Next 10 「…ッ壌宗!」
「わ、狡噛くん、久しぶり」

 内藤と佐々山を連れ出した外回りから帰ってきて丁度。そうだ、今日あたりだった。彼らが配属になるのは。廊下のど真ん中で前方から声をかけられて、わあまた会えた嬉しいわーいと思っていたら、ヒュー、と隣にいる内藤が口笛を吹いて半笑いで軽い口を開いた。

「懐かしいですねー、さんが局長にボロクソ怒られた事件じゃなかったですっけ?」
「……そうそうそれ。二年前くらいだったと思う、狡噛くん、日東学院の事件の時の生徒さん。同じ学科だったんだよ。あと日東学院から、今年はもう一人来てるはずだよ」
「んなことあったっけか?」

 佐々山はボケボケだ。やる気がないんだろう、佐々山はいつもそうだ。あれから私は、今監視官いっぱいいるからって刑事課所属便利屋監視官みたいな何かになってしまった。きっと名前を使われた局長は密かに死ぬほど怒っていたに違いない、全然密かじゃなかったけど。あとそういうことされるお方ではいらっしゃらないのでまあ普通になんか事情があったんだと思う。私の記憶力と柔軟性が評価されたのかもしれないとも言う。
 とりあえずそんな新設された役職のおかげで、各係の監視官たちの休みが各人週半日程度増えることになったので非常に感謝されている。生きてるだけで喜ばれるレベル。彼らを順当に休ませてその穴に私が入ってるんだけど、私は三係分の事件概要やら情報やらを全部頭に叩き込まなきゃいけないので、事件が多発した時はかなりロックでハードな日々である。まあ給与上がったからいいやと考えるしかない。けど色んな執行官と関わるようになって楽しい、相変わらず怖いのもいるけど。して今日は一係監視官と変わっていたのだ、普段は二係や三係監視官とも変わってローテーションみたいになっている。といってもやっぱり一番、一係に慣れ親しんではいるんだけど。私も少しは落ち着いたというか大人になりました。でも今もスタ太郎とは友達のつもりです。
 まあ、多分狡噛くんは大混乱してるかもしれない。でも局長への挨拶はもう済ませてきているだろうし、駆け寄ってきて私の目の前で百面相している狡噛くん面白いし、相変わらず顔が可愛い。しかも最終考査もこれまたぶっちぎり一位だと配属予定の監視官の情報を頭に入れようとしてプロフィールを見た時に書いてあったし相変わらずオーバースペックというかなんだかよくわからない子、な狡噛くんは理解が早いので、点と点がおおよそ繋がった、みたいな表情でゆっくりと顔を上げた。

「……やっぱり、」
「分かった?さすが理解が早い――」
「よかった、…よかった」

 よかった?何が? ぐいっと腕が引っ張られた。狡噛くんが平和なシチュエーションなのに私を抱き締めている。えっ待って?分からない。

「ずっと会いたかったんだ。ギノと手当たり次第収容所を訪ねたんだが、どこにも居なくて、」

 顔を離してしっかりと目を合わせながら、なんだか凄い行動の告白を聞かされて、ちょっとときめいたといえなくもない私は離してほしいというタイミングを完全に見失ったしちょっと大分顔に熱がのぼってきてしまっているのはしょうがない、いやこれは不可抗力だよ、だってあまりにも直球だ。とにかく。懺悔するなら今しかない。

「あの、私も、お礼言いたくて、お礼したかったんだけど、ごめん、あの後直ぐ犯人捕まえて捜査終わっちゃって、関わってもいけなかったから…あの」
「いい、今会えたからいい」

 ぎゅっと更に腕に力を込めた狡噛くんは私の肩口に顔を埋めている。…まあ、狡噛くんなので、他意は全くないだろう、行動のまま言葉のままだと思う。突然名前を呼ばれたりとか、確か手を引かれて校舎を走り回ったこととか、割と忘れていない。
 …だからだよ。彼は人との距離が近すぎるのでああいう女が生まれてしまったんだと思う。いや、狡噛くんとしては何もしてないのかもしれないけど、なんかあの、……みんな運が悪かったな。狡噛くんは記憶の中の彼より少し大人びているけど、印象は全然変わらない。

