倒れる  良い夕方ですね。私は今、佐々山と一緒に、車内に拘束した犯人を見下ろしています。やっと尻尾を出したので手錠をかけたんです。佐々山は隣で尋問をしているんですけど、凄く表情がドSで私は微妙な気持ちです。一係が追ってた、こないだからの一連の事件なんですけど、ただの怨恨だったっぽい。さらなる黒幕はいないの!?こう、釈然としない。多分いない。釈然としない。
 なんかこう、発端はどろどろの三角関係だったらしい。何かそういうことを、犯人である潜在犯ハッカーが言っている。こないだ帝塚さんと平光さんがやりあっていたやつである。なんなんだろう一体。正直もう聞きたくない。そんなに彼女への愛を語られても困る。佐々山の尋問に精神をヤられてしまった潜在犯ハッカーが堰を切ったように語り始めてしまった。佐々山が私を見た。

「狡噛のこと語ってる普段のお前がこれだ」

 意味分からないことを言った彼の足を踏んづける。ゆるさない。

「暴力女」
「はいはい尋問続けて」
「勝手に喋ってんだからほっときゃいいんじゃないか」

 そりゃそうかもしれないけどカメラ回ってるし。なんかこう、信じられない。このハッカーは色相が戻ったらそういう方面で活躍してほしい。なんかこう、頑張ってほしい。雲隠れの術忍法はそれなりに結構どうしてレベルが高かった。だから要約すると、呆気なく事件は終わった。遺憾の意!喜んだらいいのか悲しんだらいいのか分からない。多分喜べばいいと思う。二係のもそれなりに大変だったけど昨日やっとケリが付いたし。一気に終わった。公安に戻ったら三係へ行こう。狡噛くんに癒してもらおう。私の喜びはそこにある。

 けど突撃三係したら狡噛くんは今日出勤じゃなかったので私は絶望する羽目になった。ついでにふらふらしたので医務室に行った。



、お前も大概アホだな」
「………真流さんだ」
「過労だバカ」
「えっそんなはずな――んん~…」

 ぐらぐらしている。そんなはずないですよと半分叫び出した言葉はすっこんだ。おかしい。そんなはずはない。点滴が刺されている。凄く抜きたい。邪魔くさい。大丈夫だから何か持ってきて欲しい。消化に悪そうなものが食べたい。エネルギーが足りなかったんだ。エネルギー、…エネルギー、狡噛くんは食べたらおいしいかな。おいしそうだな。元気にしてるかな。私は絶賛元気じゃないっぽい。多分エネルギーと睡眠時間のダブルパンチを食らったんだと思う。知ってた。だって狡噛くんを見ていたら癒されて生きれるような気がした。でも狡噛くん不足も著しい。

「寝てろ」
「はらへりで寝れません」
「点滴で足りてる」
「鬼ですか?」

 多分気が抜けたのだ。真流さんに体温計を渡されて測る。絶対問題無いと思う。でも空腹度メーターがあったらそれはそれは異常だろうと思う。あと狡噛くんを撫でたいメーターが欲しい。私は狡噛くんの頭を求めているのだ。シュンと扉が開いた。

「――さん!」
「呼んどいた」
「真流さんは神だったんですね」

 可愛い子がきた。とても嬉しい。真流さんが呆れ顔で私を見ている。ピピッと体温計が鳴った。ほら何も問題ない!ベッドの端に立って私を見下している真流さんにそれを渡す。どうだ!という顔をしていたのに、真流さんはそんな私をガンスルーして普通に体温計を見て仕舞った。物悲しい。でも隣に立ち並んだ狡噛くんが可愛いので世界は素晴らしい。とにかく超絶的なスピードで元気にならなければならない、でも狡噛くんの顔を見てるだけで私は元気だから大丈夫そうだよ天利!次の休みに一緒にパスタのおいしいオシャンティなカフェに行く予定があるのだ。次の休み。…そういえば今日は明日かな明後日かな今日かな。…一日しか寝ていないと信じたい。天利が泣いちゃう。

「真流神様、あの、…今日は何日の何時ですか」
「昨日の夕方医務室に来てばったり倒れて、一晩ぐっすりでもうすぐ昼になる」
「明日の朝に起こしてください絶対ですよお願いします」
「具合よくなってたらな、このあほんだら」

 良かった。一晩ぐっすり。問題なかった。あと一晩ぐっすりできる。真流さんが出て行った。せめて上半身を起こそう、狡噛くんが眉を八の字にして私を見ている。

「起き上がらないでください」

 ください、って可愛い顔で言われたのに、恐ろしいほどに命令形に聞こえた。多分彼は起きるなと言った。起きたら殺すぞくらいに聞こえた。狡噛くんが滅茶苦茶怒っている。結構珍しい気がする。彼は本気で怒った末にへそを曲げると黙り込むのを佐々山への対応で見ているが、…とにかくこれはその一歩手前である。どうしよう。私は狡噛くんに黙られたら更にHPだかSPだかMPだかSAN値だかが死んでしまう自信しかない。どうするのが正解だろう、ちょっと頭真っ白になってきた。沈黙が痛い。何か言って欲しい。狡噛くんを見ると、彼がため息を吐いてやっと口をひらいた。

