倒す  あっ狡噛くんだ!と思って手を振った。狡噛くんが目を丸くしていた。内藤が私の背を押して止まりかけた足を阻止した。私は内藤佐々山八握と大勢引きつれて廊下を爆走している。平光さんは帝塚さんと頭を使う準備をしている。私はこっちでえーいって走り回っている方が適役だ、帝塚さんほど頭がよくないので!

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 翌日、私は霜村監視官と、二係が今かかりっきりになっている残念難解事件の参考になるものを資料室で片っ端から探し回っていた。しかし佐々山の意識が戻ったと真流さんから連絡が入ったので休憩として30分だけごめんなさいできますかと言って医務室に駆け付ける。霜村監視官は行ってこいと言って下さった。結構私には優しい。何故だかは分からない。多分私の頭がよくないからだと思う。アラームをつけながら資料室の扉を閉めたら、ダッシュである。

 昨日の佐々山は、廃棄区画しかも老朽化がヤバいというのに真っ直ぐと突っ込んで行った、あまりに足が速かったのでドンピシャに狙ってしまった。命中してしまった。私は結構ドミネーターの扱いがうまい。それはうまいんだろうか。とりあえず外したことは無い。だからきっとうまい。医務室の扉をくぐり真流さんが後ろ手に手を振るのを横目で捉えながら走り更にくぐる。

「――佐々山!なんでそういうところがこう、こうなの」
「うるせー、躊躇なくパラるお前に言われたくねぇこの暴力女」
「だってあんな危険な場所を一人で走っていくからでしょ、あのあと目前に天井が崩れ落ちてきたんだよ!」
「犯人はどうなった」
「内藤と八握がしょっぴいたよ…女性は無事」

 佐々山はアホである。被害者は女性とみられた、の悲鳴が聞こえた、窓からちらりと見えた女性と乱暴しようとしている男性、女性は下着だった、以上、お察しください。
 ということで、なりふり構わず走り出した佐々山を後ろから撃ちました。パラライザーでよかったです。感想文かな。
 内藤は“……佐々山さんカワイソ”八握は“…俺も気を付けよ”、八握にとって佐々山はいい教師、…反面教師?何かそういうのになっている。

「――さん」

 帝塚さんが入室されてきた。あの後は現場の処理に時間がかかったので直帰したのだ。今日初めて会う。昨日通信で既に報告は終わっているとはいえ、何かとりあえず言い訳をしよう。

「帝塚さん、佐々山がまたですね――」

しかし私の頭に伸びてきた手は私の頭をがしゃがしゃ撫でている。これは褒められている。褒められている!

「ええ、よくやったわ。佐々山、お前は一人で走り出すのはやめなさいといつも――」

 帝塚さんの手が離れた。手塚さんは恐ろしい眼光で佐々山を射抜いている。すっと席を立つ。お説教は帝塚さんに任せよう。佐々山は死んだふりをしている。自業自得だ。べーと舌を出して佐々山を小馬鹿にして医務室を後にする。あと20分ある、給湯室にいって糖分を補給しよう。なんだか疲れた、ほっとした、よかった。よかったけど、佐々山はアホだ。



 給湯室でコーヒーを入れていた。私の持ち時間はあと15分である。休憩は1時間である?取れないそんなもの。普段暇なときはひたすらに暇だし仕方ない、文句言うつもりはない。まあいいや。だからそのうちに資料室に戻らなければ。けどとりあえずその前にブドウ糖を補給するのだ。
 角砂糖をふたつ、ひとつ、もう一つ入れようかどうしようか。ふたつはデフォルトだ。ひとつは佐々山のせいだ。もう一つ入れたい、さらにもう一つ入れたい、どこまでも入れたい、角砂糖を二つ摘まんだ。何か理由を探そう。

さん?」
「――狡噛くん」

 今日は後出しじゃんけんで尋ねてくる人が多い。耳が生えていたらぴーんとなっていそうな感じに狡噛くんが近寄ってきた、相変わらず可愛い。しかし彼は眉根をびっとして止まった。私の指先を見ている。狡噛くんはコーヒーはブラック派、とは分からないけれど、とにかくそこまで砂糖を入れないらしい。

「……何個入れたんですか?」
「元々好きだからふたつでしょ、佐々山がアホだからひとつでしょ、あとふたつ入れる言い訳を探してるの」
「あんまり入れると健康に悪いですよ」

 狡噛くんが摘まんでいた角砂糖を私の指からさらっていった。二つも。ブラック派なら苦行じゃないだろうか。どうするんだろうと思って見ていたら、少し迷った末に、結局彼はそれを戻さずに自分のコーヒーの中に入れた。なんていい子なんだろう。
 私は冷蔵庫から牛乳を取り出して更に追加する。いつだかこの作成方法を見た佐々山は凄い顔をして気を遠くしていたことを思い出した。私は結構佐々山と仲良しなのにあいつはあいつで全くアホだ。狡噛くんはそんなことない。仲良くはなりたい。いやでもそれなりに仲良しな気はする。けど多分甘いもの好きなのかなくらいにしか思っていないと思う、黙って見ている。いやそこまで気にされていないかもしれない。でも私は甘いものは好きである。というか嫌いなものがあんまりないや。