「…今、監視官だよな、いや、あの時もか…上司、になるのか?本当は、って、下の名前は?年齢もだよな、いくつなんだ?」

 思考が追いついたらしい彼が矢継ぎ早に質問してくる。砕けた言葉なままなところが彼の混乱を物語っていた。でも依然として抱きしめたまま解放してくれないのは何でなの。頭から抜け落ちているのかもしれない。

「女性に年齢を聞くのは失礼ってものだよ狡噛くん。あと多分上司じゃなくて同僚だよ」
「悪――、いや、すみません、でも名前くらい教えてくれないか」
「えー…狡噛くん名前で呼びそうだからやだ」
「ダメなのか」
「ダメだよ!吃驚するから!それに刑事課で私の下の名前呼び捨てにする人なんていないよ!」
「分かった分かった、分かりました、名字で呼ぶ。でもさんの口から聞きたいんだ、ダメか?」

 ダメか?って何、なんなのこの子、名字で呼んでくれるんならダメではないよ…。こうやって数々の人を落としてきたのかもしれない…。クッ…かわいい。ギブアップせざるを得ない。

「……です。…えっとその、狡噛くんが元気そうでよかった、あの時はありがとうね。あと、実は最初ちょっと疑ってなくはなかったの、ごめんね」

 謎に名乗らざるを得なくなってしまった。「いいんだ、」はにかんで私の苗字を呼ぶ狡噛くんはいい加減離してほしい。顔が熱い。あの時の私は多分偽名だったから耐えられたんだと思う。本名の名前なんて呼ばれたら多分相当吃驚してしまうと思う。私、相変わらず君の顔が相当好みだから、本当に勘弁してほしい。それに本人も純真無垢で真っ直ぐ何の気なしに気持ちを伝えてくる天然たらしのような人間ときてる。…これは大変だ。あれ?いやでもそれなら私も別に欲望のまま振る舞ってもいい気がする。もう仕事も業務も事件も地位も何も関係ないただの一個人の人間だよ、それなら特に何を思う必要もない気がする。

「お前、学院で年下にちょっかいかけてたのか、やるな」

 佐々山、違う、誤解。そんなことない。し、相手はただの天然だよ。

さん学院に生徒はべらせにいってたんですね、やりますね」
「違うから、冤罪だから。二人ともなんで、一体どこがそう見えるの?」
「いや、全部」「ですね」
「当時の報告書読む?」
「「スイマセン」」

 棒読みじゃん! ホントに、組み合わせが最悪なこの二人にめちゃくちゃあとで色んなところにあることないこと吹聴されそうでとても嫌。そんな…私のデレないイメージがここへ来て崩れるとは…。いや、そんなイメージないかもしれないけど……。っていうか狡噛くんはまだ私の背中に回している手を離してくれていないし。よく分からない。

「あの…狡噛くん、離して?」
「っ悪い!あっさん!ギノを呼んできていいですか、あいつも喜ぶはずだ」

 バッと身体ごと勢いよく離れた狡噛くんは、大変なことを思い出していた。そう、宜野座くん。まあ、二人とも観察眼は当時からあったしね。

「ギノと手分けしてあんたを探してたんだ。ここに居てくださいよ」

 とタッタッ犬が走り去るように狡噛くんが行ってしまった。デバイスで呼び出せばいいのにわざわざ行っちゃうあたりなんだか狡噛くんらしい感じがする。現実的というか、なんというか。にしても、もう彼は学生じゃないんだなと感慨深くなってくる。征陸さんの気持ちがちょっとわかったようなわからないような、何というか。だって刑事課の廊下を走ったとて誰も怒らない。
 後ろを振り向きたくない私は彼が駆け出して行った方向をずっと見ている。だって二人が、ヤダ奥さんとかやっと春が来たのねとかなんちゃって主婦井戸端会議をしているのが聞こえる。聞こえるようにやられている。いい加減にしてほしい。
 しばらくして、どたばたという足音と共に、おい狡噛!と変わらない声が聞こえて、やっぱり狡噛くんのあとを追いかけてきた宜野座くんの姿も見えてきた。精々祝ってやろうじゃないか。