「、ちょっと来てみろ」
「なんですか」
お風呂から上がって寝室に行き、呼ばれたので近寄って、彼と向き合って座ってみると、――別に呼ばれなくても隣に行くのに。そしたら目の前が真っ白に染まった。彼がバスタオルを私の顔面に投げつけたのだ。なんだっていうんだ。それから彼はタオルの両端を持って私をぐっと引き寄せて、今度はそれを私の額の少し上に沿わせて綺麗に覆うように乗せている。
「ほら、…花嫁みたいだ」
……深く考えていないのかもしれない。なんでこういう恥ずかしいことを何気も無くやるんだろう。考えていないからだろう。信じられない。はにかんだ彼は、なんだか嬉しそうな顔で私の頭を撫でている。
「新郎さんは花嫁の頭をベールの上から撫でないと思います」
その手を押し退け離れようとすると、些か口を尖らせた狡噛さんがまたもタオルベールの端を引っ張って私の頭を引き寄せ唇を奪った。新郎さんはそんな風に強引にキスをしたらいけないと思う。
「お前の新郎は撫でるんだ」
「何言ってるんですか、結婚できませんよ、しませんよ、何をどうしたって私は死人です」
「嫌だ。結婚してくれ。結婚する」
「…どうしたんですか、どういう意味ですか、…体調悪いんじゃないですか?大丈夫ですか」
「…お前、もうちょっとときめいたりとかなんかしないのか」
「…別にときめかなかったわけじゃありませんけど、狡噛さんは何の気もなしに素面でそんなこと言いそうにありませんから、意味が気になってしまって」
「…それまで待てないんだ」
「何がですか?…例えば私が何らかのミラクルで社会的に生き返って一緒になることがですか?…そんなに結婚したいんですか?」
「……違わないけど違う。…なあ、一緒に寝ないか」
「いつも一緒に寝てるじゃないですか」
珍しく意思疎通ができない。何らかの理由で私の戸籍が取り戻され、実は彼女は行方不明だっただけなんですとか、または新しい人として戸籍が作成されかなんかで、とにかく社会的に復活しました!などと茶番がされたとして――…まあ今も茶番が行われているんだけど。そんな未来はないかもしれないし、そんな不確かなことを狡噛さんがあっさりと私に頼み込むはずがない。それに、何で一緒に寝ないかと改めて誘われるのか。一体何が待てないというのか、謎だ。何か違うことが言いたいらしい、彼は未だにベールをおさえて私を捕獲している。
「あー、なんだ、そうじゃない。……抱きたい、って言ってる」
「…………いつも抱きしめてるじゃないですか」
「……お前今度は分かって言ってるだろ」
待って、分からない。狡噛さんそういうこと興味あったんですか?なんか清廉潔白みたいなイメージがあったというか、だって今までずっと一緒に住んでたみたいなものだけどそんな雰囲気は微塵もなくて安心できたというか、いや、えっと、あの。顔が熱くなってきた。
「だ、って、な、…狡噛さん、そういうことしたかったんですか、そういう目で見てたんですか、このゴリラめ、」
「…ゴリラってなんだ、それに好きな女抱きたいと思わない男がどこにいるんだ」
「…ゴリラっていうのはマッスルパワーがあって筋肉マンな狡噛さんみたいな人のことを言うんですよでもゴリラの性格は極めて優しいんですよ知ってましたか何が言いたいかというと別に優しくてかっこいいと思っていないわけではないと言えないこともないです」
「遠回りで遠回しすぎる。もっと簡潔に言ってくれ」
「私にしてはかなり素直でしょう狡噛さんだって分かって言ってるんじゃないですか、それになんですか、その、結婚とか、なんでそういう話になるんですか、いつの時代の人なんですか」
「表明しておきたかっただけだ。お前あとでそういうこと考えそうだからな…」
「…そりゃ、知らなきゃ何も思わないことは、沢山ありますからね」
「…過去が全て悪だったと思うか」
「そんなことは思いません。そうじゃなきゃ今こうしていませんから。けれど、知ってしまったことを望めなくなるのはつらいことです」
向かい合って座っているのが恥ずかしくて、彼に倒れ掛かってその胸に顔をうずめた。彼の腕が優しく私の背を包む。くっついているのも今更恥ずかしくなってきた。ちょっと自分が分からなくなってきた。
「……それは俺の台詞でもあるんじゃないか」
「どういうことですか」
「………もしお前が他の男について行ったら、俺は結構立ち直れないと思う」
「…今のところそんな予定はありません。でも、狡噛さんが私に教えたことを――私が知ったことが望めなくなったら、私はつらいかもしれません」
「……まずい、嬉しい。それに、だから求婚しただろ」
「~~っいつの時代の人ですか!」
「真っ赤な顔で言われてもな。可愛い」
「っへ!?」
*
「…入れるぞ、いいか」
狡噛さんはあれから私を押し倒して、散々好き勝手にしたくせに。そんな了解取ってくれなくてもいいのに、この人は変なところで律義だ。
