例の焼き魚は、微妙な焼き具合だったが食えないことは無く、普通にうまかった。明日はもう少しうまく焼く。クァーの化け物でも見るような目が忘れられない。どうして魚を焼く、どうして焼いた魚を食う、そんな顔をしていた。
そんなクァーは、俺が風呂に入ってる間にソファでガン寝に至ったらしい。ど真ん中に置かれている、いぬもちの上に転げ、アホ面で眠っているクァーの野生は消失している。お前それでいいのか? 見事にソファのど真ん中で寝やがっており完全に占拠されているので、仕方なしに床に座り、いつも通りが上がってくるのを待っているのだが。
悪戯したいような心と、したらに怒られるだろうなと思う冷静な俺がいる。結局、起きられたらまたうるさいぞ、という俺が勝利し、黙って眺めているのだ。
…可愛くないと言ったら嘘になるのが悔しい。いぬもちに埋まっている羽毛、中の方はふさふさだ。俺はもう知っている。ああ。確かに、確かに可愛いのだが。癪だ。…こいつめ。やはり腹の下のいぬもちでも抜き去ってやろうか。
「――慎也さん、クァーちゃんは?」
振り向けば、風呂から上がってきたがバスタオルをかぶって、いつも通りドライヤー片手に近寄ってきていた。
「…このまんまだ」
「…凄い寝てますね」
彼女が俺の隣に座り込み、クァーを眺めている。上気している頬が可愛くて手を伸ばすと彼女がすり寄って来て、嬉しそうに細まった目にドキリときた。いかん。頭を切り替えよう。彼女の手からドライヤーを受け取って、…そういや、音が。
「今日、寝室でドライヤーかけるか」
「ああ、そうですね。おやすみなさい、クァーちゃん」
彼女がそっとクァーに微笑みかけ、二人で寝室に下がっていく。
もし子供が出来たらこんな感じなんだろうか。あまりにも二人の時間が少ない。そして、人の子供は喋る。主張する。…人ならば同じ寝室で寝たいとか言い出すんじゃないだろうか。子供は好きだが、まだ当分二人きりで居たい。居よう。
いつも通りがゆるくベッドにダイブしていき、俺が寝室の鍵をかける。色々な都合上、せめてものプライベート空間を、とアナログな鍵を付けるに至ったのだ。…まあ彼女は気にしていないのか、リビングの棚に平気で予備の鍵を放ってあったりするのだが。
彼女がベッドに座りなおし、背を向けて待っている。俺も後ろにいって、彼女の髪を乾かし始める。
「今日はびっくりしましたけど、クァーちゃんは賢くていい子ですね」
「そうか?あのペンギン、なんつーか、アホだろ」
「可愛いじゃないですか」
「お前の方が可愛い」
「…アホって言ってるんですか?」
「クァーほどじゃない」
肘突きをくらった。ああ可愛い。彼女のうなじにキスを落として、身を捩る彼女が可愛くて後ろから抱き締め布団に倒れこんでしまう。まだ乾ききっていないというのに。充電したい。触れたい欲が止まらなくなってきた。転がって片手間にドライヤーをかけつつ、彼女と会話を交わす。
「…慎也さんだって結構すかぽんたんですもん。お魚も満足に焼けない、が追加されました」
「焚火で焼くのはうまいぞ」
「そうなんですか?」
「ああ。キャンプとか、学生時代たまにしてた」
いつか一緒に行こうな、と言いかけて、口を噤む。話題を変えよう。が無言だ。こいつだって外に出たくなる時くらいあるだろうに、文句ひとつ言わないのは、時々しおらしい。
「…バーベキューとかですね?」
「…まあ」
「それは学生時代に沢山友人が居た人にしか許されない経験です」
身を捩って俺を振り返ったの目が据わっていた。まあ確かに、こいつ、半ば引き篭もりみたいに絵ばっか描いてる人生みたいだし。無言で見つめられていて、…とても可愛いが些か恐怖を感じないことはないので、彼女の顔に熱風をかけてやる。
「っ!」