「……さん、あんたって人は!」
「……こんなはずじゃなかったんだよ」
「働きすぎなんですよ」
「…でもこう、じっとしてられないというか、普段暇だし大丈夫だよ」
「倒れない程度にしてください。…心配するでしょう」

 ぐ。撫でたい。手を浮かせる。けれど彼の頭に手が届かなかった、しかし彼が私の手をとって両手で包み込んだ。……ええ、可愛いことをしないでほしい、布団の上でごろんごろんしたくなってしまう。倒れそうである。既に倒れてた。あとごろんごろんしたら落ちる。だからって可愛い、可愛すぎる、どうしてなんだろう、狡噛くんはこの世の奇跡である。
 しばし奇跡をかみしめていたら、しかし狡噛くんが冷静になってきていて、目じりが赤くなっていた。とてもかわいい。奇跡をかみしめられる幸せがある。
 でもいつまでこうしているんだろう。ちょっと眠くはなってきた、手が温かいから。彼は多分離すタイミングを見失っている。私としてはずっと繋いでいてもいいので離す気はない。そうだ、15分経ったら離そう。和久さんは笑顔でちくりと刺したあと、何かの折に重労働を課してくるタイプだ。とても怖いのだ。彼を帰してあげなければ――しかし、またもシュンっと扉が開いた。狡噛くんがばっと手を離した。かなしい。一体誰だろう。

「――!ボケ!」
「佐々山、には言われたくない!」

 佐々山が入り口付近に置かれているもう一つの椅子を蹴り飛ばして、私のベッドにガァンとぶつけて止めた。狡噛くんが口を引きつらせている。狡噛くんの隣、跳ね返った椅子を少し寄せて、佐々山がドカッと座った。何か嫌な絵面である。説教される覚えはない、多分ない。佐々山がデバイスをいじっている。狡噛くんのデバイスが鳴った。

「狡噛、今送ったファイル見てみろ」
「………な、んだこれ、お前何でこんなの持ってるんだ、個人情報だろうこれ」
「天利ちょろまかして抜いてもらった」
「…アイツ」

 狡噛くんが頭を抱えながら投影スクリーンを見ている。天利はわりとアホの子なので仕方がない。佐々山は腕を組んでふんぞり返って私を見ている。

「お前の睡眠記録だ、バーカ」
「っえええええ、」

 がばりと思わず上半身を起こして、ぐらっとなった私を狡噛くんが支えてくれた。そしてそっと布団に戻された。優しい可愛いありがとう。あのアプリ、アンインストールしよう。ゆるさない。とにかく明日の天利との外出は彼女の奢りに決定だ。とびっきり高いやつ頼んでやる。でもおいしそうなやつがいい。とにかく普段自分じゃちょっとやめとこうと躊躇する価格帯のものにしてやる。天利、天利、天利のアホ!
 佐々山よりあの子はアホなのだ、とにかくアホなのだ。佐々山はアホであほで阿保で乱暴だ。というかどうしてそんなものを狡噛くんに送ったのか、それが一番の問題だ。佐々山の顔面を殴りたい気持ちなので枕を奴の顔面に投げつけてやった。クリーンヒットした。ざまあみろ、と思ったのに投げ返された。鼻が痛い。ひどい。思いっきりやったな。私もやったけど。

「おい佐々山、さんも。というかさん、この睡眠時間はあんまりだ。どうしてこんな生活をしてたんですか。倒れるのは当たり前だ、あまりにひどすぎる。普段から忙しい人だと思ってましたがここまでとは思わなかった。メシもろくに食ってなかったんじゃないですか。大体さんは――」

 佐々山がにやにや私を見ている。狡噛くんがひたすら私に何か言っている。多分怒られている。顔がいいだけで言葉が右から左に通り抜け始めているからご褒美かは分からないんだけれどとにかく私は佐々山に謀られて狡噛くんにお叱りを受けている。この図は覚えがある。

「ちゃんと反省してください、次こんなことがあったら本気で怒りますよ」

 佐々山がべーと舌を出して医務室から出て行った。根に持たれていたらしい。でも佐々山出て行ってくれてよかった、寝てる間に顔に落書きしてきそうで嫌だった。狡噛くんは全くそんな心配がない、とても可愛い。にしても心拍数がこう、こう、動悸になってきたので、多分意識が落ちそう。

「寝てください」

 狡噛くんが私の頭を撫でた。叱られていたはずなのに嬉しくなってしまっている私に更なるご褒美が与えられた。佐々山の謀は完全に失敗である。なるほど、佐々山はもしかしたら私を心配し感謝のご褒美を手配していった可能性がなくもない気がするそうなのかもしれない。それなら大成功である。よく分からなくなってきた。狡噛くんの手は大きくて温かい。瞼が閉じて、おやすみなさい、彼の優しい声だけが聴こえた。