「そんなに気遣ってくれなくたって、平気です、死にませんよ、」
「お前、こういう時くらい素直になってもいいんじゃないのか」
「…素直に抱かれてるじゃないですか」
彼の首に腕を回してじっと見つめたら一つキスをくれて、ぐ、っと狡噛さんが腰を進めた。きつく押し広がってくる感覚に反射的に腰が引けたら、逃げるな、と彼が上体を起こしてしまった。もうちょっとくっついていたかったのに。狡噛さんが私の腰を引っ掴んで、少しずつ入ってくるそれにぞくぞくと背筋から熱が昇ってくる。
「…っは、あ、大丈夫か」
「っ~~、狡噛、さ、くっるし…」
奥に彼のが当たってるのが分かる。苦しくて息がしにくい、じわりと視界が滲んでくる。狡噛さんは息を吐きだしながら私の頭を優しく撫でている。キスしたい。でも手を伸ばしても届かない。仕方なく私の頭に伸びている腕をつかまえて彼の目をじっとみたら、彼の表情が苦しそうに歪んだ。ああ、なにか勘違いしている気がする。この顔は一度見た、彼が私の手の傷を心配していた時だった。
「…悪い、今更やめられない」
「……違くて、キスしたいの…」
言うと、中で狡噛さんのものが質量を増したのが分かってしまって、目を白黒させていたら彼が私の唇を乱暴に奪った。
「~~あんまり可愛いこと言うな」
「狡噛さ、っんん!」
ぐり、と彼が腰を押し付けてきて力が抜けた。初めては痛い、なんて知識としては知っていたけど、この人が優しかったのか、泣くほど痛くはなかったし、大分圧迫感にも慣れてはきた。…疼くこの本能が少し嫌な感じだ。私はちゃんと狡噛さんが好きなのに。ゆっくり息をしていたら、狡噛さんが何か言いたげに私を見ていた。
「…なあ、名前で呼んでくれないか」
「名前なんて、ただの記号、じゃないですか、あっ、待って、動かないで!」
別に、呼ぶタイミングを逃していただけで、そんなつもりはなかったけど、少し気恥ずかしかっただけで。今は凄く恥ずかしいので然したることにも思えないけど、何となく意地を張ってしまったら、狡噛さんが腰を揺らしてきた。ずるじゃないですか。
「」
「…ひどくないですか」
「…俺は今そういう気持ちだ」
「……慎也さん」
「」
「~~っ!」
「っうあ…、今のやめろ、キュンってした、クソ、っ気持ちい」
名字を呼ばれて非常に悲しくなったのもあり、ごめんなさいついでにこの機会に好きなだけ呼ばせてもらおうと心持開き直ったら、かすれた囁き声で耳元で名前を囁かれて恥ずかしくなった。別に、かっこいいと思っていないことはないし、ないけど、…ないから、その、人間はこんなに恥ずかしくても気が失えないということを今日初めて知っている。
「んんっ!っひゃ、急に動か、ないで、っだめ!」
「何が、っはあ、ダメなんだ?ん?」
「っ余裕なの、むかつき、んっ、ます、っあ!慎也さ、」
狡噛さんが腰を引いては沈めてきて、視界が時々真っ白にショートしそうになる。彼の荒い息遣いと抑えきれない私の声が響いていて、淫らな水音が聴覚を犯してくる。乱れて口に入った私の髪を狡噛さんがよけてくれて、私の頬を伝ったその指の感触にすら快感を覚えてしまってぞくりとした。またその手をつかまえてキスをねだれば、今度はちゃんとキスを落としてくれて、嬉しくて彼を見上げたら、彼は何とも言えない顔で私を見つめていた。
「…今、誰よりもお前を手に入れてる実感があるよ」
きっとこれは俗にいう、愛しいものを見つめている時の顔なんだろう、と言ってもいいかな。彼のこんな表情は私だけが知っていたい。彼の頬に手を伸ばして輪郭を包んで彼をじっと見つめていたら、またキスをくれて、離れる前に首元に手を回してぎゅっと彼を引き寄せた。この人は、私がどれだけこの人のことが好きなのか、きちんと分かっているんだろうか。…積極的に伝えてこようとしなかった私が悪いのも少しある、から。こういう時に言うのはずるいかもしれないけど、でも言いたい、ちゃんと伝わっていてほしいから。
「ん、ばかなんですか、とっくの昔に、私は慎也さんのものですよ、」
「……あーー…お前、俺をどうしたいんだ。煽ってくれるな優しくできない」
「…別に好きにしてください、慎也さんになら構いません。知らないでしょうけど、…私あなたの潔白の証明のために死んでもいいと思ったことがあります。でも死にたくはなかったんですよ、…あなたに嫌われたら死んじゃってもいいですけどね」
「~~そういうことをこういう時に言うな、加減できなくなるだろ!お前本当、後悔させてやるぞ」
「いいですよ、嫌いにさせてくれることを期待します」
私の目を見て、愛してる、と真っ直ぐ告げた彼に、私も慎也さんのことを愛してます、と真っ直ぐ返してから抱き着いた。…二倍恥ずかしいのは一回で充分だ。彼の体温が、鼓動があって、彼が私を求めている。ここにあるのは喜びだ。
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