「僕と結婚してください」
えっ。
「……」
『え』も『あ』も、口からは出ない。声にならない。祓本の五条悟が目の前にかしずいている。グラサンの隙間から覗く目は本当に冴え切った空みたいな青色で、そのとんでもないご尊顔に動悸とめまいがしてきた。口元は一文字にきゅっと引き結ばれていてめっちゃかっこいい。ほっぺがちょっとふんわりしてるのに顎がしゅっとしてて、眉毛はきりっとしてるのに柔らかいアーチを描いてて、つむじは真ん中にあって髪の毛はふわふわ降りててめっちゃかっこいい。めっちゃかっこいい。なに? 緊張で喉が渇いてきた。
白髪の向こうにはカメラとかスタッフとかは見えなくて、いやしかし相方の夏油傑は見える。やばい。夏油傑(塩顔イケメン)と五条悟(王子様イケメン)、やばい、どうしたらいいか分からない。
一体どこから撮影してるんだろう。なんでなの? なんで? どうして。超一般人の私に。通りすがりなだけなんですが。きっとあれだな。あれ。『出会って5秒で求婚! 果たして五条悟は頷いてもらえるのか――!?』みたいな企画なんだとは思う。私サえてる! 期待されている答えはひとつ『YES!』なぜなら私に予想外! みたいなボケの対応は無理だから!
無難にいっとこう。無難に。もうなんならどっかでスタッフさんが「YES」てカンペでも持ってて欲しいよ。なにこの罰ゲーム。周りの人たちが全員立ち止まってコチラを見ているよ。人の眼って怖いんだなぁ。五条悟と同じ空気吸ってていいのはご褒美です。
緊張している風にきりっとしている五条悟、あの五条悟でもそんな顔が出来るのか。まあできるか。何でもできそう。五条悟でも緊張するのか? まあなんでもいい、イケメンすぎてすごい。
「はい。喜んで!」どや顔で答えた。五条悟の瞳が潤んだ気がした。
「……、」
がばっと抱き締められた。
え?
* * *
わけのわからないまま「役所行こ」って連れられて、婚姻届書かされた。署名欄には『夏油 傑』、それからマネージャーのイチチですぅって人が息切れしながらやってきて名乗ってそのまま泡吹いて白目剥きながらペンを持ったのに、突如横からやってきたタレ眉気味の美女が『家入 硝子』ってペン奪い取って埋めた。ダメだ、芸能人にそんなに詳しいわけじゃないのでこの女優さんが分からない。
イケメンと美女の過剰摂取にわけのわからないまま「じゃ! 僕たち新婚だから! あとよろしく!」って言った五条悟に連れられて、次はタワマンに入場、それから一室へ案内される。最近のドッキリってレベル高いな。
ふっかふかのソファに座ることを促され、映画館かと突っ込みたくなるレベルの大きさのテレビに面している。殺風景で、部屋に物はあまりない。
五条悟はいつの間にかトレードマークのグラサンを外していて、隣に座ってきた。ソファがぼいんと揺れる。じぃ~っと見詰められて抗えない。その瞳の引力に逆らえず、囚われたままに見入ってしまう。
私の頬に五条悟の手が添えられても、スタッフさんたちが入ってくる気配はない。隠しカメラの場所を教えて欲しい。ていうかここで求められてる反応って何? 私がいかに面白みに欠ける人間かはもう分かったと思うので、いい加減なんかどうにかしないと完璧に企画失敗しそう。『五条悟に口説かれた一般人はどこまでされるがままになるのか』という企画ならめっちゃ成功しそう。でも五条悟だって唇は売らないと思うんだよね。先に目を逸らした方が負け、であってますか? テレビって編集できて、切り貼りが自在のはずだから、それっぽくするに違いない。こういうのって多分生放送じゃないだろうし。そうだとしたら既に放送事故も甚だしいし。全国に流されてたら明日私刺し殺されるだろうし。
一体どういう企画なのか? 何故こんなことになっているのか? 夢だとは考えられない。なぜなら目の前にある顔が良すぎて依然動悸が治まらぬ。
五条悟が目を閉じて顔を近づけてくる。やっぱり意味がわからない。ポッキーゲーム? ポッキーない! 口にガムテープ? 貼ってない!
「あの!! 今のテレビ番組って、ここまでやるんですね!!?」
五条悟の唇がとっさにガードに走った私の手のひらに当たった。めっちゃぷるぷる。うるつや。やわらかい。ヤバい!
一息で言っても余った空気を飲み込んだ。緊張しすぎてて喉乾いてる。
ドキドキしている己の心臓の音を聞いていると、ゆっくりと手から唇が離れていく。五条悟はその青い目で私をガン睨み、目をかっぴらいたブチギレさとちゃんフェイスである。わ~~本物だ!! すごい、
「は?」
こっわ。
* * *
「覚えてねーのかよ……」
「もう俺の部屋全部見て」ってヤダヤダさとちゃんになった五条悟は私に家中をくまなく案内し、どこにもかしこにもカメラが無いことを確かめさせた。そうしてリビングに戻って来て五条悟がつけたテレビからは『祓本五条、往来で一般女性に求婚!!』ん~、んん~?
