「なあ佐々山、聞いてくれ」
「断る」
「どうしたらいいと思う、が可愛すぎるんだが。癪だが、お前なら分かるだろう」
「勝手に話はじめんなうるせえ黙れぶっ飛ばすぞ俺の休憩を邪魔すんな」
佐々山の隣に腰を下ろす。目を見て話せたもんじゃない。だが言いたい。誰にも共有できない。ギノには多分理解してもらえない。
「そこにいるだけで癒されるんだ、最初はこんなんじゃなかったはずなんだ、多分違った、あいつももっとツンケンしていた、それなのに今じゃもう、俺が好きだと全身で訴えてくるんだ…」
「惚気んなぶっ飛ばすぞ」
「しょうがないだろ。あいつを直接知ってるのが不本意だがお前とギノと和久さんしかいらっしゃらないんだ。遠目なら天利ととっつぁんもいるが、お前くらいにしかこんなことは言えん」
「俺にも言うなぶっ飛ばすぞ」
佐々山のこめかみに青筋が立とうとしている。だが仕方ないんだ。聞いてくれ佐々山、こないだお前が彼女を見た罰ゲームだと思って。なんだそれは。どうでもいいから聞いてくれ。まあ彼女もそう言っていたし、本当に何もしていないんだろうが、だからといってこいつがセクハラ的ワードを発言しなかったかと言われるとおそらく答えはノーであるので、とにかく俺は言う。
「仕事は楽しいのに、ずっと家に帰りたいと思ってしまう心が平行している、家に帰りたいんじゃない、ずっとあいつを見ていたい、だが家に帰っても帰ったでつらい。そういやこないだのワンピースは俺が贈った。可愛かっただろ、お前に見られたことが悔しい」
「死ね」
佐々山の本気のチョップが脳天に刺さった。痛い。それでも俺の目は冷めない。自分でも笑ってしまう。まあ、一生冷めないだろうな。
その手を押しやり自販機まで行って、缶コーヒーのボタンを2回押し戻り、佐々山に一つ差し出した。
「……どうしたらいいのか分からない…」
「しみじみ言うな。休憩時間に休憩するために休憩室に来てんのに疲労時間になってんだが。お前、休憩時間、家帰ったらどうだ、家つっても執行官フロアだろ、超直ぐじゃねーか、今すぐ帰れ」
「駄目だ。絶対に帰ったらいけない、戻ってこれる自信がない」
「やっぱり死ね」
佐々山が缶コーヒーで、うなだれ丸まっている俺の背中を殴りつけた。痛い。武器にしやがってお前、武器にするために渡したんじゃない。
「つーか何、お前スッゲー自信だけど、どうやったら嫌われるか考えてみるとかどうだ、頭冷えるんじゃないか、つーか冷やせ、うぜえ」
「適当言ってないか佐々山お前。…だがそうだな、別に考えないわけじゃない、し、…歯止めがきかないと感じることはある」
「そんなんで動じる子には見えなかったけど?」
缶コーヒーが背中にぐりぐりと刺さっている。痛い。
「…いや、まあそうなんだが」
「っは、なんだ。夜に泣かれでもしてんのか」
何か墓穴を掘っていたようだ。図星で言い返せずにいる、そしてそれは肯定を意味する。しかし今更変に返答したところで。…いやだが別に本気で泣かれてはいない、…いや、泣いているが。…多分嫌で泣いている訳じゃないと思うが。なんだその、…いや。
とにかく佐々山が関節をバキバキ鳴らしている。
「そうかそうか、よかったな。俺が狡噛君の狡噛クンを再起不能にしてあの子を慰めてやるから安心しろ」
「いらん。やめてくれ」
「つーか泣かれてんなら手加減してやれよ、あの子小せーし相当だろ。多分お前、彼女、というか、世の中の女性から見たら筋肉ゴリラかなんかだぞ。俺もだろうが。自覚あんのか?」
「あいつが、ゴリラめ、という時は要はときめいてるときだと昔自己申告があった。確かに彼女は俺のことをゴリラに例える節があるがそういう意味じゃないらしい」
