「では、僕たちで事後処理を行っておきますから、狡噛君は二人を連れて証拠品の回収をお願いします」
地方で起きた事件の捜査に呼びつけられ、一週間が経過した。
本日未明、どうにか犯人を捕まえることが出来たので、本日帰れるかどうかは、証拠品の回収にかかっている。
正直言って俺は精神の具合が悪い。サイコパスがクリアカラーなのが信じられない。不足係数でもあったら確実に300に迫っている自信がある。このままではまずい。一刻も早く証拠品を見つけなければならない。「狡噛君、聞いていましたか?」「大丈夫です頭に入ってます」和久さんが花表と昏田を連れて行かれた。
「で、どうすんだ、コウ」
「とりあえず裏の森へ行こう」
「現実逃避ですか?」
「違う。和久さんの指示だ。証拠品の回収。犯人の足取り的に、森の方に証拠品があるはずなんだ」
本当に、本当にと連絡先を交換しておいてよかった。同棲から始まっていたから時々変なところが抜けているのだ。抜けすぎだ。あいつ、俺の年齢すら知らなかったとか言ってたし。それすら遠い昔のようだ。つらい。それに、なんでよりにもよってあの時佐々山に聞いたんだよ。が俺の歳を知らなかったのは元をたどれば俺のせいだ、…偽装箇所があったにしろ俺は彼女のプロファイルを一方的に知っていたから、自分のことを全く伝え忘れていたのはある、あるにせよ、……というか何も知らない相手だっただろうに、物好きというか、警戒心が無いというか、…あいつは。
彼女のプロファイルについては、本人と答え合わせをしたところ、他には特に偽装はされていない気がすると言っていた、が。…あいつの伝え忘れや記憶力なんかには、何回か悲しい目にあわされているので、そうだということを祈るしかない。
「おーい、コウー。この辺りが怪しいと思うが、どうすんだ」
「とっつぁんの刑事の勘に任せたい」
「賛成でーす!」
「…俺は何としても今日帰りたいんだ……」
「コウ、プレッシャーをかけるな…」
「私も早く帰って寝たいです。ホントに、オフラインで圏外だから人力で探すしかないって面白すぎます~!宝探しみたいですね!私あっちの方見てきますー!」
「なら、俺はあの辺りを見てこようかね」
なら俺はこの辺りだ、と適当に歩いて目線を落としたら煙草が落ちていた。煙草。誰だポイ捨てしたやつ。煙草。本当に佐々山がムカつく。そういやあいつ、俺のことを犯罪者だなんだと言ったこともあったな。…だって結婚は出来る年だし、結婚は申し込んだし、…微妙に了承されなかった気がするが、いや、今の状況ではという話だったはずだ。とにかく合意だし、合意だ。問題ない。佐々山はどうかしている。八つ当たりの自覚はある。佐々山の日頃の行いが悪いのもある。そういや犯人は喫煙者だったか。当たりだろう。
その件は、あいつに惚気ることで自分の中で清算しようという狙いもあったのに、逆にそれでこじれかけたし。…というのに、一体いつ録音したんだか、俺があいつの煙草の購入申請を承諾していた録音音声が送られてき、心当たりがなかったので分析室で詳しく解析したが合成音声では無かったうえに間違いなく俺の声だったので、煙草の購入申請を許可しないといけなくなった。何故だ。
渋々したが、これからはもう誰にも言わん。いや、彼女に直接言う。もう俺は隠さない。前から隠していない気もするが。佐々山はムカつく、そう、ムカつくのだが、彼女が襲い掛かってきてくれたのは嬉しかったし心底燃えてしまったので、…違う、それとこれとは別だろう、別であるべきだ、あの時は溜まってたのもあって普通に気絶させてしまったし、…っだー。あー。
「コウ、また写真か」
ふと目についた、咲いている花に近寄って写真を撮っていたら、とっつぁんと合流してしまった。
「…あいつが花が好きなんだよ」
「捜査のこと頭に入ってるか?」
「多分入ってない。不足が著しい」
「こら骨抜きだな」
「わー!綺麗なお花ですね。…ん?」
天利までもが合流してきて、気になるものがあったのか、少し先へ駆けて行ってしまった。とっつぁんと後ろをついて行く。
「あれ?これ証拠品じゃないですか?」
「天利、お手柄だ。あの花に感謝だな」
「やったー!でもマサさんのおかげでもありますよー!」
「二人のおかげだ。ありがとう」
現場の写真も撮影し、慎重に証拠品を回収していく。「これでやっと帰れる。戻るぞ」「えー、施設でお昼食べてから戻りましょうよ。何食べようかな~?昨日のパスタおいしかったんですよ~。ご褒美くださいご褒美~!」戻りつつ、ラボと、和久さんへ連絡を入れておく。にも花の写真と、今から帰ると連絡を投げてしまう。電波がはいりゃ送信されんだろ。