「五条悟って何人かいたんですか?」って聞いたらオカルトトークが始まって、見せてもいない私の体のほくろの位置を全部把握している五条悟にちょっと引いた。普通に意味が分からない。所謂五条悟と夏油傑は前世の記憶があるそうだ。なんて?
「とりあえず謝っておきます。期待されてるようなリアクションを全然とれなくてごめんなさい。ドッキリ失敗ってことで、もう帰ってもいいですか?」
「全部現実だからね? 現実逃避しないで?」
「いやだってあの五条悟ですよ。祓本っていったら日本イチ人気の大人気お笑い芸人モデル俳優タレントもうなにやらせても一流、年収いくらなの? みたいな大人気でイケメンで最高のこの世の奇跡みたいな人たちに仕事以外で外をほっつき歩いてる時間なんて無い気がします、なんたってもう顔から何まで超良――」
「ハイ通帳」
――いんだから、ただの一般人の私の名前すら知ってるわけなくない?
言わせてもらえず、おもむろに通帳を手渡された。五条悟って書いてある。いや通帳の偽装くらいそんな難しいことじゃないだろう。多分。「ほらほらホンモノだよこれ見て信じてね」ぐいぐい押し付けられたので両手で受け取らせて頂くしかなくなる。まあちょっと開けてみよう。ATMに通るまで信用は出来ないけどチョット興味ある。
ウワ。
「ご、ご、ごめんなさい」
「時間は確かに無いけど、撮影の休憩中ちょっと抜けてたらオマエいたから声かけたんじゃん。ずっと探してた愛する人見つけたら普通ああなるでしょ。逆にオマエに忘れ去られてた僕の気持ち考えたことある? 驚かせようと思って開口一番にしたプロポーズにも応じてもらえたしホイホイ家までついてくるからてっきり覚えてるもんだと思ったら何一つ覚えてないってなに? ひどくない? マジで意味分かんないんだけど。僕滅茶苦茶傷ついてんだよこれでも」
意味分からない御託並べてるDV男みたいなのに、凄い、顔が良いって何しても許されるんだな。カッコイイしか感想が沸いてこない。
五条悟はスマホをたぷたぷ、青い鳥のSNSにはガッツリ私の顔面が晒されている。五条悟とのツーショット。いや私一般人なんですけど。誰か知らないけどアップするのやめてもらっていいですか?
グラサン借りて帰ろうかな。帽子も借りよう。あとマスクも必要だよね。多分お高い代物だと思うけど命には代えられない。とはいえお金払えないから、あとで厳重に梱包して郵送で返します。局留めで。だから帰っていいですか?
「まだ僕の言う事信じられてないでしょ。いいよ体に分からせてあげる。そっちの方が早いしね」
ぐりぐりと股間を押し付けてくる五条悟、五条悟?
彼の手が私の服にかかり、ものっそい慣れてる風にいとも簡単に服を脱がされて行く。この男、何人に求婚したんだろ……。
* * *
「ね。ちょっとは信じる気になった?」
「……」
ぐす。布団にくるまって声も出ない。滅茶苦茶気持ち良かった。悟さん、私より私を知ってた。
「今度の休み、の両親に挨拶行かなきゃね」
そう言って優しく私の頭を撫でる悟さんは、マジの祓本の五条悟その人で、なにもドッキリじゃないっぽい。うっかり出した婚姻届で法的にも夫婦になってしまっているっぽい。ただのお持ち帰りにしては確かに、世間に晒された私だけでなく、五条悟側にもダメージはエグいかもしれない。
ドッキリじゃないなら詐欺ってコト? 婚姻詐欺? でもあそこまで情熱的にする!?
「ヤッホー傑。そっちどう? こっちは一発ヤったとこ。覚えてなかったわ。ひどくね?」
『やあ、聞こえるかい? こっちはこっちで大変だよ、もう』
「あー今声出ないかも」
HAHAHAと夏油傑がスマホの向こうで笑っている。その声に交じり怒号や悲鳴や鳴き声が聞こえてくるので普通にホラー。地獄で笑っている菩薩みたいだ……。
『良かったね、悟』
「新婚って何したらいいわけ? 結婚指輪、裸エプロン、ハネムーン、セックス?」
『そうそう。おすすめの手錠送ってあげようか』
「いらねーよ」
祓本だ。テンポの良さ、ボケとツッコミ。時折混ざる放送禁止用語。ピー音どこ?
『明日は予定通りでいける? はどうするの?』
「ウチから出したら惨事だろ。コイツ記者に攫われるかファンたちに殺される未来見えるわ六眼ないけど」
ということで仕事やめた。五条悟が金を積んだ。引継ぎ事項はパソコンで送った。五条悟が金を積んだ。身の危険を感じたのはガチだから仕方ないとも少し思う。『結婚詐欺かもしれないので、その際は再就職させてください』って書いた一文はキーボード連打して消された。ガガガガガて凄い押され方した。怖すぎて泣いちゃうかと思った。ブラックなカードも渡されて泣いちゃうかと思ったし、朝日が昇るまで抱き潰されて泣いちゃうかと思った。ていうか実際泣いた。
今日から祓本五条の嫁らしい。
前世からこんにちは