「あーあーそうかよそんな惚気は聞いてねーよバカ噛ぶん殴るぞ。無理させてんじゃねーのかつってんだよ」
「……なんだ、何を企んでる、まともなことを言われると混乱するんだが」
目前に星が飛んだ。痛い。マジで殴りやがったコイツ。俺も立ち上がって佐々山を一発殴ろうとし、ちょっとした格闘が始まってしまう。
「テメー俺を何だと思っていやがる。あの子が可愛いだけだ、ついでに仲がこじれればいいと思ってる。ハー、マジであの子顔可愛いよな。なんであんな可愛いんだ、独り占めしやがってクソ噛、オフィスに連れてこい、クソバカ噛」
「俺のだ、思い返すな。…だが、無理をさせている線は深刻に考えたことが無かった、多分俺はそれが当たり前になっていたように思う、ありがとう佐々山、礼を言う」
些か衝撃を受けた頭で静止し、沈思するが、確かに。まだするんですか、とか、もう無理です、とか。彼女はよく言っている。俺が止まらないばっかりに。いや、とめれないのだ。触れると歯止めがきかなくなる。
「考え込む前に本人と話をしろ、ボケ噛」
「ああ」
最初の頃は筋肉痛を訴えていた彼女は、今や少し筋肉がついたようで、それをちくりとも言わなくなった。…おそらく日中全く動いていないだろう彼女の筋肉が維持される程度にはしているということだ。確かに無理はさせているのかもしれない、彼女が全く俺を拒否しないというか、なんだ、だから頭から抜け始めていた。
「お前、考え込むと周りの話が聞こえなくなる癖どうにかした方がいいぞ」
「ああ」
だが仕方ないだろう。彼女が好きだな、とじんわり灯って無視できなくなっていたそれと、きちんと向き合って、彼女と官舎に住むようになってから、こう、歯止めがきかない。
彼女が可愛すぎるのだ。潤んだ瞳も、紅潮する頬も、快楽に耐える顔も、首を抱きしめてくれるのも、俺の腰に足を絡めるのも。…いや、勿論普段も可愛いんだ。目が合うと口角が少し上がってしまっているところとか、多分本人は気付いていないだろう。ソファに座っていたら寄りかかってくるところも、頭を撫でるとすりつけ返してくれるところも、キスするときに目を閉じる仕草さえ。
こないだっから、無性にキスしたくなる事が多いし、いつものように顔を近づけたら、彼女がいつものように目を閉じて、けれどそのままキスをせずに少し眺めていたら、不思議そうに恥ずかし気に彼女が目をあけて、…なんでかそれがやけに可愛く思えてしまって止まらなくなって、そのままソファに押し倒してしまったことだってあった。
…毎回俺からなんだよな。いや、彼女は拒まないし、…いや、拒まないんだが。最近毎日のように求めている気がする。大体一回じゃ終わらない。…ちょっと盛りすぎじゃないだろうか、そのうち嫌われそうだ。少しは自重した方がいいかもしれん。だが、少しでも触れると歯止めがきかなくなってしまう自覚はある。…が、嫌われるほうが嫌だ。……そうだな、しばらく少し自重しよう。彼女から誘ってくれたら尚良い。
「あ、休憩終わるわ。今度煙草1カートン頼むな。あ、これ録音してっから」
「ああ」
「ッしゃ!じゃあな。俺知らねー」
さっきから佐々山が頭上で何か言っているな、と、カァンと佐々山がいつの間にか飲み切ったんだろう、コーヒーの空き缶を、机に叩きつけたところで思考を現実に戻した。何を言っていたのか記憶にない。えらく機嫌の良さそうな佐々山が握力でひしゃげたそれをゴミ箱に投げつけた。結果は外れだ。佐々山は、それを無視して出て行った。全くあいつは。俺も続き、それを拾い上げてゴミ箱に入れる。もういい、メシ食って仕事に戻ろう。
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