景色やらなんやらの写真を送っていたら、彼女が花が綺麗だと言ったのだ。写真を見ている彼女の顔はきっといつもみたいに少し綻んでいるのだろう。あー。早く帰ってその頭を撫でて抱きしめて抱きたい。
「狡噛さんがまーた頭ダメな顔してます」
「犯人捕まえるまではコウもシャキッとしてたし、気が抜けたんだろ。それに、一週間も嫁さんに会えてないんじゃしょうがないさ。新婚の筈だ、許してやれ」
「…あいつの状況が状況だから、結婚してない。昔申し込んだらフラれた」
「…どんまいです」
「深刻に同情するな」
「結婚してるようなもんなんだろ?」
「…俺はそう思ってる」
「拗ねなさんな。こんな出張なんて滅多に無いさ」
…が俺のことを好きで居てくれている自覚はある、さすがに分かる。伝えてくれている、伝わっている。
といっても、彼女は普段、部屋に一人だし。今はオフィスに行っても、あいつが知ってる人間はギノと佐々山くらいしか居ないだろう。
だから、不安にさせないように、なるべく連絡はしていたつもりだが。朝、昼休憩、夜には通話、と。…しかし、夜に毎回彼女がビデオ通話から取らなかったのがちょっとした謎で仕方がない。嫌がらせなんだろうか。やはり当日の朝に出張の旨を突然伝えたのを根に持っているのか? …言いたくなかったんだから仕方ないだろ、現実を受け入れたくなかったんだ。現在進行形で癒しが無くてつらいんだから。
いや、だが、もうおさらばだ。仕事は終わった。
「……やっと帰れる…」
「お熱いこったなあ」
「狡噛さん、今日ずっと眉間に皺が寄ったままだったんですよ~?正直言って顔が怖かったです」
「…すまん」
「普段の幸せをかみしめるいい機会だったんじゃないですか?再会が燃え上がりますよ、多分!」
「それはあるかもなぁ」
「…心配なんだよ」
あいつ、滅茶苦茶な時間に起きたりするようになってきて、朝のおはようの返信が、昼前とかに来るんだぞ。相変わらず一人にしておくと生活習慣がめちゃくちゃだ。癖がついていたのか、2,3日は良かったのに。ったく。
きちんとメシを食っているのか聞いても、1日1つ、変な食材の写真が送られてくるようになって久しいし。彼女はそれ以外にもきちんと栄養を摂っているんだろうか。
お茶っ葉、米、海苔、昆布、かつおぶし、梅干し、煮干し、……茶漬けでも食ってるんだろうか。出汁とか薬味だらけというか、なんだ。
彼女が米を炊くところだって想像できないし、…帰ったら一緒に作ってみよう。というか多分、作らされるだろう。しかし彼女が隣にいるだけで俺はなんでもやってあげたくなってしまう節がある。俺がやりたいのだ。さすがに俺だって米くらいは炊けるからどうにかなる筈だ。
…何か、彼女に尽くすことが喜びの一種になっている気がする。というか、それしか喜びがあるまい。…そんなことはないんだが、なんだ、…それが幸せなんだ。彼女が俺の隣で幸せそうに俺に微笑んでくれるから。
「狡噛君、早かったですね」
「とっつぁんと天利のおかげです」
「帰る準備は出来ていますよ」
「えー!私パスタ食べてから帰りたかったのにー!」
「昼食は機内に手配しておきました。天利さんには一番高級なパスタを」
「さすが和久さん!一生ついて行きます!」
「更生して社会に復帰してください。では帰りましょうか。狡噛君は荷物を持って屋上にいらしてください。征陸さんと天利さんの分は、勝手に申し訳ありませんが積んでおきましたので」
さすが和久さん。仕事が早い。早すぎる。二人を和久さんに任せ、ダッシュで部屋に戻り荷物を回収して屋上へ向かい、――やっと帰りのチャーター機に乗り込んだ。
飛び立つ前にパスタを食べようとした天利はこぼしかけていたし、とっつぁんはチョコを食ってるし、昏田はヘッドフォンとアイマスクをして死んだように寝た。同じく死んだように寝た花表のアイマスクには変な目が書いてある。なんだあれ。
次にとっつぁんが寝て、パスタを食い終わった天利も寝て、と。結局、飛び立ってから数分と経たずに、執行官たちは皆、眠ってしまった。彼らを眺めつつ和久さんに報告をしているのだが、正直言って俺も寝たい。昨日というか今日に仮眠を取ったに過ぎないので、少しばかり眠かった。
「今日はこのくらいで良いでしょう。僕たちも眠りましょうか」
「…スミマセン、ありがとうございます」
「いえ、僕も少し仮眠を取りたい」
和久さんが眠くなられることなんてあるんだろうか。真偽のほどは定かでは無いが、お言葉に甘えてとにかく死んだように寝ようと俺も目を閉じる。起きたら公安に付いていることだろう。
