、これがセクハラなら、さんは何かしら、毎日毎日毎度毎度俺にセクハラをしかけていないか。よし問題ない。問題しかない。問題ないということにしておこう。ダメだ。自分からしかけるのは恥ずかしくないと言ったら嘘になることが分かった。

「…なんだかよく分からないけど、狡噛くん、狡噛くん可愛い…!ほっぺが赤くなってる…!」
「なってません」

 彼女を解放し、距離を取ろうとしたら逆にぎゅっと抱き着かれてしまい、どうしようもなくなった。どうしろというのか。されるがままになっておこう。彼女を本気で引き剥がせない、俺も俺である。嬉しくないと言うのも嘘になるのだから、しょうがない。