目を瞑って顔を顰めたが、俺の胸に顔を埋めた。可愛い。「もう。熱いじゃないですか」「悪い。怖かった」「…怖くないですよ」俺を見上げた彼女の鼻先にキスを落とす。彼女が恥ずかし気に寝返りを打ってしまった。ああたまらない。やっぱり今日は誘いたいな。
ドライヤーのスイッチを切り、なんやら、ばしばしどんどん激しい音が聞こえる中、彼女を引き寄せようとして、
「クァー!!クァアアア!!」
…何か悲痛な声で叫んでいる。結構な音だ。が慌てて立ち上がり扉を開けた。「クァー!!」「っあ」突進された彼女がベッドに尻もちをついた。
「……どうした?」
「クァー…!!」
「ごめんなさい、吃驚しましたね」
がクァーを抱き上げ、クァーがの胸元に頭を埋めている。クァーの頭を優しく撫でている彼女が俺を見た。多分、俺の口はあいたままだ。全然聞こえなかったし、何でクァーが大混乱しているのかも分からない。謎が過ぎる。
「慎也さん、今日だけリビングで寝ましょう。知らない家で、起きて誰も居なかったんです、怖いですよ」
「…それは経験論か?」
なるほど、と思いつつ、寝室からリビングへ戻る。…やはり、子供が居たらこんな感じなんだろう。無理だ。耐えられない。これが毎日になってみろ、俺が泣き喚く事案だ。
「…別に、そうでじゃないですもん。…それに、慎也さんは一緒に寝てくれたじゃないですか」
「俺の家だったし、俺が居たから、怖くなかったと?」
「何言ってるんですかもう。そんなこと言ってる暇があるならクァーちゃんを撫でてあげるか抱っこするかソファ倒してください」
「はいはいすみませんでした」
懐かしい。俺だって、眠るまでここに居てくれませんか、と言ったに完全にオチたのだ。自分でも些か酷い話だとは思うが。思い返してみれば、あの頃の彼女も可愛かったな。
恥ずかし気にクァーを抱えているのジト目が凄くなってきたので、ソファを広げ、いぬもちを頭のところに置いて、クァーの分はの足元に放り投げてやった。彼女がクァーをソファに降ろすも、クァーはひたすらにからひっついて離れようとしない。何て奴だ、俺の特等席を陣取る気なのか。諦めた彼女はそのまま寝転がってしまった。
「慎也さん?」
呼ばれたので、寝転ぶも。狭すぎる。足元のいぬもちにはいかず、俺たちの間に挟まっているペンギンが大変邪魔である。仕方ないので足元のいぬもちを間に持ってきて与えると、その上に乗っかってしまったし。クァーはずっとに頭を撫でられている。
俺も、彼女が眠っている間、彼女の頭に手を伸ばしていたこともあったな。起きたら彼女が背中にひっついてたこともあるし。頭を撫でられていたことも、頬を抓られていたことだってある。あの頃、彼女は事件の被害者で、彼女にとって俺はただの担当の警察のお兄さんで。あの頃の俺の様々な葛藤などこいつは知らないだろう。
「…変な顔してます。何考えてるんですか」
「昔を思い出してる。お前がまだ俺のことをここまで好きじゃなかったとき」
彼女の頬が少しずつ赤く染まっていく。可愛い。俺は何でこうなっちまったんだか。彼女が何をしても、言っても、何もかもが好きなんだ。幸せな日々だ。平穏な日常がこんなにも幸せなのだと、いつも、じわりと実感する。…今日は些か平穏な日常では無いのだが。
「だ、だって、…頼りになるお兄さんで、その」
「んー?」
「…優しいんですもん。…煮干し食べます?」
「何でそうなる。お前が食いたい」
「…それこそどうしてそうなるんですか」
いつにもましてジト目になった彼女が、可愛らしいキスをくれた。少しの物足りなさを覚えつつも、胸がいっぱいになる。少し近付いて、クァーが窮屈そうに半身を向いたが構わずひっついてやると、クァーはそのまま俺に腹を付けた。喉元が胸下に埋まっていてあたたかい。彼女がクァーを撫でていた俺の手をとったから、指を絡めて眠りにつく。
「おやすみなさい」
「ん。おやすみ」
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