あー。早く彼女を確かめたい。目を開けても閉じても考えるのは彼女の事ばかりだ。
いつも帰って扉を開けるとき、未だに少しの不安が胸を過ぎる。扉を開けてもある日突然姿を消していそうで、消えていそうで。今もあいつの素性は分からずじまいだし、やけに色素の薄い彼女の肌も、小さく細っこい彼女の存在も、やたら儚いのだ。彼女に会いたい。
*
「――コウ、お疲れさんだ。着いたぞ」
「ん、…公安か?おはよう、起きた。すまん」
「皆さん、お疲れさまでした。今日はこのまま解散で構いません」
爆睡していた。起こしてくれたとっつぁんに礼を言いながらチャーター機を降りていく。結局、和久さんは寝られたのだろうか。「狡噛君、早く帰ってあげなさい」「……和久さん…!ありがとうございます、お先に失礼します」微笑まれた和久さんの顔は変わっていなかった。相変わらず飴と鞭を心得ている方だ。後でどのような重労働をふっかけられるか分かったものでは無いが、お言葉に甘え、逸る気持ちに正直に公安内を駆け抜ける。
エレベーターがやけに遅く感じる。こんなんで大丈夫だろうか。彼女の存在は些か俺を狂わせているかもしれない。今更だった。もう仕方がない、どうしようもない。降りて廊下を駆け、やっと家に入ると、人っ子一人いないほどに真っ暗だった。――何かあったのではないか、いやもしそうなら刑事課から連絡が来るだろう、凍った心臓で電気をつけると、キッチンには煮干しの袋がクリップで止めてあった。微妙に間の抜けた心で、しかしリビングに彼女の姿は無い。
とにかく一番可能性の高い寝室へ直行し電気をつける。と、布団がふくらんでいた。バッと布団をはいでしまう。彼女が寝こけている。抱きしめた。息をしている。彼女のにおいだ。温かい。…よかった。
「」
たまらず名前を呼んだのに、腕に力が入ってしまった。彼女が身じろぎ、目を開けた。
「……ん、慎也さん?」
「ただいま」
「…おかえりなさい」
彼女が微笑み、俺の背に腕を回し返してくれた。たまらない気持ちだ。唇を触れ合わせて、やっと息ができるようになる。なのにまた苦しい。好きだ。
「怪我とか、してないですか」
「ああ」
抱きしめ続ける。たった一週間しか離れていなかったというのにこれだ。されど一週間だ、いや、一週間も、の間違いだろ。
どうしてこんなに好きになってしまったんだろう。彼女の存在そのものが愛しくて仕方がない。最初の頃はここまでではなかっただろうに、…いや、気を遣わなかったのは確かだが。肩の力を入れないでいいというか、自然体でいれるんだ。何か安心するんだよな。俺はもう彼女という空気なしに生きることは不可能だ。今回の件で深く思い知った。
「…そんなに寂しかったんですか?」
「ああ」
「……素直ですね」
苦しそうな声色で言う彼女こそ素直じゃないか。いや、素直じゃないのか。分からん。どうでもいい、彼女は今苦しいほどに俺に抱きしめられ、俺を抱きしめ返しながらここにいるということだけが事実だ。それほどまでに彼女も寂しかったということだ。都合がいい?いいや現実だ。もうだめだ。考えるのをやめよう。
しばらくして、きゅう、と彼女の口から本気で苦しそうな空気音が発された。抱き締め続けていたが、それと同時に腕に力が入っていっている一方だったようだ。肺を圧迫してしまっていたらしい。
一旦離れようとすると、彼女が離れるなと言わんばかりに俺の背中を強く抱いた。…いや、だめだ、苦しいのは良くない。
体を離して彼女の上に跨ると、彼女がシャツを羽織っていることに気が付いた。…いつもパジャマなこいつが。パジャマの上からシャツを羽織っている。サイズはあっていない、だぼだぼじゃないか、よく見ると、…というか、どう考えても俺のシャツじゃないか?彼女が顔を逸らしている。
「…そんなに寂しかったのか」
「別にそんなことないです」
「まるで説得力がない。俺のシャツだろ、それ」
「気のせいですよ」
「だーめーだ許さない、なんでそんなに可愛いんだ」
「っ別に可愛くないです、」
「いーや可愛い。なんで」
素直じゃないその口を塞いでやる。啄むように何度も何度も唇を合わせると、彼女の顔が更に真っ赤に染まっていく。その半開きの口の中を味わおうとしたところで、彼女が何か言いたそうに俺の目を見た。お預けを食らった。
「…寂しかったんじゃないですもん、恋しかったんです」
何故そうも変なところでいつも煽ってくるのだろう。まずい、一晩中抱いても満足しそうにない。好きだ。
←