「何かあったんですか?」
「…聞いてくれる?あっでもあと10分しかない、あ、ああ…」
さん、忙しそうですけど、休めてるんですか?」

 休めてない!今休むのだ!君の顔のおかげで今日の私は凄く休んだ気になったありがとう。甘すぎるコーヒーを飲む。全然甘すぎない。今日に限ってはとても苦いかもしれない。狡噛くんの存在が甘すぎるありがとう。とてもおいしい。狡噛くんは微妙な顔をしている。
 最近全然彼を撫でられていないのだ、もう少し構いに構いたい。構わせてほしい。とりあえず三行にまとめよう。

「昨日の事件、被害者が女性だったから、佐々山が暴走したから撃ったの、今医務室で転がってるけど帝塚さんに叱られてる。四行になっちゃったね…」
「撃っ…、俺は執行官は撃ったことが無いです」
「そりゃ三係のメンツなら撃つ必要ないと思うよ。一係は修羅だよ、修羅だよ!」
「…一係は一番立ち回りの特色が強いと聞きますが、怪我とかしないでくださいね」
「ん~~ありがとう」

 狡噛くんの優しさが優しさだったので撫でようと手を持ち上げたら彼が頭をおってくれた。なんていい子。わしゃわしゃ撫でる。このくせっけは久しぶりだ懐かしい可愛いありがとう。これは寝起きとかだったらもっと爆発しているんだろうか。ワックスかなんかで押さえている気はある。毛だけに。私は何を言っているんだ、

――ピピピピッ

「ああああ」

 5分前着席を心掛けよ!今から走って戻って多分1分前とかになる、やばい、しばかれる!新人の頃にしばかれた記憶が蘇ってくる!今日は帝塚さんじゃないからきっとだいじょ、だいじょう、だいじょば、でも二係の霜村監視官も超怖い!特に顔が!1分前でも許してお願い!二係に寄ってタンブラー持ってくればよかった、どうしよう、飲み切っていない、飲みたい、勿体ない、走って戻らないと間に合わない、マグカップ持って全力疾走はちょっと残念なことになるし着くころには中身ないと思う。どうしよう、

「あとから持ってきますよ、今日はどこですか?先行ってください」
「二係なんだけど、資料室行かなきゃいけなくて、」
「デスクにラップしておいときましょうか」
「ありがとうございます――!」

 だっと走り出すが大変名残惜しい。だってもう少し狡噛くんを撫でていたかった。ぐすん。仕方ない、二係は大変である。といっても一係も追っている事件がある。昨日の犯人の裏に居る人間を炙り出すため裏で頭脳戦をしていた帝塚さんと平光さんは真流さんとハッカーに勝ちつつ何かこううまくいったらしいので頑張ってほしい!息切れしそう!とにかく今暇なのは三係だけである。要約すると私は目が回っている。ついでに忙しいところに入れられるのは自明の理であるのでだって刑事課は万年人手不足です。だから三係には全くいけていない、狡噛くん不足が著しい。でも今顔が見れて凄くよかったラッキーだ久しぶりに撫でられたしブドウ糖と言う名の狡噛くんを補給したぞ!しないと死ぬのかもしれない。多分栄養になる。だから大丈夫、私は死なないわ、エネルギーが守るもの!今日は何を食べようかな!でも多分お昼は食べれない!大丈夫狡噛くんの頭を食べたぞばりむしゃ!そんなこと考えている場合じゃない!ダッシュだダッシュ!全力疾走!



 あれから数時間後、私はやっとデスクに戻った。して凄く膝から崩れ落ちたい。午後勤である神月が下座で笑っている。そういえば霜村監視官は優しかった。1分前にぜえぜえ息を荒立てながら戻った私に1分後に仕事をくれた。優しかった。帝塚さんだったら4分遅いとかいってしばかれてたかもしれない。
 とにかく今、私は胸がきゅんとして死にそうなのだ。だって可愛い。ラップされて律義に置かれているマグカップの横にはBLTサンドとメモが置いてある。なんて優しいんだろうごはんだごはん、しかも狡噛くんがくれたごはんだ、なんて今日は幸せな一日なのか。メモには“あんまり根詰めすぎないでくださいよ”、えっ私を殺したいの?胸がざわざわ森の頑なちゃんだよ。どうしたらいいの。胸がいっぱいでご飯入らないかもしれない。そんなことはないけどそんなことはある。お腹空いた。

「狡噛さんがそれ置いてきましたけど、寂しそうでしたよ」
「……えっ、どこがどういう風にどのあたりが?」
「物足りなさそうな犬の顔をしてました。もうちょい構ってやったらどうっすか?」
「私だって構いたいよ…構いたい、構いたい!」
「俺が監視官なら今行ってこいって言えましたけどね」

 神月が苦笑している。神月はいいやつである。しかし悲しいかな、やっとデスクに座った私はひたすらに報告書を見て真流さんの上げているデータを見て頭を働かせるしかないのだ。一体犯人はどこの誰で何を目的として何がしたいのか。俺たちの仕事っすよと執行官によく言われるけど、部下に仕事ぶん投げする上司になりたくない。誰かさんみたいな人が一人で突っ走って行ったりもするし、誰かが危険に晒されて後悔したりしないように、何よりも誰よりも彼らの思考を理解していればいいだけの話だ、多分。頭を切り替えれば多少濁る色相も全く綺麗に戻るのでとにかく問題ないのである!ラップをあけてサンドイッチをかじる。おいしい!色相が戻らなかったことが無い。あと多分何かあっても狡噛くんの頭を撫でられたら全てが解決する気がする。よし、それはこれからも全くどうして大丈夫だということだ!おいしい!万歳!さて頑張るぞ!